第5話 商品作りと治癒魔法
翌日の早朝、私はスッキリと目覚めた。
隣には、ミケが大の字になって寝ている。
この世界に来て初めて泊まった宿は、ギルドが紹介してくれたものだ。
設備が充実しており、防犯性が高く女性一人でも安心できる。
従魔と一緒でも宿泊は可能です!とお薦めされた。
ギルドの紹介状があれば宿泊費が割引になると言われれば、断る理由などまったくない。
部屋は綺麗で食事も美味しい。
さすがに宿泊費は銅貨五枚と安くはなかったけど、ワイバーンの代金のおかげで多少懐に余裕があるから問題なし。
ミケを起こさないよう、静かにベッドから降りる。
洗面所には蛇口があり、あっちの世界の水道のように水が出る。
顔を洗うとさっぱりした。
この部屋にはないが、ガスレンジのような魔道具もあるらしい。
これらはすべて魔石で動いているそうだ。
魔石は便利だが、魔力が尽きると新しい魔石と交換しなければならない。
ランニングコストが高いため、安い宿や一般家庭では井戸水を汲み、薪を使って火を起こすのが一般的とのこと
現代日本で生まれ育った私に、そんな生活は絶対に無理だ。
小物販売と魔物の討伐で収入を確保し、元の世界と同じような生活レベルだけは維持したい。
そのためには、商業ギルドへ持ち込む商品を増やさなければ。
部屋に備え付けの椅子に座り、机にトンポイの町の雑貨店で購入した材料を広げる。
まずはお試しで、いろいろと買ってみた。
向こうの世界から持ち込んだレース糸はまだたくさんあるけど、こっちの世界の糸で制作ができなければ商売を続けられない。
木綿の糸はあちら製とほとんど変わらないが、シルク製の糸は売っていなかった。
店主によるとこの世界のシルク糸は二種類あって、二つとも糸を出す魔物から取れるとのこと。
その一つが、このナウリム領の特産品なのだとか。
両方とも貴族向けの超高級品で、領都でも商業ギルドか大店くらいしか取り扱っていないらしい。
まあ、私が売りたいのは貴族向けではないし、シルク糸の手持ちはまだある。
こっちで買う必要は今のところない。
では、さっそく小物作りの続きを始めよう。
昨日は、子供用の小さな斜め掛け布鞄に小花のモチーフを縫い付けた。
白地の鞄には赤やピンク系の花、黒地の鞄には黄色やオレンジ色系の花を。
葉っぱも作ったので、花束をイメージして仕上げてみた。
大人用の鞄には、小花で紫陽花を模した。
こちらは、白地の鞄には青系、黒地の鞄には赤系のものを使用した。
次は、髪留めだった。
メルサさんが「髪飾りにすると華やかで素敵」と言っていたので、そのアイデアを取り入れたもの。
この世界の髪留めは、丸く反らせた木の板の両端に穴を開けて棒を通しただけのシンプルなものだ。
その木板に、ミケに頼んで風魔法でミリ単位の小さな穴をいくつか開けてもらった。
穴に糸を通し隙間なく花を付けていけばできあがり。こちらは大人向けだ。
子供用の髪留めには、小さなイチゴのモチーフを付けてみた。
女の子が喜びそうな可愛らしい出来栄えになったと思う。
本当は裏側にも同じ板を付けて綺麗に仕上げたいが、私にはできないので仕方ない。
売れ行きを見ながら、必要であれば商業ギルドの人に職人を紹介してもらうつもり。
そして、今から作るのはシュシュだ。
昨日、雑貨店を見回っていて見つけたのは、スライムの皮で作られたゴムのような紐だった。
これを好きな長さに切って袋を閉じたり、服などに使用するらしい。
まるで、輪ゴムか手芸用のゴムみたいだ。
そこで閃いたのが、レース編みで作るシュシュだった。
こちらの世界の女性は、髪留めや紐を使用している。
でもシュシュなら、必要なときに簡単に髪をまとめられる。
可愛いデザインなら普段使いをしてもらえるかもしれない
スライムの皮紐を切り、髪ゴムくらいの大きさの輪っかを作る。
それに糸を縛り、そこを起点にして編んでいくのだ。
出来上がったのは、レースの付いた髪ゴム。
これで縛るとレースのヒラヒラが重なり、とても可愛い。
値段的にはこれが一番手頃になると思うので、ぜひ女性たちに使ってもらいたい。
シュシュの色は全部で六色(赤・ピンク・オレンジ・黄色・緑・青)を予定しているが、まずは出来上がったものから売るつもりだ。
◇
ミケが起きたので、一緒に朝食を食べる。
あちらの世界ではキャットフードを食べていたミケだが、実は何でも食べられるらしい。
食べ終えると、荷物やお金をアイテムボックスに入れ、領都ヘンダームへ向けて出発だ。
この町からヘンダームへは乗り合い馬車が出ているが、途中で馬の交換や休憩があるため、移動には半日もかかるという。
隣町へ行くだけなのに、私の感覚からしたら時間がかかりすぎる。
しかも、街道は舗装されていないから乗り心地も悪いらしい。
⦅ねえ、リサ。やっぱり、魔法で移動しない?⦆
「そうだね。半日もかかるのは、ちょっとね……」
贅沢な話だが、『時は金なり』とも言うしね。
相談の結果、町の外れまでは馬車を利用し、そこから飛行で向かうことに決めた。
宿を出て、教えられた乗車場へ歩いていく。
乗り場には、多くの乗客が集まっていた。
御者のほかに、馬車の横で待機しているのは冒険者たちだ。
