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【第一部完結】レース編みは万能でした~女神の使徒? 私は飼い猫の異世界召喚に巻き込まれた、ただの飼い主ですよ?  作者: ざっきー
第五章 帝国へ女神様に会いに行くだけのはずが……

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第49話 デール帝国では


 デール帝国の帝都には、大国に相応しい建造物がある。

 初代皇帝クレムニクの名を冠した鐘塔は大陸で最も高い建物であり、鐘室からは帝都全体を一望することができた。


 大きな吊り鐘の下に、小さな人影があった。

 煌めく銀髪に(とび)色の瞳を持つ少年の名は、ツァーリ・デール。

 十歳になったばかりの皇太子だ。

 帝都を見つめる赤暗い茶色の瞳は憂いに満ちており、その表情は暗く硬い。


「ツァーリ殿下、また、こちら、でしたか……」


 やや息を切らしているのは、デール帝国の若き宰相グラハムだ。

 皇太子を捜して長い長い階段を上がってきた彼は、日頃の運動不足の影響か足が今にも()りそうだった。

 

「グラハム、私は己の無力さが嫌になる。国中が荒れているのに、何も出来ぬ自分が」


「殿下、今は我慢のときです。ご成人されれば、即位が────」


「……それまで、父上はご存命だろうか?」


「何を仰っているのですか!」


 デール帝国の皇帝はここ数年体調が思わしくなく、半年ほど前から病に臥せっていた。

 その皇帝に代わり宮殿内で権力を握っているのは、異母兄のゲルググと息子のユンハンスだ。


 皇帝の病は国内外には秘匿されているため、表向きはゲルググ父子も臣下の立場となっている。

 しかし、裏ではやりたい放題で、ユンハンスは皇帝が禁じた召喚魔法を数か月前に勝手に行ってしまう……皇帝の命令であると嘘をついて。


 それが、まさかあのような結果になるとは、ツァーリもグラハムも予想をしていなかった。

 神罰を恐れたゲルググ父子はあれ以来屋敷に閉じこもり、一切表には出てこない。

 儀式に関わった者たちは、大聖堂で女神に許しを請うていた。


「もし、あの日召喚が成功していたら、私も父上も今頃は命がなかったであろうな」

 

