第35話 勧誘
私の隣の椅子にのっているミケが、⦅おいしい、おいしい⦆とパクパクごはんを食べている。
「従魔も気に入ったようで、良かった」
個室の中だけ地毛の紫髪に戻ったハロルドあらためハワードさんが、ミケの食べっぷりに笑っている。
「ミケは、美味しいものが好きなので」
「じゃあ、食べ物で釣ったら懐柔できるだろうか?」
「ニャー⦅それは、ないね⦆」
ミケの即答に、つい吹き出してしまった。
「従魔は何と言ったんだ?」
「えっ?」
「従魔が何を考えているのか、感覚でわかるのだろう? 俺の部下にも、従魔と意思の疎通ができる奴がいるからな」
「そうなのですね」
これは良いことを聞いた。
会話を交わしている姿は見せられないが、意思の疎通ができることは隠さなくてもいいようだ。
「それだけ、従魔と信頼関係を築いている証拠だ。それで、彼は何と言ったんだ?」
「『それは、ないね』と」
「ハハハ! 本当に会話を交わしているみたいだな」
本当に会話をしているんだけどね。
ハロルドさんのときには胡散臭く見えた人の良さそうな笑みが、今は自然体に見える。
あれは、彼が言うところの任務中で、作り笑いだったからだろうか。
◇
ハワードさんが案内してくれたのは、領都の一等地に建つ高級感溢れるレストランだった。
外観の造りからして、他店とは違う。
漂う、圧倒的王者の雰囲気。
従魔もOKの広い個室に通され、メニュー表を開いて手が震えた。
高い、この店は絶対に高い。
なぜなら、メニューのどこにも値段が載っていないから。
ミケは、鮮魚のムニエルが食べたいと言った。
あっちの世界ではたまにお刺身も食べていたから、美味しい魚が食べたいそうだ。
それにしても、ナウリム領は海から遠いから、塩漬けか干物くらいしか入ってこないと聞いていたのに、なぜ鮮魚が?
私の疑問に、ハワードさんが答えてくれた。
いわく、獲れたての魚を氷魔法で絞めてから船に乗せ、川を遡上するのだとか。
船の動力には魔石を惜しげもなく投入し、超特急でヘンダームまで運んでくるとのこと。
鮮度が維持されているおかげで、ミケが喜んで食べている。
私はというと、魔物(名前は忘れた)の希少部位の塩釜焼きを注文した。
見た目ヒレ肉のような小さめのステーキは程良い塩加減で、大変美味しくいただいた。
「それで、どうだろう? いくらBランク冒険者とはいえ、このまま冒険者稼業を続けるよりも衣食住が保証された生活のほうが良いと思うが……」
ごはんの美味しさにすっかり忘れていたが、私は勧誘を受けていたのだ。
食事をしながら話を聞いた感じでは、ハワードさんは本気で私を勧誘するつもりらしい。
上司である王太子殿下の承認ももらっていて、いつでも受け入れは可能だと。
王太子直属の特殊部隊の隊員なんて、きっとエリートたちの集まりなんだろう。
しかし、ハワードさんは勘違いをしている。
そこを、きちんと話さなければ。
「あの、実は私の本業は冒険者ではなく、手芸作家なのです」
「はっ? 手芸作家?」
「冒険者は、お金を稼ぐ目的もありますけど、どちらかと言えば人助けの側面が強いですね」
冒険者ギルドの不人気依頼を受けたり、困っている人を助けたりなどだ。
「公爵家の件は、知人の友人が被害者の一人だったんです。だから、捜索依頼として受けました」
居場所を特定して騎士団へ救出をお願いしたが、現状では手が出せないと言われた。
だから、自ら囮となって救出に向かった。
「あの件は政治的な裏事情があって、詳細は話せないが近々俺が騎士団へ主を告発する予定だった」
「身内が告発をすれば、騎士団はすぐに動けましたか?」
「きちんと証拠も準備していたから、確実に」
「そうだったのですね……」
きっと裏では、様々な思惑が動いていたのだろう。
でも、被害者たちには何の関係もないことだ。
私が匿名作家にならなければ、あんな事件は起きなかった。それは間違いない。
このまま正体を隠したままで、また同じような事件が起きたら?