道中は魔物や盗賊に遭遇することもあるため、彼らは護衛として同行する。
冒険者ギルドの掲示板にも、護衛の依頼票が何枚も貼り出されていた。
人が多いので、ミケを抱っこする。
馬車の行き先を確認しながらキョロキョロと歩いていると、大きな声が響いた。
「馬車に乗れないとは、どういうことだ! 金はきちんと払っただろう!!」
「申し訳ないが、病人を乗せるわけにはいかないんだ。他の乗客にうつされたら困るからな」
言い争っているのは、少女を抱えた冒険者風の若い男性と御者の男性だ。
「俺は、明日までにヘンダームへ行く必要があるのだ!」
「だったら、その子の病気を早く治すことだな。ほら、金は返すよ」
「クソッ!」
返却された金をひったくるように受け取った男性は、乗車場を出ていく馬車を睨みつけていた。
「……兄さん、私を置いていって」
「馬鹿なことを言うんじゃない!」
「でも、入団試験が……ゴホッ、ゴホッ」
盗み聞きをするつもりはなかったけど、通りすがりに二人の会話が耳に入ってしまった。
事情を知ってしまったからには、見て見ぬふりなんかできない。
立ち止まった私に、ミケが⦅助けてあげたら? 治癒魔法の効果も試せるし⦆と背中を押してくれた。
「あの……私に妹さんを治療させてもらえませんか?」
突然声をかけた私に彼は怪訝そうな顔をしたが、すぐに表情を緩めた。
「君は、昨日冒険者ギルドにいたCランク冒険者の……」
「理沙と言います。お困りのようでしたので、失礼を承知で声をかけました」
「俺はマイル。Dランクの冒険者だ。こっちは妹のケイティだ」
十七歳と十二歳の兄妹で、二人だけの家族とのこと。
マイルさんは、ギルドの訓練場にいたらしい。
私のことを知っているのなら話は早い。
この治療行為は金銭等の対価を求めてではなく、治癒魔法の効果検証を兼ねていると説明した。
道中では、治癒魔法の効果も検証していた。
わざと擦り傷をつくり、「フィレレース、治癒!」で地図記号の病院を表す十字マークを出し治療ができることは確認済み。
しかし、病気に関してはまだ試していなかった。
「全快するとは断言できないのですが、症状は軽くなると思います。」
「しかし……」
彼が躊躇するのも無理はない。
初対面の相手を信用するのは難しい。
無料と言っておいて、治療を終えた後で高額の治療費を請求されるかもしれないのだ。
「では、一人分の乗車料金を治療費としていただきます。全快したら二人分です。それなら安心ですよね?」
無料より高い物はない。
だったら、最初に金額を決めてしまえばいい。
「気を遣ってもらって、申し訳ない。では、治療をお願いしたい。妹は、あそこのベンチに寝かせればいいだろうか?」
「いいえ、そのまま抱きかかえた状態で大丈夫です。ただ、少し人目を引きますので、あそこの建物の陰で行いますね」
人気のない場所に移動し、さっそく魔法を行使する。
「昨日のギルマスのような状態になりますけど、問題はありませんので。では、フィレレース、治癒!」
「えっ、ギルマスと同じ? うわあ!?」
兄妹が十字模様のレースで簀巻き状態になる。
昨日の捕獲と見た目は似たような感じだが、こちらは治癒だ。
拘束力も弱い。
二人とも顔は出ているが、かなり引きつっている。
「苦しくはないですよね?」
「あ、ああ……」
「ケイティちゃんは、どうですか?」
「……体が、ちょっと楽になってきた」
治癒魔法が効いてきたようだ。
「もう少ししたら、解除しますので」
ケガなら患部だけでいいが、病気だから念のため全身を覆ってみた。
しばらくして、治療を終える。
ケイティちゃんの顔色は格段に良くなり、一人で立てるようになっていた。
「兄さん、体がすごく軽いの! もう息苦しくもないわ!」
「ケイティ、良かった……」
抱きついてきた妹を、兄がしっかりと受け止める。
私はミケと顔を見合わせ、笑顔を浮かべたのだった。
◇
「俺のケガまで治っていたのに、治療代がこんな端金でいいのだろうか」
恐縮しながらマイルさんが治療費を払ってくれた。
「はい。私としても検証ができましたので、満足です」
治癒魔法が病気にも有効だとわかった。
それが確認できたことは大きい。
「マイルさんたちは、これから領都へ行かれるのですか?」
「……ヘンダーム行きの馬車は、今日はもうないんだ」
「兄さんが騎士団の入団試験を受けるために、私たちは田舎から出てきたの。領都での滞在費を稼ぐために、トンポイでギリギリまで依頼を受けていたんだけど、私が病気になってしまったから……」
「明日の試験には間に合わないから、田舎へ戻るよ」
「兄さん、ごめんなさい」
「気にするな。試験は毎年あるんだから、来年受ければいいさ」
マイルさんは気持ちを切り替えたようだけど、ケイティちゃんは自分を責めているみたいだ。
チラッとミケを見ると、コクコクと頷いている。
そうだよね。
ここまできたら最後まで、ね。
「実は、私も領都へ行きます。良かったら、一緒にどうですか?」
「でも、今日の便はもう終わってしまったよ?」
「領都行きの馬車には乗りませんから、問題ありません!」
言い切った私を、兄妹が不思議そうに見つめていた。




