第39話 副隊長と、愉快な部下?
手芸教室は、基本的に数日に一回程度の開催で、それ以外の日は部屋で制作に励んでいる。
⦅ねえ、リサ。今日あたり、また来るかな?⦆
「ふふふ、どうだろうね?」
おやつの時間が近づくと、ミケがソワソワし始める。
最近のお馴染みの光景だ。
⦅あっ、来た!⦆
ミケの耳がピンと伸び、扉がノックされる。
やって来たのは、ハワードさんだ。
「今日は、新作のお菓子を持ってきた」
「いつも、ありがとうございます。ミケが、来るのを楽しみにしていました」
「それは、光栄だな」
⦅楽しみにしているのはお菓子であって、ハワードじゃないよ!⦆
素直じゃないミケに、思わず吹き出してしまう。
ミケはプイと横を向いたが、箱から小ぶりなカップケーキがたくさん出てくると、もう目が釘付けになっている。
「君の従魔は、なかなか手強いな……」
「ハワードさんは、ミケが何て言ったのかわかったのですか?」
「君の反応で、何となく。『楽しみにしているのは、お菓子のほうだ』とか言ったのだろう?」
「正解です」
ハワードさんは、二,三日置きにお菓子を差し入れに来る。
これは、本人が言っていた懐柔作戦の一つだ。
ミケは否定しているけど、完全に彼の思惑通りになっていると思うのは気のせいだろうか。
ミケが早く食べたがるので、机の上をさっと片づけてハワードさんに席を勧めた。
私の膝の上で、ミケはすでに一つ目を食べ終わっている。
「君が、手芸教室を始めたと聞いた」
「さすが、情報が早いですね」
私が手芸教室を始めたことは、公にはされていない。
希望者が殺到するからと、オリビアさんが言っていた。
「生徒の一人は……例の被害者なのだろう?」
「気になりますか?」
「任務だったとはいえ、俺も加害者側だったからな、気にならないと言えば嘘になる」
「でも、あなたなりに被害者たちを守ろうとしていたのですよね?」
地下牢の見張り役には女性が配置されていたし、拉致の実行役も自らが行っていた。
主から、私を殺せ!と命令されたときも反対をしていた。
もし、あの役目が別の男だったとしたら、被害者たちはどうなっていたのか……考えたくもない。
「…………」
「そういえば、ハワードさんはずっとヘンダームにいて、お仕事は大丈夫なんですか?」
何となく彼が辛そうに見えたので、話題を変えた。
「そろそろ戻ってこい、と言われる頃だろうな」
「副隊長さんですもんね。上に立つ方は大変だ……」
私は、自由気ままな『おひとりさま(+ミケ)』で良かった。
では、私もカップケーキをいただきます。
パクリと一口。うん、結構甘い。
宿に紅茶を注文すれば良かった。
「……次は、宿に紅茶を頼んでおくよ」
「な、何で私の考えていることがわかったのですか?」
もしかして、口に出ていた?
「案外、君たちは分かりやすいのだ。顔や雰囲気に出るからな」
「・・・・・」
ミケちゃん、これからはお互い気をつけようね。
◆◆◆
リサの部屋を出たハワードは、自分の部屋には戻らず外に出た。
大通りを外れ人気のない裏通りに入ったところで、頭からローブを被った人物が近づいてきた。
「長期休暇を取って辺境地で何をしているのかと思ったら、女の子と仲良くお茶ですか……我らが副隊長殿は」
「覗き見とは、あまり良い趣味とは言えないな、ルオン」
「ハハハ……俺が見ていることは、わかっていたでしょう?」
ルオンが腕を出すと、空から黒い鳥が舞い降りてきた。
これはルオンの従魔である魔鳥のレイだ。
レイはカラスほどの大きさの魔物で、ハヤブサのように高速で飛ぶことができる。
ルオンは、レイの目を通して監視できる能力を持っていた。
ただし、音を拾うことはできない。
「こんな所まで、何をしにきた?」
「殿下に頼まれたんですよ。副隊長が全然帰ってこないから、連れ戻してきてくれって。あと、ついでにナウリム領を偵察です」
「俺は、まだ戻れない」
「あの娘が、副隊長が直々に勧誘しにきた隊員候補ですか……。随分とご執心のようですが、たかだかBランクの冒険者なんですよね? 従魔も、ただの白猫だし」
「見た目で判断すると、痛い目を見るぞ」
「フフッ、痛い目なんか見ませんよ」
「少なくとも、おまえたちよりは彼らのほうが遥かに強い。俺は勝てなかった」
「ご冗談でしょう?」
「俺が冗談を言ったことがあるか?」
「……ないですね」
「事実だからな」
ルオンの姿が、フッと消えた。
ハワードは、大きなため息を吐く。
「簀巻きにされないと、良いが……」
裏通りの路地に、ハワードのつぶやきだけが残された。
◆◆◆
ハワードさんからもらったカップケーキを、ミケと美味しく頂いた。
私はもうお腹いっぱいだから夕食はいらないと思ったが、ミケが『おやつは別腹だよ』と言うので、腹ごなしの散歩を兼ねて夕食を買いに出た。
何を買おうかと市場をぶらぶら歩いていたら、ミケが⦅誰かが、ボクたちの後をつけている⦆と言う。
「ハワードさん、じゃないよね?」
彼が私たちを尾行する必要は、もうないもんね。
⦅たぶん、魔法使いだよ。従魔が空を飛んでいるから⦆
「空?」
⦅ほら、あそこを飛んでいるね⦆
「う~ん、鳥がたくさんいて、どれかわからない……」
⦅「お~い」って、手を振ってみなよ。反応があるかもしれないよ⦆
じゃあ、やってみようかな。
お~い、どちら様ですか~?
