第33話 帰還と接触
翌朝、宿を引き払った私たちはまず冒険者ギルドへ顔を出した。
王都を離れることになったと伝えると、チャーリーさんは「また王都へ来ることがあったら、あの宿を使ってほしい。貴女ならいつでも大歓迎だよ」と言ってくれた。
次に向かったのは、アトリエ・ヴェールだ。
工房へ行くと、人がバタバタと出入りし何やら忙しそう。
「トムさん、何かあったのですか?」
「リサさん! あの作品を献上することが決まったんですよ!」
「す、すごい! おめでとうございます!!」
王城に飾られた作品を気に入ったのは王女殿下で、自室に置きたいと言われたそうだ。
「こんな結果になったのも、すべてリサさんのおかげですよ」
「私は護衛を引き受けただけで、他には何も……」
「実はあの作品は、リサさんの作品に影響を受けて制作したものだったのです」
私がサラちゃんたちにあげた作品を見て、トムさんは店のシンボルマークであるマーガレットを立体的に作ってみようと思い立ったのだとか。
「ガラスを少し加えただけで、平面的だったものが立体的に変化したのです。それをガラス工芸で再現してみようと思いました。あと、子供たちが喜びそうなものを作りたかったのです」
これまでは大人向けの作品を制作していたが、サラちゃんやケンタくんが目を輝かせて喜ぶ顔を見て、自分もそんな作品を作りたいと思ったそう。
「それが、十二歳の王女殿下のお目に留まったのですよ」
「そういうことでしたか」
献上が決まった影響は大きく、注文が続々と入っているそうだ。
仕事の邪魔をしてはいけないので、私は簡潔に王都を離れることだけを伝えた。
「これも女神様の思し召しですね。昨日のうちに作っておかなければって、何となく思ったのです」
お世話になったお礼です、と手渡されたのは、写真立てくらいのサイズの小さなステンドグラスだった。
「これは……私とミケ?」
女性と猫が花畑の中にいる絵は、たくさんの色ガラスが使用され、とても綺麗だ。
「ええ、そうです。良かったら、部屋にでも飾ってください」
「ありがとうございます! 大切にします!!」
⦅デール帝国の大聖堂には『聖女マイと聖獣ニケ』…マイとボクのステンドグラスが飾られているけど、それと比べても、まったく遜色ないね⦆
それくらい素敵な作品ってことだね。
トムさん一家に別れの挨拶をして、町のお店を見て回った。
忙しくてなかなか行けなかった買物を、最終日ギリギリに駆け込んだ。
手芸品を扱う大きな店を教えてもらい、いろんな糸をたくさん購入した。
素材も色も目移りするくらいあって、「ここから、ここまでください」と大人買いをしたい衝動に駆られる。
お金がなくなるから、できなかったけどね。
こうして、様々な出来事があった約一か月間の王都滞在は幕を閉じたのだった。
◆◆◆
ヘンダームの町の酒場では、若い男がエールの入った木のジョッキを冒険者の男へ手渡していた。
「────それで、その魔法使いはそんなに強いのですか?」
「ああ、強いなんてもんじゃねえな。だってよ、たった一日でFからあっという間にCランクになったんだぜ」
「トンポイのギルマスにも勝ったって、聞きましたが?」
「俺はそれを見ちゃいねえが、仲間から話は聞いたな。奇妙な網状の布で、Aランク冒険者のギルマスを捕らえたと」
「網状の布で捕らえた? 他には、何かありませんか? あっ、お姉さん! こちらにエールをもう一つ!!」
若い男は、店の店員に追加で注文を頼む。
テーブルの上には、すでに飲み終わって空になった木のジョッキがいくつも転がっている。
「いやあ、すまねえな。こんなに奢ってもらってよ」
「いえいえ、気にしないでください」
人の好さそうな笑みを浮かべた若い男が、酒のつまみも勧めた。
「そういえば、その魔法使いは領主家から指名依頼を受けたらしいぜ」
「『領主家からの指名依頼』ですか。それは、すごい!」
薄紫色の瞳がきらりと光る。
