第45話 副隊長の受難
王都へ近づくほど雨は小止みに変わり、着いたときにはすっかり晴れていた。
念のため雨具を装備していたハワードだったが、アイテムボックスへ収納し身軽になった。
「この辺りでいいですか?」
リサの声が聞こえた。
天候が回復したため、途中から不可視化魔法を行使している。
お互いの位置は、声で認識していた。
「あまり城壁に近づきすぎると目撃されるから、ここで十分だ」
「では、降下しますね」
街道からは外れた人気のない場所にレースが着陸すると、魔法が解除され全員の姿が見えるようになった。
リサは横座りしており、ミケは膝の上。
胡坐をかいていたルオンの頭にはレイが止まっていた。
「はあ~もう着いたのか……これなら、余裕で日帰りもできるな」
ルオンはレースから降りると、屈伸運動を始めた。
その間、レイは頭上を飛び回っている。
「世話をかけてしまい申し訳ない。王都まで楽に移動ができて助かった」
「いえ、こちらこそ、昨日はありがとうございました」
礼を述べたハワードは、アイテムボックスから赤茶色のマントを取り出す。
これは特殊部隊の隊員専用で、これを着用していると検問を並ばずに通り抜けることができるのだ。
さらりと羽織り首元を留めようとして、ふと気づく。
糸が切れたのか、ボタンが取れていた。
これでは、手で押さえていないとマントが外れてしまう。
「ハワードさん、ボタンがあるなら私がすぐに付けますよ?」
「いや、替えのものは持っていない」
マントは公式行事や検問を通過するときくらいしか着用しないため、いつ無くなったのかも不明だ。
「これって、別のボタンを付けても問題はないですか?」
「特に決まりはない。皆が同じ物を持っているから、見分けるためにわざとボタンを変えたり、この首元に小さく刺繍を施している者もいる」
部下の一人は、意中の女性に名前の刺繍をしてもらい、得意げに見せびらかしてきた。
ハワードは特に何も思わなかったが、ルオンが羨ましそうに見ていたことを思い出す。
「でしたら、私が今からすぐにボタンを作りますので、ちょっとお時間をもらえますか?」
「それは構わないが……ボタンを作る?」
どういうことだ?と首をかしげるハワードの前で、リサはアイテムボックスから出した道具箱をゴソゴソと漁り始めた。
「たしか、ヒャッキンで買ったのが残っていたはず……あった!」
見たことのない素材でできた袋に入っていたのは、金属製の薄っぺらい丸型の物。
リサが、大小のいくつかを手に持つ。
マントのボタン穴に合う大きさを、真剣な表情で調べている。
何かの道具なのだろうか。
それにしても、顔が近い。
リサの黒瑪瑙のような綺麗な瞳がよく見えた。
ハワードはドキッとしたが、面には出さない。
ルオンは、リサの行動を興味津々で眺めている。
次にリサが取り出したのは、刺繍がされた布だった。
植物や動物など、細かな図柄がたくさん並んでいる。
どれも精巧にできており、このまま額に入れて部屋に飾ることができそうだ。
「ハワードさん、ここからお好きな柄を選んでください」
「好きな柄か……俺は特に好みはないから、君が選んでくれないか?」
「では、ミケちゃんに似たミケ猫と、この紫のパンジーにしますね。サイズ的にも、ちょうど良い感じに納まりますし」
そう言うと、リサはいきなりハサミで布を切り始めた。
猫と花の図柄の周りを、それぞれ丸く切り抜いていく。
それを先ほどの丸型に当て、表面の模様を確認しながら裏に周囲の布を入れ込み金具を嵌め込んだ。
あっという間に、猫と花の模様がついた二種類のボタンができあがったのだった。
「ハワードさん、マントに付けますので脱いでください」
「あ、ああ……」
手際よく付けられたボタンは左右片側に一つずつあり、首元を留めると二つが並ぶ。
「うん、やっぱりクルミボタンは良いですね!」
「でも、副隊長にはちょっと可愛すぎないか?」
「そうですか? こっちの花はハワードさんの髪と瞳の色みたいで、合っていると思いますけど……」
「あと、その猫がおまえの従魔に似ているとか言ったけど、斑と白じゃあ全然違うぞ?」
「こ、これは、これでいいんです!」
ルオンの細かい突っ込みに苦笑したハワードは、気になったことを口にする。
「金属でできたボタンを初めて見たが、これは高いのだろう? 金を払う」
「あっ、これは昨日のお礼ですので、お金は結構です。それに、一個で鉄貨一枚(約百円)もしませんので……」
リサが使用したのは、百円ショップで売っている『くるみボタン製作キット』というものだ。
自分好みの布を切り金属パーツに貼り付けるだけで、簡単・お手軽にボタンが作れてしまうもの。