あっ! 一羽がビクッとした。
あれ? そのまま、どこかへ行っちゃったよ……
⦅……用事があるなら、また向こうから来るんじゃない?⦆
「そうだね」
さて、夕ごはんを買って帰りますか。
◇◇◇
夕食後少しまったりとしたあと、私は制作の続きを、ミケはベッドでお昼寝ならぬ夕寝をしていたら、扉がノックされた。
出ると、ハワードさんとローブを着た緑髪の若い男性がいた。
「こんな時間にすまない。ちょっと、お願いしたいことがあるのだが……」
「わかりました。どうぞ、中へ入ってください」
王都で泊まっていた宿と違いこの部屋に応接室はないから、椅子が二脚しかない。
二人に椅子を勧め、私はベッドに腰掛け話を聞くことにする。
寝ていたミケはわざわざ起きてきて、私の膝の上に移動した。
「彼は、俺の部下でルオンという。実は、従魔が行方不明になってしまって、君に探索をお願いしたいのだ」
いなくなったのは、魔鳥のレイ君。
大事な従魔がいなくなって、ルオンさんはしょんぼりしている。
聞けば、卵から孵化させて大切に育ててきた大事な家族だという。
「それは、心配ですね」
もしミケが行方不明になったら、私だって居ても立っても居られない。
「レイ君のにおいの付いたものは、何かお持ちですか?」
「羽根でも、いいのか?」
「大丈夫ですよ」
さっそく魔法を行使しようとしたら、ミケがむくっと起き上がった。
⦅あの従魔なら、ボクを見て逃げていったよ。ボクが聖獣だと気づいたみたいでね⦆
「あっ……」
私たちを尾行していたのが、ルオンさんとレイ君だったわけね。
「うん? どうした?」
ハワードさんが怪訝な顔をしている。
どうしよう。なんて説明すればいいのだろう。
「えっと……夕方ごろ、ルオンさんとレイ君は私たちを尾行していましたよね?」
「な、なんの話だ?」
ルオンさんはとぼけたけど、そのまま話を進めますよ。
「それで、ミケを見てレイ君が逃げだしたみたいです」
「レイが、おまえの従魔に負けたというのか?」
「まあ、結果的にはそうなりますね」
厳密に言えば、勝負もしていないけどね。
「猫を見てレイが逃げるなんて、あり得ない!」
ミケの見た目はただの白猫だけど聖獣だからね、人が女神様を恐れるのと同じ感覚なのかもしれない。
⦅まったく、世話の焼ける従魔だね……⦆
ミケが私の膝から下り、窓の縁に飛び乗る。
窓を開けてあげたら顔を出し、「ニャー!⦅レイ、早く戻ってきてよ!⦆」と鳴いた。
音は低いけど、遠くまで響き渡るような声だ。
⦅もう少ししたら、ここに来るよ。じゃあ、おやすみ⦆
スタスタとミケはベッドへ戻り、丸くなってしまった。
「あの……少々お待ちください。レイ君がここに来るそうなので」
「「……えっ?」」
「従魔同士で、会話ができるみたいです。ミケが『レイ、早く戻ってきてよ!』って、呼びかけていました」
これは上手くごまかすこともできず、私は正直に打ち明けた。
「アハハ! 本当に、君たちは規格外だな……」
「従魔同士で会話ができるって、どうしてわかるんだ? てか、従魔の話していることを、おまえはすべて理解できるのか?」
「えっと……そう…ですね。なんとなく……ですが」
ルオンさんもレイ君と意思の疎通はできるようだが、すべてではないようだ。
「彼女と従魔の意思の疎通は、完璧だぞ。だから、偵察をさせたら右に出る者はいないだろうな」
「で、でも、副隊長、レイはまだ戻っていません! コイツが、従魔と完璧に意思の疎───」
その時、窓から飛び込んできたのは黒い鳥…レイ君だった。