無関係の人が被害者になってしまうのが怖い。
「君が家名持ちで没落した元貴族家の出自なのは知っていたが、手芸作家という情報を俺はまったく把握していなかった」
「手芸作家として、表立っては活動をしていませんので」
「その……失礼なことを聞くが、その売り上げだけで生活はできるのか?」
「こんなことを自分で言うのもなんですが、そこそこ人気があるんですよ」
⦅そこそこじゃなくて、大人気だよね⦆
ミケに言われてしまった。
「だから、制作の合間に冒険者活動をしていると言うのが正しいです」
「あれだけの実力があるのに、もったいないな……」
認められるのは素直に嬉しい。
でもこれは、女神様からもらった力であって、私の実力ではないから。
「ですから、勧誘の件は受けられません。ごめんなさい」
「わかった。今日のところは引き下がる。でも、俺は諦めない。君のような実力者を組織に引き入れないのは、国にとって大きな損失だからな」
ハワードさんの瞳がギラリと光る。
これで諦めてもらえると思ったのに、逆に変なスイッチを入れてしまったようだ。
◇
前菜にメインディッシュ、最後にデザートまで頂き満腹である。
眠そうなミケを抱っこし、個室を出る。
ハワードさんの髪は、店に入ったときと同じ空色に変わっていた。
「ニャー⦅食べ過ぎて、苦しいよ……⦆」
「従魔は何と言っているんだ?」
「料理が美味しかったので、『食べ過ぎて、苦しい』と」
「店の料理が気に入ってもらえたなら、良かった。まずは従魔に、俺への警戒心を解いてもらうことから始めないとな」
「ミケは、そんなに警戒していましたか?」
料理が来てからは、一心不乱に食べていた気がするけど。
「食べながらもチラチラと常に俺を見ていたから、緊張したよ。不審な行動を取ったら、きっと攻撃されただろうな」
私がのんびり食事をしている傍で、そんなやり取りが行われていたとは。
やっぱり、私は平和慣れしすぎている。
食事の最中も、常に警戒を怠らないようにしなければ。
───といつも思って、すぐに忘れてしまうんだけどね。
◇
同じ宿に泊まっているので、店を出てもハワードさんと一緒に歩いていく。
夜になっても魔道具の街灯があるから、それほど暗いわけではない。
ヘンダームの治安は、比較的良いらしい。
それもこれも、騎士団の方々が見回りをしてくれているおかげである。
「すみません、少し話を聞きたいのですが?」
宿に向かっていたら、後ろから声をかけられた。
振り返ると、二人の騎士が立っている。
一人は見知った顔で、レイククロコダイルから助けたアルクさんだった。
「アルクさん、こんばんは。お仕事お疲れさまです」
「タカナシ殿でしたか。王都から戻られていたのですね?」
「はい、今日帰ってきたところです」
「そうでしたか。その……失礼ですが、そちらの方は?」
アルクさんが顔を向けたのは、私の隣にいるハワードさんだ。
「私は、Cランク冒険者のハイドと言います。タカナシさんとは、同じ宿でたまたま知り合いまして」
空色髪のときは、ハワードさんは『Cランク冒険者のハイド』だそうだ。
ちなみに、なぜCランク冒険者かというと、ギルドからの指名依頼を受けずに済むからと言っていた。
身分証を提示しながら微笑むハワードさんの顔が、あの胡散臭い笑いになっている。
なるほど、やはりこれが彼の愛想笑いなのか。
「お尋ねしますが、ハイド殿は今日の夕刻前から今まで、どこで何をされていましたか?」
「私と食事をしていましたよ。お店の方に確認していただければ、証明できるかと」
「タカナシ殿が証人であれば、間違いないですね。私的なことをお尋ねして、申し訳ありませんでした」
いやいや、アルクさん。そんな盲目的に私を信用したら、職務的にダメだと思いますよ?
ハワードさんはホッとしている。
身分を偽っているから、なるべく騎士団に目を付けられるようなことは避けたいのだろう。
「何か、あったのですか?」
「実はここ数日ヘンダームで窃盗事件が多発しておりまして、つい先ほども発生しました。我々が捜査と警戒にあたっているのですが、残念ながらまだ犯人を捕まえることができず……」
「早く犯人が見つかるといいですね」
いくら治安が良くても、犯罪は起きてしまうものだ。
「そういえば、タカナシ殿は『匿名手芸作家』の作品はお持ちではないですか?」
「……えっ?」
「盗まれているのは、その方が作られた作品ばかりなのです。人気に目をつけた窃盗団が、他領で売りさばくために盗みを繰り返しているものと思われます」
「…………」
アルクさんの「ですから、もしお持ちでしたらお気を付けくださいね」の声が遠くに聞こえる。
でも、今の私はまだ冷静だ。
⦅リサ、ボクたちの出番だね⦆
また、私絡みの事件が起きてしまった。
ケイティちゃんのシュシュや、あの迷子の男の子のお母さんの髪留めは無事なのだろうか。
金儲けのために、人が大切にしているものを盗んで売り飛ばすなんて絶対に許せない。
「アルクさん、捜査に協力させてください! 私が探知魔法で、犯人たちの居所を突きとめます!!」
「タカナシ殿の協力をいただけるのは、非常に有り難いです。さっそく本部へ戻り、騎士団長へ了承を────」
「時間がもったいないので、スベトラさんへは私が後で直接説明に行きます。先に、探知魔法だけ発動しておきますね。では、『フィレレース、探知!』」
以前と同じように、犬の模様が付いた掌サイズのレースを大量にばら撒く。
でも、今回はにおいは必要ない。全部私が作ったものだから探知できる。
私の作品が大量に集められている場所を特定するだけだ。
「場所を特定できたら、すぐに騎士団へ報告しますので」
「わかりました。私の方からも、騎士団長へ報告を入れておきます」
アルクさんたちは、本部へ戻っていった。
魔力が暴走しなくて良かったと自分で安堵するくらい、私は怒っていた。