ボタンのサイズも様々あり、あちらの世界でリサはレース模様のボタンを作っていた。
「なあ、聞いてもいいか?」
「ルオンさん……今度は何ですか?」
また、何か突っ込まれるのではないかと、リサが警戒している。
「この刺繍は、誰が作ったものなんだ?」
「私ですよ」
これは公爵家の事件のときに、リサが商業ギルドへ持ち込むためだけに制作したものだ。
今さら『匿名手芸作家』の作品として世に出すこともできず、ずっと道具箱の中にしまいこんでいた。
リサの即答に、ハワードは思わず咳き込んだ。
まさか、リサの自作とは思わなかった。
ルオンは目を丸くしている。
「おまえ、すげーなあ。コレかなりの腕前だぞ?」
「あ、ありがとうございます……」
「冒険者を辞めても、商売ができるんじゃないか?」
「ハハハ……」
リサは笑ってごまかしているが、彼女はもうすでに商売を始めており成功もしている。
ハワードがルオンには伝えていないため、彼は何も知らないのだが。
「……ルオン、そろそろ行くぞ」
「はい。それじゃあ、送ってくれてありがとな!」
「ルオンさんもレイ君も、お元気で」
「ああ、おまえもな!」
マントを羽織ったルオンが、城壁に向かって歩き出す。
レイは空を飛んでいくようだ。
「君には、重ね重ね世話になった。ボタンのお返しと言ってはなんだが、ナウリム領へ行く用事ができたときは、その……また菓子を持って宿を訪ねてもいいだろうか?」
「ニャー」
「はい、当分の間はあの宿にいますので、いつでも来てくださいね。ミケが『今度は、王都のお菓子が良いね』と言っていますし」
「ハハハ! では、その時までに美味しい店の情報を集めておくとしよう」
「楽しみにしていますね」
ハワードもレースから降りる。
ミケがいつものようにリサの膝の上に座ると、姿が見えなくなった。
「ハワードさん、体に気を付けてお仕事がんばってくださいね!」
「ニャー」
その声を最後に、気配が消える。
ハワードは、いつまでも空を見上げていた。
◇
王城に着いたハワードは先に基地へ戻るルオンと別れ、帰還の報告をしに王太子の執務室へ向かう。
オルフェンは、ハワードを笑顔で迎えた。
「ヘンダームにいるはずのおまえが、まさかザムルバ伯爵領で証拠の品を手に入れてくるとは思わなかったぞ」
「別件で屋敷に侵入する機会を得まして、一緒にいただいてきました」
「ああ、例の窃盗事件に、おまえも絡んでいたのか。またヘンダームで起きた同様の事件に、ますます件の制作者が注目を浴びているな」
「そう、ですか……」
ハワードとしては、全然嬉しくない情報だった。
執務室を出て、王城に隣接する特殊部隊の基地へ帰る。
基地には訓練場や厩舎、隊員の寮などが併設されており、現在は二十名ほどが在籍している。
今はちょうど昼食時で、隊員たちは寮の食堂で食事をしていた。
先に戻ったルオンの姿もある。
「副隊長、おかえりなさい!」
「勧誘は、どうでしたか?」
「そういえばルオン、おまえは当然土産は買ってきたよな?」
「俺は休暇じゃないから、そんなものがあるか!」
「「「「アハハ!」」」」
特殊部隊は、半数以上が二十歳前後の若者だ。
皆が集まれば、かなり賑やかになる。
「残念だが、勧誘は断られた」
「え~! 副隊長直々のお誘いを断る人がいるんだ」
驚いた顔をした同僚の肩を、ルオンがポンポンと叩く。
「アイツは、かなり変わったヤツだったからな。でも、実力はすごかった……」
「ハハッ! ルオンと比べたらそうかもしれないが、僕には絶対に勝てないだろうな」
一人の隊員がルオンを挑発した。
これまでであれば即反発をしていたルオンが、今は余裕の笑みを浮かべている。
「フフッ」と鼻で笑った。
「あ~悪いが、おまえ程度なら秒殺だぞ?」
「なんだと!」
「だって、アイツは飛───」
「ルオン、余計なことを喋るな」
「……すみませんでした」
すぐに口が軽くなるルオンに、ハワードはしっかりと釘を刺しておく。
万が一にも主の耳に入らないように、リサに関心を持たれないように、注意を払わなければならない。
◇
ハワードも、そのまま皆と食事を取ることにした。
マントを脱ぐと、女性隊員たちがボタンを見せてほしいと言う。
「副隊長、可愛いボタンをしているのですね?」
「すごい! 細かい刺繍がしてある!!」
「いいなあ……私も欲しい」
彼女たちに、しっかり見られていたらしい。
本当に女性は可愛いものには目がない。
ナウリム家の屋敷で、辺境伯夫人から嫉妬と羨望のまなざしを向けられたことをハワードは思い出す。
「このボタンって、どこに売っているのですか?」
「これは売り物ではない。もらった物だ」
「えっ、まさかの手作り品ですか!?」
「手作りと言えば、手作りだが……」
