第37話 潜入と証拠集め
馬車の制圧は、あっけなく終わった。
何度も言うけど、さすが特殊部隊の副隊長さんだ。
レースを馬車の上に降ろしたら、ハワードさんは瞬時に中へ突入し、犯人たちを次々と風魔法で気絶させていく。
次に、御者も倒し馬車を停止させる。
それから一人ずつ手足を縛り上げたら、はい終了!
私とミケは、ただ上から覗いているだけだった。
馬車の荷台を捜索すると、私の作品が出てきた。
その数、およそ三十個。
すべて髪留めだった。
通常品から、オーダーメイド品まである。
その中に、特に印象に残っていた作品があった。
商業ギルドの担当者であるオリビアさんが「依頼主の方が、一生懸命お金を貯めてマルベリーシルク糸で作る髪留めを注文されたのです」と言っていた。
贈る相手がひまわりを好きで、それを意匠にしてほしいと言われたから、黄色い花のモチーフを二枚重ねてより立体感を出してみた。
依頼主が、贈った相手の喜ぶ顔を見て笑顔になる。
そんな姿を想像しながら、心をこめて制作した。
そのたくさん飾ったひまわりの一つが、中心部分を引っかけられたのかちぎれていたのだ。
他の作品にも、糸が切れたりほつれたりした物がいくつかある。
見つめていたら、だんだん視界が滲んでくる。涙がこぼれた。
ミケが、座り込んだ私に頭を擦りつけてきた。
⦅きっと、無理やり髪から奪い取ったんだろうね……⦆
「贈った人の心まで踏みにじって、絶対に許せないよ……」
ハワードさんが車内で証拠を探している間に、私は馬車の上で照明用のレースを出し傷付いた作品たちの修復に取り掛かる。
こんな状態の髪留めを見たら、持ち主だけでなく贈り主たちもきっと悲しむだろう。
糸が切れたりほつれた髪留めは、幸い私の手持ちの糸で修復が可能だった。
ただ、ひまわりの中心部分には黒いマルベリーシルク糸が必要だ。でも、私は持っていない。
「これだけ、シルク糸を買ってから修復するしかないよね……」
できれば、持ち主へ返還される前に修復をしておきたかった。
⦅修復ができるまで、ガラス工房で貰ったアレを付けて隠しておいたら?⦆
「ミケちゃん、すごい!」
そうだった。私は良い素材を持っていたのだ。
さっそく麻袋の中を探すと、ちょうどサイズの合う黒い丸状のガラスが見つかった。
縫い留めると、うん良い感じ。
新しく制作する髪留めには、このモチーフを採用しよう。
気分が高揚し、怒りと悲しみが少し治まった。
ふと視線を感じ目線を向けると、下から顔を覗かせていたハワードさんと目が合った。
「ハワードさん、伯爵の関与を示す証拠は見つかりましたか?」
「あ、いや、まだだが……その、君だったのか?」
「何がですか?」
「その髪留めの制作者だよ」
制作者? あっ!
「えっと…………違います」
「いやいやいや、どう見ても君でしょう? めちゃくちゃ修復の手際が良かったし」
これは完全に見られていたようだ。
そういえば、ハワードさんにもこっちの正体はバレていなかったんだよね。
自ら墓穴を掘ってしまったけど……まあ、いっか。
今回の件で、以前から考えていたことに着手することを決めた。
これは、最優先事項だ。
「今まで隠していましたけど、『匿名手芸作家』は私なんです」
「ハハハ、どこが『そこそこ人気があるんですよ』だよ。ものすごい人気作家じゃないか!」
「わ、私のことは、今はいいんです! それより、証拠がないのなら伯爵の屋敷まで行くんですよね?」
「しかし、今から飛行魔法で向かっても夜が明けてしまうぞ」
ザムルバ伯爵領はナウリム領の隣の隣にあって、ハワードさんは伯爵邸の場所を知っているらしい。
「ヘリコプターの超高速モードで行けば、すぐに着きます! だから、今すぐ行きますよ」
「『ヘリコプタ』って、何だ?」
「大したことではないので、気にしないでください!」
そうと決まれば、即行動だ。
馬車の馬は、手綱を切って解放する。
今から馬車ごと飛行魔法で運ぶから、怖がる馬は乗せられないのだ。
「では、全速力で行きま~す!」
浮上からの超加速!
