第34話 怪しい男?
ヘンダームへ帰ってきた。
さあ、これから制作を頑張るぞ!と気合を入れていたら、ミケが⦅あの男がいたね⦆と言った。
「あの男?」
⦅公爵家の別荘で使用人をしていた男だよ⦆
「えっ、容疑者たちはみんな捕まったはずだけど……たしか、王立騎士団に引き渡されて王都へ護送されたって、ランディさんの報告書には書いてあったよ?」
⦅髪色は違うけど、人違いじゃないよ。だって、同じにおいがしたからね⦆
ミケがそう言うのなら、本人で間違いないのだろう。
でも、なぜ町にいるの?
もしかして、捕まってもいない?
「スベトラさんへ報告したほうが、いいかな?」
⦅報告をする前に、ボクたちで調べたほうがいいかもね。また柵があったら面倒なことになるし……⦆
「そうだ、そっちの可能性もあるもんね……」
公爵家の事件では、十分な証拠があっても騎士団ではすぐに手が出せなかったから、私たちが囮作戦を決行した。
今回もまた、裏事情があるかもしれない。
⦅あの人、リサのことを見ていたよ。もしかしたら、正体に気づかれたのかも。同じ宿に泊まっているようだし……⦆
「み、ミケちゃん……復讐目的だったら、どうしよう! もう、ずっと不可視化魔法を発動させておこうかな」
⦅念のため、防衛はしておこうか。ついでに、ボクにもかけてくれない? 彼の目的を探ってくるよ⦆
「髪色が変えられるということは、相手もきっと魔法使いだよ。気を付けてね!」
透明になったミケは、窓から出て行った。
きっと、風魔法で空中を駆けているのだろう。
私にはまったく見えないけど。
部屋に残った私は、納期が迫っている作品の制作を始める。
傍からはレース針とレース糸が勝手に動いているようにしか見えないから、これは立派な怪奇現象だね。
◇
夕方ごろ、ミケが戻ってきた。
「ミケちゃん、どうだった?」
⦅部屋がわかったから窓の外から見張っていたけど、特に動きはなし⦆
「そっか……夕食はどうしようね。 宿に頼む?」
⦅外に買いに行こうか。もし後をつけてきたら、人気のないところで尋問しよう⦆
「危なくない?」
⦅相手の目的がわかったほうが、対処がしやすいと思うよ? それに、完全に黒なら今度こそ成敗するだけだよ。あっ、成敗と言っても、レースで簀巻きにして遠くの山に捨てるだけ⦆
ミケにしてはなかなか過激な発言だが、魔法で直接手を下すわけではないらしい。
ちょっと安心した私だった。
◆◆◆
髪色を茶色に変えたハワードは、宿を出たリサの後を付けていた。
従魔の白猫が、今はいない。
部屋で留守番でもしているのだろうか。
宿の部屋にいる間、ハワードはずっと視線を感じていた。
しかし、部屋には自分以外誰もおらず、二階に位置しているため窓から覗き見をされることもない。
それなのに、なぜか居心地の悪さを感じていた。
リサが外出したかどうかは、彼女の足音で把握していた。
これは、特殊部隊に所属するハワードが得意とする探知魔法の一つ。
一度音を認識してしまえば、常に張り巡らせている魔法が音を拾ってくれる。
受付の前ですれ違ったときに、足音を聞いていたのだ。
対象者とは十分な間隔を空け無関係な人物を数人挟むことで、尾行していることを相手に覚られない。
これは、基本的な動作のひとつだった。
夕食を買いに市場にでも行くと思っていたが、リサは人気のない場所へ歩いていく。
(たしか、この道を曲がった先は行き止まりだったはずだが……)
ヘンダームの町の地図は、頭の中にすべて入っている。
誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。
ハワードはより慎重に行動する。
リサが角を曲がった。
ハワードはすぐには後を追わず、リサが出てくるのを待つ。
しかし、動きはない。
止む無く角を曲がるが、誰もいなかった。
罠に嵌められたと気づいたときには、すでに手遅れだった。
「フィレレース、防御!」
一瞬にして、周囲を白い布で囲まれた。
これが、トンポイで冒険者ギルドのギルマスを捕えた魔法なのだろう。
ハワードは火魔法で燃やそうとするが、火が点かない。
透けている壁越しに、黒髪の女魔法使いが従魔を抱っこしている姿が見えた。