作業工程は見ていたが、上手く説明ができない。
言葉を濁し多くを語らないハワードに代わり、女性たちの視線は同行していたルオンに集まった。
「副隊長のマントのボタンが取れていたんだ。それに気づいたアイツが、替わりの物を用意しただけだぞ?」
「ルオン、『アイツ』って誰?」
「副隊長の勧誘を断った、魔法使いの女だ」
「あっ、なるほど……」
「だから、花の色が紫……」
周囲の雰囲気ががらりと変わる。
ルオン以外の部下たちが、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
これは、完全に誤解されている。
ハワードは大きなため息を吐いた。
「副隊長の勧誘を断ったのは、公私混同を避けるためだったんだ……」
「別に、気にしなくてもいいのにね?」
「王都とヘンダームの遠距離恋愛か……私には無理かも」
ハワードを話題に勝手に盛り上がっている女性隊員たちの誤解を解いておかなければ、後々どんな噂話を広められるかわからない。
「言っておくが、彼女とはそういう関係ではない」
「でも、刺繍されたものを贈られていますよね?」
「たまたま手持ちに刺繍がされた布があったから、それで作ってくれただけだ」
「受け取られたということは、副隊長もその方のことが────」
「ボタンがないと、マントが装着できないだろう!!」
真面目に答えるのも、馬鹿馬鹿しくなってきた。
長旅をしたわけでもないのに、ひどく疲れる。
生暖かい視線に耐え切れなくなったハワードは、横を向いて食事を続けることにした。
幸い、今はテーブルの端に座っている。
左側には誰もいない。
部下たちに背を向けることができる。
ところが……
「あっ! 髪紐も濃紺のおしゃれなのをしてるよ!!」
「もしや、お揃い……」
後ろから手が伸びてきて、レースリボンを引っ張られる。
「コラ! 解けるだろう!!」
「よく見せてください!!」
「だから、引っ張るな!」
「これって、ヘンダームで買ったのですか?」
上官なのに、部下が話をまったく聞いてくれない。
女性隊員たちの鬼気迫る表情が怖すぎる。
ハワードも含め、男性隊員たちはドン引き状態だ。
結局、迫力と圧に負けたハワードが、アイテムボックスからもう一本(ダークグレー色)を取り出して渡す。
わあっと群がった女性たちが手に取り、食い入るように見ている。
「綺麗!」
「地味な色なのに、可愛い!!」
「こんなの、王都の店で売っていないよ!」
「やはり、ヘンダーム……」
ぎろっと睨まれる。
ハワードは、思わず姿勢を正した。
「……副隊長、正直にお答えください」
「な、なんだ?」
「こちらは、どこで手に入れられたのでしょうか?」
「ヘンダームだ」
ヘンダームでリサから手渡されたから、嘘ではない。
「ご自身で購入されたのでしょうか?」
「……違う」
「では、頂き物ということですね?」
なぜ、自分は部下から尋問されているのだろうか。
ハワードは腑に落ちないが、『答えない』という選択肢を取れる雰囲気ではない。
「まあ、そういうことになるな……」
「贈り主は、先ほどのボタンと同じ方ですね?」
「君たちは、なぜそう思うのだ?」
これは、ハワードの純粋な疑問だった。
「髪紐の色を見れば、わかりますよ。だって、両方とも副隊長の髪色に合う色ですから!」
「君たちは、大きな勘違いをしているぞ。そもそも、この髪紐は彼女が従魔用に用意したものだからな。俺は、余りものをもらっただけだ」
ここは、きっちりと反論しておく。
ハワードは事実を述べたのだが、女性隊員たちは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「副隊長は女心に鈍感すぎます!」
「『余ったから、差し上げます』とか言われたのですよね? そんなの、渡すための口実に決まっているじゃないですか!」
「彼女が、可哀想……」
「…………」
可哀想なのは俺の方だとハワードは言いたい。
この不毛な会話を続けても埒が明かない。
「おい、ルオン。おまえから皆に説明をしてくれ。おまえは見ただろう? 従魔が首に着けて────」
「副隊長、ルオンはいません……逃げました」
ルオンは巻き添えを恐れ、レイと共にすでに食堂から姿を消していた。
「アイツ……」
任務中にルオンが窮地に陥っても、絶対に助けてやらないと心に誓うハワードだった。
◇
その後、リサが髪紐を入手した方法を尋ねられたが、もちろん彼女自身が制作したとは言えず、「俺は知らない!」の一点張りでどうにか追及を逃れる。
しかし、この時ハワードが手作り品だと伝えなかったことで、後日新たな騒動に発展することを彼は知らない。




