第38話 手芸教室
超高速でぶっ飛ばした結果、夜明け直前にヘンダームへ到着した。
今回は窃盗団を乗せた(馬のいない)馬車を運んでいるため、検問は空から飛び越えさせてもらう。
直接騎士団へ行くので、ハワードさんは途中下車をした。
さすがに、偽の身分で目立つわけにはいかないらしい。
許可も得ず騎士団の訓練場へ着陸したが、レースで空を飛ぶのは私しかいないため、当直の騎士さんたちも慌てる様子はまったくなかった。
集まってきた人たちをよく見ると、スベトラさんの姿もある。
「スベトラさん、許可なく敷地内に入ってしまって申し訳ありません。窃盗団がヘンダームを出て他領へ逃走を図っていましたので、馬車ごと捕獲してきました」
「アルクから話は聞いていたが……早急な対応に感謝する」
「これは、窃盗団が持っていた盗品と書類です。どうぞ、捜査に活用してください」
伯爵との繋がりを証明する書類は、容疑者たちが最初から持っていたことにした。
屋敷に忍びこんで手に入れたとは言わない方がいい。
ハワードさんがそう言っていたから。
犯人たちを引き渡し、私たちの長い夜はようやく終わった。
ああ、疲れた。
早く帰ってベッドで眠りたい。
◇◇◇
窃盗団の捕獲から二日後、私は商業ギルドを訪れていた。
まずは作品の納品を終える。
それから、大事な話を切り出した。
私の技術を、弟子を取るのではなく気軽な『手芸教室』という形で市井に広めたい。
そんな話を、オリビアさんは真剣な表情で聞いていた。
「私が一人で制作しているために、需要に対してまったく供給が追い付いていません。そのために犯罪まで起きています。それを防ぐのが一番の目的です」
「リサさんのお考えはわかりました。技術を公開するかどうかは個人の自由ですので、私どもが口を挟むことはございません。ただ、『匿名手芸作家』ではなくなってしまいますが……」
「それは、仕方ありません。でも、教えるのは数名程度ですので、それほど影響はないかなと思っています」
私一人では、一度に二,三人へ教えるのが限界だ。
「教室を開く場所や使用する道具の手配などは、どうされるのですか?」
「私は自分の家がありませんので、どこかを借りるつもりです。道具のほうは、私の物を貸し出します」
まずは編み方を覚えてもらって、もし作品を売る商売をしたい人が出てきたら、どこかの工房でレース針の製作をお願いしなければならないだろう。
でもまずは、レース編みに興味を持ってもらわなければ始まらない。
「基本的な三つの編み方がありますので、それを覚えていただければ、あとは個人の好きなように制作をしてもらうつもりです」
別に道具を使わず、指編みでシュシュだけを作っても良いのだ。
選ぶ糸の色や太さ・素材で、個性豊かな作品ができあがるだろう。
「教室の場所はギルドの空き部屋を貸し出しますし、宜しければ、生徒の方も見込みのありそうな方へこちらから声を掛けさせていただきますが?」
「そこまでしていただくのは、申し訳ないです!」
「リサさんに、これからも憂いなく制作をしていただくためなら、ギルドとしても協力は惜しみませんよ」
そう言って、オリビアさんは微笑んだ。
商業ギルド内なら、防犯面も安心なこと。
(私の技術は、この世界ではかなり高度なもののようなので)最初は、ある程度技術を持つ者から教えたほうが良いというオリビアさんの助言に従うことにした。
◇
数日後、初めての手芸教室が開催された。
教室に集まったのは、ギルドが選んだ二人の生徒さん。
茶色のボブカットにごげ茶色の瞳の若い女性と、深緑色の長髪を後ろで一つに束ねた碧眼の男の子だ。
女性の顔には見覚えがある。
公爵家に拉致された被害者の一人で、指編みでシュシュを作っていた女性だ。
事前に聞いていた名前と顔が一致した。
彼女が、ケイティちゃんの友人のアリスさんだったのだ。
男の子のほうは、ルーク様と同い年の十四歳でご親戚でもあるらしい。
子爵家の三男のロベルト君というそうだ。
あっちの世界でも手芸男子は存在したので、男性が手芸をするのは珍しくはない。
しかし、貴族の子息となると話が変わってくる。
彼とどう接すれば良いのかオリビアさんに確認をしたところ、普通で良いと言われた。
オリビアさんたち商業ギルドの職員さんたちは皆、『ロベルト君』と呼んでいるそうだ。
貴族に『様』を付けなくていいのですか?と聞いたら、本人が嫌がるとのこと。
だから、私も君付けで呼びたいと思う。
「アリスさん、ロベルト君、初めまして。私はリサといいます。こっちは従魔のミケです。これから、よろしくお願いします」
「「!?」」
二人とも、私の顔を見て驚いている。
う~ん、何に驚いているのだろうか?
