第40話 新作
ヘンダームへ戻ってから、そろそろひと月になる。
相も変わらず私は商品の制作作業に追われているが、手芸教室の方は順調に進んでいた。
というのも、二人の生徒…アリスさんとロベルト君がレース編みの腕を上げたのだ。
元々、アリスさんは手芸全般ができる人で、編み物は手袋やマフラーなどを作っていた。
ロベルト君はおばあ様の影響で編み物を始め、ストールやひざ掛けなどを制作しギルドで販売できるほどの腕前を持つ。
そんな二人だから、レース編みのコツを掴んでからは上達が早かった。
今はそれぞれ、好きな作品を編んでいる。
アリスさんは、指編みもできるシュシュをレース針で編む練習を。
ロベルト君は、私が「こんなのがあるよ」と紹介したエジング(縁編み)で、ハンカチの周囲をレース編みで飾りつけている。
シュシュが完成したら、アリスさんはお母さんに。
ハンカチが完成したら、ロベルト君はおばあ様にプレゼントするそうだ。
「お二人とも筋が良いので、もう少し練習をすれば商品として売り出せますね」
「ロベルトのは大丈夫ですが、私のシュシュはリサさんのと比べると、やはり見劣りしますよ」
「同じ物だと、どうしても比べてしまうよな……」
二人とも、大きく頷いている。
う~ん、そうか。
私の作品と被らない。もしくは、デザインが全く違うもの……
「では、アリスさんに、こんなのはどうでしょう?」
私が見せたのは、今せっせと制作中のラリエットだ。
ラリエットとは、簡単に言えば留め金のない長い紐状の装身具のこと。
私はそれをレース編みで制作しているのだ。
紐を編みながら、同時に花の萼や葉っぱのモチーフを所々に編んでいく。
最後に小花のモチーフを萼に縫い付けていけば、レース編みで作るラリエットの完成である。
ちなみに、私のラリエットはループ状にはしていない。
マフラーのように首にゆるく巻いて両端を前に垂らすと、とても可愛いからね。
「素敵ですね!! これは、わざと単色にしているのですか?」
「この濃紺のワンピースに合わせようと思っているので、白で統一しました」
実は私、きちんとした恰好をしないといけない場に招待されてしまったのだ。
でも、ドレスもアクセサリーも持っていないから、せめてフォーマルに見える恰好をと考えて、町の服屋さんで濃紺の落ち着いたワンピースを買った。
それに合わせる小物を、ただいま制作中なのである。
「これの紐をもっと太くして、色のあるモチーフにしたら、がらりと雰囲気が変わります。もっと普段使いができる、気軽に身に着けられるラリエットになると思いますよ」
「ぜひ、作ってみたいです!」
「制作前に、紙に意匠を描いてみると良いかもしれません」
「はい!」
次は、ロベルト君だ。
「エジング(縁編み)は、直接布に編み込んでいくものの他に、あらかじめ編んだものを糸で縫いつけることもできるのですよ。たとえば、こんな感じで」
ワンピースの裾と袖口に、ラリエットで使用した同じ糸で編んだブレード(テープ状の紐・縁飾り)を縫い付けた。
シンプルなワンピースが、レース編みの飾りが入るだけで華やかになる。
「これなら、様々なものに応用できそうですね。色違いの線を入れることもできますし」
「ぜひ、いろいろ作ってみてくださいね」
「はい! 頑張ります!!」
どんな作品ができあがるのか、非常に楽しみだ。
では、私は制作の続きをしよう。
「もしかして、リサさんが作っているのは領主邸へ着ていくためのものですか?」
「ロベルト君は、ご存じでしたか。そうなんです、ナウリム辺境伯様から招待を受けてしまって……」
「これまでの功績に対する褒賞を貰うのですよね? さすがです!」
先日の窃盗団や郊外演習でリザードマンを捕縛した件とか、これまでの私の働きに対する礼を述べたいと、ナウリム家の執事さんがわざわざ招待状を宿まで持ってきた。
もちろん、庶民がお断りできるわけはなく、招待を受けることになったのだ。
「そういえば、当日エスコートをしてくれる方は、決まったのですか?」
「それが、まだなのです……」
「えっ、でも明後日ですよね?」
だから、少々焦っているのである。
着る服と同じくらい私が悩んだのが、誰を同伴するのかということ。
招待を受けたとき、私は学校の表彰式をイメージしていた。
皆の前で賞状をもらって、すぐに退出するのだと。
ところが、褒賞をもらったあとに食事会があるのだという。
出席されるのは、領主様一家。騎士団長のスベトラさん夫婦と私。
私は一人でも構わないのだが、そうはいかないようだ。
もし誰もいなければ、当日私をエスコートするのがルーク様になるらしい。
次期領主様にエスコートされるなんて恐れ多いし、非常に気を遣う。
でも、知り合いの男性なんて、
新人騎士のマイルさん
商業ギルドのギルマス、ハリーさん
騎士団のランディさんとアルクさん
以上。
どう考えても、領主邸でのエスコートをお願いすることはできない。
「僕がエスコートできれば良かったのですが、リサさんとの関係を尋ねられると困りますし……」
ロベルト君が冒険者であれば同業の知り合いで通ったのだが、子爵家のお坊ちゃんだ。
手芸教室のことは公にしていないため、先生と生徒の関係の説明ができない。
⦅だから、ハワードにお願いしてみれば?って、ボクは言っているのに……⦆
ミケはハワードさんに頼めばいいと言う。
たしかに、ハワードさんなら礼儀作法も問題ないし、潜入任務などでこういう場にも慣れていそう。
でも、特殊部隊の副隊長さんなんだから絶対に無理だよ。
食事会には、騎士団長のスベトラさんも出席するんだよ?