「こちらのご領主様はたしか……ナウリム辺境伯様でしたよね?」
知っているのに、あえて確認をする。
無知を装うことで、相手がいろいろと教えてくれるのだ。
◇
王太子オルフェンから休暇をもらった王太子直属の特殊部隊の副隊長で魔法騎士でもあるハワードは、ヘンダームに『Cランク冒険者のハイド』として長期間滞在をしていた。
これは、ハワードが任務用に作った身分の一つだ。
他には『行商人のハーシェルド』というのもある。
公爵の妾が起こした事件で目を付けた優秀な女魔法使いを、自身の部下に勧誘するために。
さっそく町で聞き込みを開始する。
ところが、亜麻色髪の女の情報はたくさん集まったにもかかわらず、そのほとんどは別人で、早々に方針を転換することになった。
ひとまず、町で有能な女魔法使いの情報を集めることにしたのだ。
数名の人物の情報が集まるなか、ハワードが注目したのは黒髪の魔法使いだった。
黒髪は、この国では非常に目立つ髪色だ。
それを隠していないのは、黒髪を周囲へ印象付けるため。そう考えたのだ。
ハワード自身も、今はわざと目立つ空色の髪色にしている。
これは、冒険者ハイド用の髪色。
ちなみに、行商人ハーシェルドのときは、燃え盛る炎のような赤髪である。
そうすることで、地毛の紫に戻したときに印象が薄くなるのだ。
女魔法使いが町でよく見かける亜麻色髪にしていたのは、地毛に戻したときに同一人物と特定されにくいからだと。
しかし、気になる情報もある。
女の瞳の色が、金や茶色ではなく黒だというのだ。
変身魔法で瞳の色を変えることはできない。
ハワード自身も、何度も試した上で結論を出している。
もし仮に女が成功していたとしても、茶から金。もしくはその逆しかないはず。
この点だけが、ハワードはずっと引っかかっていた。
◇
ヘンダームに滞在することひと月あまり。
黒髪の女魔法使いの情報は集まったが、肝心の本人と接触ができていなかった。
女がヘンダームで定宿にしている同じ宿に滞在し、それとなく探りを入れたところ、仕事で王都へ行っているのだという。
いつ戻るかは不明だった。
何という間の悪さ。
時期的に、ちょうど入れ違いになったようだ。
このまま女が戻ってくるのを待つか、それとも一旦出直すか。
一度王都へ戻れば、今度はいつこちらへ来られるかわからない。
新たな任務に就いてしまえば、なおのこと。
滞在費については、まったく心配はなかった。
高給取りであるハワードだが、仕事ばかりで金を使う機会はほとんどなく、独身で扶養家族もいない。
趣味もなく、同僚たちのように飲み屋や服や宝飾品に興味があるわけでもない。
結果、貯まる一方だった。
あと数日滞在し、その後のことはそれから考えよう。
そう結論を出したハワードが、宿泊の延長と前払いの申し出をしようと受付へ向かったときだった。
「リサ様、おかえりなさいませ。無事にお戻りになって、安心いたしました」
「今日から、またお世話になります。これは、前払い分です」
「はい、ひと月分ですね。では、お部屋の鍵をどうぞ。以前と同じ部屋をご用意しておりますので」
「ありがとうございます」
受付にいたのは、ローブを着た黒髪の女魔法使いだった。
足元には従魔の白猫がいる。
間違いなく、例の魔法使いだ。
女がこちらに歩いてくる。
すれ違う時に、さりげなく顔を確認する。
年齢は二十歳と聞いていたが、とても成人しているようには見えない。
亜麻色髪の女と背の高さは同じくらいで、声も似ているような気がする。
しかし、雰囲気がまったく違う。
瞳の色は黒だった。
果たして同一人物なのか、現時点で断定はできなかった。
怪しまれないようすぐに目線を下に逸らすと、従魔の白猫と目が合った。
ハワードをじっと見ている。
何か見透かされるような気がして、慌てて視線を前に向けた。
そのまま受付へ向かい、ハワードはひと月分の宿代を前払いしたのだった。