⦅先生が思ったよりも若かったから、驚いているのかな?⦆
そっか、もっと年配者を想像していたのかもしれないね。
「まさか、『匿名手芸作家』が高名なBランク冒険者のリサさんだったとは……」
「ルークや兄からは、リサさんの武勇伝を聞いております。はぐれリザードマンを魔法で捕獲されたとか、窃盗団を馬車ごと捕縛してきたとか……」
えっ、そっちで驚いていたの?
というか、私って冒険者としてそんなに有名人だったの?
ちなみに、ロベルト君のお兄さん(次男)は、騎士団の新人騎士さんだそうだ。
「えっと……実は、手芸作家が本業なのです。冒険者のほうは、ついでというか……」
「片手間で、Bランク冒険者ですか……さすがです!」
ロベルト君、そこは感心するところじゃないから!
と突っ込みを入れたところで、さっそく手芸教室を始めるとしますか。
「お二人とも、私の作品はご覧になったことがあると思いますが───」
「あります! 髪留めや鞄、それにシュシュです。まだ街中で見かけただけで、私も買おうとお金を貯めている最中です。それにしても、ケイティがしていたものが『匿名手芸作家』の作だったなんて……似ているなとは思っていましたが、まさか本物だったとは!!」
アリスさんは、一気にまくし立てた。
「ケイティちゃんとはトンポイで偶然知り合いまして、試作品をあげたのです」
「いいなあ~、ケイティが羨ましい!!」
アリスさんは、ケイティちゃんより四歳年上の十六歳と聞いている。
明るい性格のお姉さんのような人だと、ケイティちゃんは言っていた。
あんな事件に巻き込まれて心配をしていたけど、思ったよりも元気そうで安心した。
「僕は自分で買った鞄と、家にはボトルカバーがあります! 商業祭で、おばあ様が買ってくださいました。緑色のものです」
ロベルト君は、持ってきていた白地の鞄を見せてくれた。
青系の紫陽花を模したもので、気に入って使ってくれているのだという。
「ロベルトは貴族のお坊ちゃんだから、いいよね……」
アリスさんがぽそっとつぶやく。
オリビアさんによると、ロベルト君はアリスさんの実家の商会のお客さんらしく、二人は以前からの知り合いだそう。
軽口を叩けるくらい仲が良いのなら、間に入って気を遣う必要はなさそうだ。
「見ての通り、私が作るものは編み棒を使用したものとは編み方が違います。それを、これから覚えてもらいます。使用する道具は、この『レース針』というかぎ針が一本だけです」
私の私物を見せる。
持ち手がプラスチックなどで、この世界には存在しない物質が使用されたりしているが、そこは見ないフリ。
糸の太さによって使用するレース針が変わるとか、基本的な三つの編み方『鎖編み』『細編み』『長編み』を説明しているうちに、あっという間に終了の時間になった。
「次回からは、実際に編み始めてもらいます。道具は貸しますので、ご自分が使用したい糸を持ってきてくださいね。ただ、慣れるまでは細い糸は難しいと思いますので、太めの糸をおすすめします」
手芸教室では、授業料などはもらっていない。
その代わり、糸だけは持参してもらうことになっているのだ。
「あの、この鞄についている花を作っているところを見てみたいのですが……」
「では、一つ作ってみましょうか」
小花のモチーフなら、大して時間はかからない。
私が編んでいる手元を、二人は真剣な表情で見ている。
「はい、できあがりです」
「「す、すごい……」」
「お二人も、編み方さえ覚えてしまえば簡単にできるようになりますから、頑張りましょうね!」
「「はい!」」
こうして、第一回目の手芸教室は無事終了したのだった。