「…………」


 ツァーリの言葉を、グラハムは否定することができない。

 あの父子であれば実行していたと、確信ができるからだ。

 グラハム自身もクーデターという最悪の事態を想定し、ツァーリだけでも国外脱出をさせる計画を立てていたのだから。

 皮肉なことだが、現在の混乱状況は皇帝とツァーリにとっては最良と言えるものだった。


「グラハム、其方は帝国が女神様と交わしたとされる契約を知っていたか?」


「いえ、私も存じませんでした。父も同じです。おそらく、代々皇帝陛下にのみ口伝されているものではないかと推測しております」


「父上に面会し尋ねてみたが、やはり要領を得ない。受け答えが不明瞭になってきている」


「陛下は、やはり薬を────」


「私もそう考えているが、残念ながら証拠がない」


 皇帝の周辺はゲルググに掌握されており、宰相のグラハムでさえ手出しができない状況となっている。

 幸い、神罰を恐れる彼らが今すぐに愚行を犯すとは思えない。

 しかし、それもいつまで続くことか。


 今のグラハムにできることは、信頼のおける侍女と護衛兵たちでツァーリの身辺を守る事だけだ。


「そういえば、『奈落の森』はどうなっている?」


「衛兵に周囲を巡回させ、冒険者ギルドへ魔物の討伐依頼を出しております。ただ、神罰の噂が広まっていることもあり、依頼を受ける冒険者は少ないようでして……」


「あそこだけは、何としても守らねばならぬ。このような状況下でまた百年前のような厄災が起これば、我が国は今度こそ終わりだ」


「女神様の使徒が、聖女様であれば良かったのですが」


「魔法陣を燃やされただけで済んだと、我々は女神様の慈悲に感謝をしなければならない」


 神の怒りを買ったのだ。

 国全土が焦土化していても、おかしくはなかった。

 この事態を引き起こした好戦的な国に嫌気がさし、次々と有能な魔導士たちが他国へ亡命をしている。

 それは、兵士たちも同様だった。


「先月、大司教様が神託を受けられ『神罰はない』と宣言されましたが、いまだ不安を感じている者は多く、払拭されるのはもうしばらく時間が掛かるだろうとのことです」


「民の流出は収まりつつあると聞いている。一日も早く騒動が収束すると良いのだが……」


 ツァーリとグラハムは北へ視線を向ける。

 丘の上に、夕日を浴びて輝く神殿が見えた。



 ◆◆◆



 帝国に入国したハワードとルオン(とレイ)は、帝都近郊の町に到着した。

 町の宿屋で先行部隊と合流し、報告を聞く。

 もちろん、防音魔法は発動済みだ。


 帝都へ潜入していた部下によると、事前情報の通り帝都内はいまだ混乱中とのこと。

 

「帝国が冒険者ギルドを通じ、『奈落の森』の魔物討伐を冒険者たちへ依頼しています。ですので、帝都へは冒険者姿のほうが潜り込み易いです」


 今のハワードは『行商人のハーシェルド』として入国しており、髪色は燃え盛る炎のような赤髪だった。


「奈落の森というと、百年前にクリスタルゴーレムが出現した場所だったな」


「はい。帝国軍は定期的に巡回と間引きをしていたようですが、現在は治安維持に兵力を回しているため人手不足のようです。神罰を恐れ国外脱出をはかる魔導士や兵士が続出したのも、大きな痛手となった模様」


「では、冒険者として討伐依頼を受けていれば、長期滞在をしていても怪しまれる恐れはないな」


 これまでは軍関係者以外立ち入りが制限されていた奈落の森へ、堂々と入ることができる。

 この機会を活かさない手はない。

 

「ただし、森の魔物は上位種が多く、立ち入りを許可されるのはCランク以上の冒険者に限られております」


「では、私とルオンが奈落の森へ行くとしよう」


 今回の作戦は帝都へ入ることを目的としていたため、部下たちは商人の身分を持っている者が多い。

 冒険者としては、皆Dランクに留めている。


「他に、情報はあるか?」


 帝国に関するどんな些細な情報も、余すことなく収集する。

 それが、今回ハワードたちに課せられた任務だった。


「帝都にある大聖堂の大司教様が、神託を受けたそうです。『神罰はない』と信者へ宣言されたとか」


「副隊長、アイツの言っていた通りですね。だったら、女神との契約を破ったとの話も本当のことかも」


「ルオン、『女神との契約を破った』とは何のことだ?」


 ルオンの同期に当たる隊員が、疑問を投げかける。

 それに答えるのはハワードだ。


「帝国からサイエル王国へやって来た魔法使いと知り合い、情報を得たのだ。その者が知人から聞いた話によると『女神の使徒が魔法陣を燃やしたのは、帝国が女神様との契約を破ったからだ』と」


「申し訳ありません。そちらの情報は、まだ我々は入手しておりませんでした。ただ、女神の使徒の容姿について、帝国の魔導士の知り合いという男から話を聞くことができました」


「使徒の容姿だと!? それは、殿下も知らない情報じゃないか!」


 興奮し前のめりになったルオンを、ハワードは苦笑しながら「少し、落ち着け」と宥める。

 それから、部下へ話を進めるよう促した。


「その者が魔導士から聞いた話によると、女神の使徒は『黒髪の少女』で『白猫』の眷属を連れていたそうです」


「「!?」」


「あの……どうか、されましたか?」


「い、いや、何でもない。それで、その情報はどこまで信用できる?」


「女神の使徒が現れた経緯や自らを使徒と名乗ったことなども知っておりましたので、信憑性は高いと考えております。あと、これは多くの帝都民が目撃したものですが、召喚が行われた日に空を飛ぶ四角い白い物体が神殿のある丘から南へ向かって飛んでいった、と」