真っすぐルオンさんのもとに向かう。
「おまえ、今までどこに行っていたんだ! 心配させやがって……」
⦅セイジュウサマ オコル。ルオン カテナイ。ハヤク カエロウ!⦆
「わかった、わかった。帰ろうな」
レイ君の言葉が、本当に何となくでも伝わっているっぽい。
それにしても、なぜ私まで言葉がわかるのだろうか。
⦅アシ イタイ。チョット キレタ⦆
「うん? どこか、痛いのか?」
ルオンさんは翼を調べているけど、そこじゃないですよ。
「……脚が、ちょっと切れたそうです」
「おまえに、レイと意思の疎通ができるわけ…あっ、本当だ」
ルオンさんが脚に手を当てると、柔らかい光が包み込む。
⦅ナオッタ。ルオン アリガト⦆
「おまえ、これからは気を付けろよ?」
⦅ウン⦆
レイ君が懐いているところを見ると、ルオンさんもそう悪い人ではなさそうだ。
主従のやり取りが微笑ましくてニコニコしながら眺めていたら、ミケがやって来た。
レイ君の背筋が、一瞬にしてピンと伸びたような気がする。
⦅一応、言っておくよ。リサに余計なちょっかいを出さなければ、ボクからどうこうするつもりはないからね?⦆
⦅ワ、ワカリマシタ⦆
人で例えるなら、レイ君は直立不動の姿勢だっただろうね。
カチンコチンになったレイ君から、ミケが離れていった。
「いま一匹と一羽の間で、どんなやり取りがあったんだ? 君なら、わかるのだろう?」
「副隊長、その前に本当にコイツが理解しているのか、一度試してもいいですか? レイ、何でもいいから、俺のことをこの女へ話してみろ。さっきのは、まぐれだと証明してやる」
⦅ワカッタ。ルオンハ────⦆
レイ君が一生懸命話してくれたけど……う~ん、コレは他言無用の内容じゃないかな。
「さあ、答えてみろ」
「……上官のハワードさんの前で、良いのですか?」
「構わないぞ」
⦅本人が良いって言ってるんだから、リサが気にする必要はないんじゃない?》
ミケもそう言うなら、遠慮なく。
「ルオンさんは、上官に叱られたときは決まってある店に行きます」
「!?」
「その店は、王都にある飲み屋さんで、お気に入りの女性…サミーさんに愚痴を言って───」
「うわあ! もういい、止めろ!!」
ルオンさんの顔は真っ赤だ。
レイ君に「おまえ、余計な話をするな!」と怒っているけど、レイ君は素知らぬ顔をしている。
だって、「何でもいいから、俺のことを話してみろ」って言われたから、レイ君は話しただけだもんね。
「……ルオン、納得したか? これは、彼らの実力のほんの一部に過ぎない。おまえでは勝てないと理解しろ」
「……はい」
ルオンさんが、またしょんぼりしちゃった。
レイ君、ご主人様を慰めてあげてね。
「俺の部下がすまなかった。それで、どんなやり取りがあった?」
「レイがかなり緊張していたから、何があったのか俺も気になる……」
「えっと、簡単に言ってしまうと、『余計なちょっかいを出してきたら、簀巻きにするぞ!』ってことです」
話を聞いたハワードさんの顔は強張り、ルオンさんは「簀巻き?」と首をかしげている。
「ルオン、上官として忠告する。これは単なる脅しではないから、くれぐれも肝に銘じるように! あと、簀巻きにされても、俺は助けてやらんぞ」
「そんな……部下の窮地を救うのが、上官の務めじゃないですか!」
「この場合は、自業自得だ! 俺は簀巻きにされたくない!!」
急に、言い争いが始まってしまった。
まあまあ、二人とも少し落ち着いてください。
そんな戦々恐々としなくても、悪い人でなければ簀巻きにはしませんよ?