深夜にハワードさんの絶叫が響き渡ったのは、言うまでもない。
◆◆◆
ザムルバ伯爵家の屋敷に着いたのは、まだ夜明け前だった。
中へ潜入するのは、ハワードとお目付け役のミケだ。
何とも奇妙なコンビだが、まったくの素人であるリサは「足手まといになるから」と自ら辞退を申し出ていた。
屋根の上にレースごと降り、リサに見送られて一人と一匹は屋根の上を走る。
侵入するのは、屋根裏部屋の鍵のかかっていない窓からだ。
音もなく着地すると、伯爵の執務室を目指す。
残された時間は少ない。
日が昇り始めれば、使用人たちが起きてくる。
それまでに、証拠を見つけなければならない。
廊下を足音を立てずに進んでいると、人の気配がする。
ハワードはミケを抱き上げ、天井へ身を隠す。
下を、巡回中の騎士が通り過ぎた。
◇
執務室へ入ると、ハワードは書棚の前に移動する。
上から二段目の、左から五番目の本を手前に動かす。
すると、三段目の棚が下がり、奥から隠し金庫が出現した。
「別任務で、事前調査は完璧なんだよ」
目を丸くしているミケに、理由を明かした。
屋根からの侵入ルートも、執務室の場所も、書棚のからくりも、すべてハワードの頭の中に入っていたのである。
隠し金庫の暗証番号も入手済みで、難なく証拠の品を入手することができたのだった。
侵入の痕跡を跡形もなく消し、来た道を通って屋根に戻る。
リサに笑顔で迎えられ、すぐに出発した。
「これが、伯爵が奴らと交わした契約書だ。前金に幾ら渡したか、成功報酬として髪留め一つに幾ら支払うかなどが記載されている」
ハワードは、リサに書類を見せる。
帰りも全速力だが、ハワードの適応力は高かった。
「なぜ、伯爵は私の髪留めを狙ったのでしょうか?」
「ここに書いてあるが、君の髪留めは王都の貴族の間でかなり評判になっている。それをいち早く入手し派閥内の貴族たちへ斡旋することで、派閥内での影響力を強めたかったようだ」
「そんな髪留め一つで、強めることなどできるのですか?」
半信半疑のリサへ、ハワードは説明をする。
「貴族は見栄の塊だ。他の貴族よりも見栄えのするものを身に着けたがるし、他の貴族よりも早く新しい流行を生み出したがる」
「その小道具にされるのですね……」
「でもそれは、悪い事ばかりではない。自領で購入すれば、領内に金が落ちる。自領の特産品を流行に乗せられれば売り上げが増え、自領を富ますこともできるからな。ナウリム領のマルベリーシルクのように」
「領内の経済を回す……領民のために」
「そういうことだ。もちろん、税収を増やす目的もあるが」
ひとまず納得した様子のリサは、ミケを膝の上にのせ編み物を始めた。
ハワードも離れた場所に座り、リサの制作風景を眺める。
(没落貴族の末裔というのは、本当なのだな……)
貴族であれば知っていて当然のようなことを、リサはまったく知らなかった。
庶民として生きてきたのは間違いないようだが、多少の疑問も残る。
庶民にしては所作全般が洗練されていること。
普通ではない手芸の腕前だ。
高度な教育を受けてきたとしか思えないような言葉遣いや食事作法。
生活のために身に着けたにしては高すぎる技術。
いまリサが使用している道具も、特注品にしか見えない。
まだ、リサには秘密がある。
ハワードは確信していた。
「そういえば、ハワードさん。私に見せていない証拠の書類が、もう一つありますよね? あっちには、何が書かれていたのですか?」
(!?)
さり気なく尋ねられたが、ハワードの衝撃は大きかった。
(まさか……気づかれていたのか?)
リサの膝の上にいる白猫が、ハワードをじっと見ている。
おまえをずっと見張っていたぞ。
従魔の金色の瞳が、そう言っていた。
「あれは、別件で捜査中の証拠品だ。伯爵が王都の商会と癒着し、商品の価格を不当に釣り上げているんだ」
「他にも悪いことをしているのですね」
「贈賄の証拠を掴もうと潜入の機会を窺っていたのだが、同じ場所に隠されていたからついでに頂いてきた」
ハワードは、懐に入れていた証拠の書類を見せる。
「わかりました。悪い人たちを懲らしめる証拠なら、問題ありません」
「……従魔が、君に何か言ったのか?」
「ハワードさんが証拠を隠していて、怪しいと」
「だから、俺のお目付け役だったのか……」
従魔が優秀過ぎて、ハワードは言葉もない。
「でも、誤解が解けて良かったです。もしハワードさんが悪いことをしていたら、今ごろ簀巻きにされていましたからね」
「・・・・・」
ハワードはゾッとした。
『簀巻きにして、遠くの山に捨てる』
彼らなら、いつでも実行可能であることに気づいたのだ。
今後は、怪しまれるような言動は一切しないと心に固く誓うハワードだった。




