第44話 幻の魔法?
翌日、ヘンダームの天気はとても悪かった。
朝から土砂降りの雨で、石畳が整備されていない道はぬかるんでいる。
普通であれば、こんな日に出歩きたくはない。
でも、空を飛んでいく私たちには関係のない話だった。
旅装姿をしたハワードさんとルオンさんがいるのは、私の部屋。
ミケが⦅外に出ると濡れるから、絶対に嫌だ!⦆と言ったので、また窓から出入りすることになったのだ。
ちなみに、ルオンさんはどうやって王都まで行くのか、ハワードさんから何も知らされていないらしい。
レイ君がそう言っていた。
ハワードさんは、知り得たことを口外しないという私との約束を守ってくれたようだ。
「こんな明るい時間から、君たちは問題ないのか?」
ハワードさんは、私たちが人目を避けていることを知っている。
でも、心配ご無用!
「不可視化魔法を行使しますので、誰にも見られる心配はありません。大丈夫ですよ」
「……うん?」
「おい、『フカシカ魔法』って何だ?」
あれ? ハワードさんもルオンさんも、不可視化魔法を知らない?
でも、元デール帝国の宮廷魔導士だったゼットンさんは知っていたよ?
もしかしたら、国ごとで名称が違うのかもしれないね。
というわけで、二人の目の前でミケの姿を消してみる。
はい、この魔法ですよ。
「・・・・・」
「ふ、副隊長、これって……学園の魔法史の授業で出てきた『透明化魔法』では? 帝国のゼットン大魔導士しか行使できなかったという、百年前に存在した幻の魔法……」
えっ、『幻の魔法』?
どういう、こと?
「これって、そんなに珍しい魔法なんですか?」
「少なくとも、サイエル王国の宮廷魔導士で行使できる者はいない」
「…………」
ハワードさんに断言されてしまった。
二人からジトッと突き刺さるような視線を感じるが、目を逸らし気づかないふりをする。
どうやら、またやらかしてしまったようだ。
でも、ゼットンさんがそんな超有名人だったなんて、私は聞いていないよ!
ミケちゃん、どうして教えてくれなかったの!!
⦅ボクも全然知らなかったな。不可視化魔法を、ゼットン以外誰も行使できなかったなんて……あっ、そういえばマイも使っていなかったね⦆
ミケちゃん……今さらそれを知っても、どうしようもないよ。
「おい、何でおまえがこの魔法を使えるんだ?」
何でって、ゼットンさん本人に教えてもらったからだよね。
そんなことは、絶対に口にできないけど。
「…………」
「おまえ以外にも、使えるヤツはいるのか?」
「使える人は……多分いません」
ゼットンさんに教えてもらえるような人は、私以外に誰もいない。
「じゃあ、なぜおまえだけ使えるんだよ?」
「こ、これ以上は、黙秘権を行使します! では、そろそろ出発します! 『フィレレース、飛行!』『フィレレース、防水!』」
強引に話を終わらせる。
窓の外にレースと屋根をパッと出して、全員の姿をサッと消す。
「はい、入り口付近に立ち止まらず、奥へ進んでくださいね。レースは広いし、絶対に落ちませんので、安心してください」
公共交通機関の乗務員さんみたいに、皆を誘導する。
ミケとハワードさんはすぐに乗った、と思う。(見えない)
ルオンさんは、以前のハワードさん状態になっているようだから(騒いでいる声だけが聞こえる)、ミケが風魔法で無理やり乗せたっぽい。(見えないけど)
レイ君もいると、ミケが言った。
最後に私が乗ってから、きちんと部屋の窓は閉めておく。
「念のため、点呼をします! ミケちゃん、ハワードさん、ルオンさん、レイ君、全員乗っていますか?」
⦅いるよ⦆
「はい」
「ど、どうなってるんだよ、これ……」
⦅ノッテル⦆
「確認が取れたので、出発します。上空に出たら不可視化魔法は解除しますので、それまではその場に座って動かないでくださいね」
レースをゆっくりと浮上させていく。
天気が悪いと視界も悪い。
だから、目撃される恐れも少ないはずだ。
ここまで上がったら、大丈夫だろう。
魔法を解除すると、ごろんと寝そべっているミケ、以前よりも落ち着いているハワードさん、恐々と下を覗き込んでいるルオンさん、そのルオンさんの頭の上にのっているレイ君が見えた。
◇
王都への飛行は、順調そのものだった。
通常であれば、一週間馬車にのんびり揺られる旅だ。
ただ、馬車が泥濘にはまったときは、雨が降っていようと乗客は降りないといけないらしい。
乗客を全員降ろしてから、泥濘を脱出する。そして、乗客をまた乗せる。
その繰り返しとのこと。
「王都までこんな快適な旅ができるなんて、本当に信じられないな」
ルオンさんは、ミケと同じように寝ころんでいた。
お腹の上にはレイ君が止まり、翼を休めている。
彼はハワードさん以上に、飛行魔法に対し適応力が高かった。
高さにも速さにもすぐに慣れたのは、普段からレイ君の目を通して空からの景色を見ていたからだ。
「おまえさ、やっぱり俺たちの仲間にならないか? おまえ一人がいるだけで、どんな任務でもすぐに片づけられる。特に、人が行使するのは不可能と言われていたこの『飛行魔法』と、幻の『不可視化魔法』はヤバい。殿下が知ったら────」
「……ルオン、彼女の能力のことは他言無用だ。もちろん、殿下にもだぞ」
「しかし、副隊長! こんな実力者を隊に取り込まないなんて……」
「本人が入隊を望んでいない以上、俺は無理強いをするつもりはない」
「…………」
ハワードさんは、私の意思を尊重してくれるようだ。
「ルオンさん、私には他にやりたいことがあるんです。だから、入隊はできません。ごめんなさい」
私がペコッと頭を下げると、ルオンさんがはあ…とため息をつき「しょうがねえな……」と呟いたのだった。