顔を合わせるのはダメでしょう。
◇◇◇
翌日、ハワードさんが差し入れを持ってやってきた。紅茶を持ったルオンさんとレイ君もいる。
あれから、ルオンさんも同じ宿に部屋を取り、ヘンダームに滞在していた。
「今日は珍しい菓子を持ってきた。『ワガシ』といって、他国で修行した菓子職人が作ったらしい」
「ワガシ……」
どこかで聞き覚えのある名前だ。
箱の中には、どら焼きと花見団子に似たお菓子が並んでいる。
もしかしなくても、和菓子だった。
「その職人さんが修行された国って……デール帝国ですか?」
「職人が修行したのは別の国だが、師匠は帝国出身者だったそうだ」
「やっぱり……」
これ、おばあちゃんがあっちの世界から持ち込んだものだよね。
⦅マイが、帝城の菓子職人に作ってもらったものだよ。それが、サイラス王国にも広まったんだね⦆
まさか、異世界で和菓子が食べられるとは思わなかった。
おばあちゃんに感謝して、有り難くいただきます。
どら焼きの表面には、店の屋号だろうか。焼き印が押されている。
半分に割ると、小豆ではなく紫色をした餡のようなものが入っていた。
でも、食べると小豆の味で美味しい。
ミケと半分こして、ぺろりと完食。
紅茶で口の中の甘さを洗い流して、次は花見団子に手を伸ばす。
「ルオンさん、お団子は喉に詰まりやすいので、レイ君には小さくちぎってからあげてくださいね」
レイ君も魔鳥だから、肉以外のものも何でも食べるらしい。
ルオンさんからもらったお団子を、美味しそうに食べている。
ミケにも、小さくしてからあげる。
よく噛んで食べようね。
赤の団子は果物の香りが。緑の団子は薬草のような風味がした。
私の知っている花見団子ではないけど、これはこれでアリかもしれない。
「店主が、同じようなことを言っていた『弾力があるから、気を付けて食べてください』と。もしかして……君は帝国の出身なのか?」
「えっと……そうです。没落した元帝国貴族の末裔ですね(設定上ですが)」
「君も、国の混乱に乗じて脱出してきたのか……」
そういえば、女神様がミケへそんなことを言っていたみたいだね。
神罰が下るからと、国から逃げ出す人が大勢いると。
「私は、混乱が起きる前に国を出ていました。でも、国民が逃げ出しているのは事実のようですね(女神様が、そう言っていたので)」
「他に、帝国に関して何か知っていることはないか? 何でもいいから情報がほしい」
ハワードさんは、どうやら帝国の情報を集めているらしい。
「私が知っているのは、帝国が召喚儀式をおこなったこと。召喚の魔法陣が描かれた布が燃えて、今後一切召喚ができなくなったことくらいですかね」
「『女神の使徒』については、どうだ? 何か聞いていないか?」
「!?」
サイエル王国にも、女神の使徒の話が伝わっていた。
「……何か、知っているのだな?」
ハワードさんは、勘が良すぎです!
いや、私がわかりやすいのか。
ミケちゃん、どうしよう……