「あなたは、なぜ私を尾行するのですか?」
「俺は尾行などしていない。たまたま行き先が同じだっただけだ!」
「この先は行き止まりですよ?」
「道を間違えたのだ。この町には来たばかりでね」
「…………」
リサは俯きながら何かをぶつぶつと呟いていたが、すぐに顔を上げた。
「来たばかりではないですよね? ハロルドさんは町の南側に住んでいたのに……」
「!?」
自分の正体がすでに知られていることに、ハワードは驚きを隠せない。
ハロルドのときは眼鏡をかけていて、服装も髪色も言葉遣いも今とは全く違ったはず。
それなのに……
ただ、なぜリサがそのことを知っているのか。
答えは一つしかなかった。
「やはり、君はあのときの……」
「そうだとしたら、私をどうするつもりですか?」
「別にどうもしない。ただ、勧誘するつもりだった」
「勧誘? 私は、悪の手先になるつもりは全くありませんよ?」
「俺は悪人じゃない! あの場に居たのも、正式な任務だったからだ!」
ハワードは、壁越しに身分証明書を見せる。
王太子直属の特殊部隊の副隊長 兼 魔法騎士という肩書きを見ても、リサはあまりピンときていないようだ。
「そもそも、この身分証が本物かどうかなんて、この場で確認はできませんし……やっぱり、騎士団へ連れていったほうがいいのかも」
「騎士団は、ちょっとマズいな……」
王都へ身元照会をされれば、すぐに本人と確認ができる。……が、後々面倒事になる可能性が非常に高い。
特に、公爵家のことがあった今、このナウリム領で王太子直属の自分が問題を起こすことはできない。
「やっぱり、やましいことがあるのですね?」
「やましいことはないが例の件は特殊任務でね、騎士団に知られるのは立場上少々困るんだ。それに、騎士団へ連れていって、君は俺の正体をどこで知ったと説明するつもりだ? 自分も正体を隠していたのだろう?」
「うっ、それは……」
どうやら、痛いところを突いたらしい。
「今日のところは痛み分けということで、解放してくれないか?」
交渉の余地が出てきた。
ハワードは何がなんでも、騎士団行きだけは阻止しなければならない。
「本当に、悪人ではないのですか?」
「悪人だったら、ヘンダームにいるわけがないだろう? こうして堂々と行動していること自体が、俺の無実の証明だ」
リサは、また俯いてぼそぼそ話をしている。
「わかりました。まだすべてを信用したわけではありませんが、今日のところは解放します」
サッと壁がなくなる。
ハワードは、ようやく自由になった。
「もし本当に悪人だった場合は、簀巻きにして山に捨てにいきますので、覚悟してくださいね」
「ハハハ……まったく穏やかな話じゃないな」
さっきの布で巻かれたら、ひとたまりもないだろう。
「では、私はこれで失礼します」
「ちょっと待ってくれ! 良かったら、これから一緒に夕食でも食べないか?」
「……はい?」
「さっき言っただろう? 俺は君を勧誘しにきたと。話をしたいのだ」
この機会を逃したら、次はない。
それが分かっているハワードは必死だ。
「……何を企んでいるのですか?」
「何も企んでいない。ただ一度だけでいい。俺の話を聞いてくれないか?」
リサは、また俯いて小声で喋っている。
ひとりごとは、彼女の癖なのだろうか。
「わかりました。話くらいは聞きましょう」
「良かった! では、さっそく行こう。良い店があるんだ」
「そこは、従魔も入れますか?」
「個室だから、大丈夫だろう」
「個室のある店なんて、絶対に高いじゃないですか!」
「他の人には聞かれたくない話をするんだ。当然、個室に決まっているし、防音魔法もかけるぞ。あと、俺の奢りだから気にしないでくれ」
「余計に気にしますよ!」
リサからポンポン反応が返ってきて、ハワードは段々と楽しくなってきた。
行くのを渋り始めたリサの気が変わらないうちに、さっさと歩き出す。
髪色は、忘れないうちに空色に変えておく。
(あの店のお勧め料理は、何だったか……)
基本的に、集めた情報はその都度取捨選択をしているため、任務に関係のない料理のことなどほとんど忘れている。
ハロルドで訪れたときのことを思い出そうと、必死に記憶を辿るハワードだった。