「…………」


「副隊長! まさか、本当に……」


「少し、頭を整理させてくれ」


 一度深呼吸し、ハワードは動揺を抑える。

 リサは、混乱が起こる前に国を出てきたと言った。

 おそらく、召喚があった日にたまたま帝都上空を飛んでいたのだろう。

 それを目撃されてしまっただけだ。


 彼女が女神の使徒など有り得ない。

 黒髪の少女と白猫の組み合わせが、特に珍しいわけではない。

 ハワードは自分に言い聞かせる。


「確認だが、帝都の住民で黒髪の者はどの程度いるのだ?」


「我が国では珍しいですが、帝国ではよく見かけます。百年前に実在した聖女も、黒髪で斑の猫を従魔にしていたようですね。帝都の大聖堂に『聖女マイと聖獣ニケ』のステンドグラスが飾られていました。あと、司教様の話では、クリスタルゴーレムを討伐したのも世に『刺繍』の技術を広めたのも、聖女だったとか」


「刺繍の技術を広め、クリスタルゴーレムの討伐……」


「おい、聖獣の名は『ミケ』ではなく『ニケ』なのか?」


「ああ、『聖獣ニケ』と書かれていたからな、間違いないぞ」


 直筆のメモを確認した隊員は、大きく頷いた。



 ◇



 同じ宿に部屋を取ったハワードとルオンは、それぞれ旅の疲れを癒すことにした。

 なにか言いたげだったルオンに気づかないふりをし、ハワードは一人部屋に入るとベッドに腰を下ろす。

 

「ふう……」


 長旅の疲れが出て、思わず息をつく。

 約ひと月半に及ぶ旅は、想像以上に過酷だった。

 リサの飛行魔法の有り難さが身に染みると、ルオンが道中で何度も言っていたことを思い出す。


「女神の使徒か……」


 常人では使用不可能と言われた『飛行魔法』と、百年前に存在した幻の魔法『透明化(不可視化)魔法』。

 そして、『匿名手芸作家』。

 

 他にも、白い布を操る唯一無二の特殊な魔法。

 膨大な魔力量。

 髪色だけでなく瞳の色の変化。

 ただの猫とは思えない不思議な従魔との完璧な意思の疎通。


 先日の緊急時にも、レイを通したこちらの意図は間違いなく伝わっていた。

 ミケが聖獣であれば、レイが恐れていたことも納得ができる。

 リサが女神の使徒だという根拠は、数え上げればキリがない。


 さらにもう一つ、ハワードは思い出したことがある。

 数か月前に、クリスタルゴーレムが討伐されたと王都で話題になっていたらしい。

 ハワードはその時ヘンダームに居たため、詳細は後日ルオンから聞いた。

 国は討伐者を王城へ招き褒賞を授けようとしたが、冒険者ギルドが冒険者の情報開示を拒否。

 結局、誰が討伐したのかは不明のままになっているとのことだった。


 ハワードは、アイテムボックスから魔石の欠片を取り出す。

 帝国へ行く前に、オルフェンから携帯用魔道具の動力源として支給されたものだ。

 通常のゴーレムの魔石は紫色をしているが、クリスタルゴーレムのは禍々(まがまが)しい黒色をしている。

 これを見ただけでも、成りかけだったとはいえ相当強力な魔物であったことがわかる。

 そして、ちょうどその頃、リサは王都へ行っていた。

 果たしてこれは偶然なのか。


 ハワードが女神の使徒の情報を教えてほしいと頼んだときの、リサの反応が思い浮かぶ。

 あの困ったような顔は、自身のことを尋ねられ返答に窮したからだったのか。


「君は女神様の使徒……聖女なのか?」


 ハワードの呟きに応える者は、誰もいない。




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