第32話 情報過多
長椅子に腰を下ろした私は、頭の中の情報を必死に整理していた。
「麻衣おばあちゃんが聖女様だったってことは、この世界に刺繡を広めたのもおばあちゃんってこと?」
⦅そうだね⦆
『マイ様は素晴らしい腕前をお持ちでしたからなあ、皆が競うように刺繍を習っておりました』
ゼットンさんは元デール帝国の宮廷魔導士で、聖女様の従者をしていたそうだ。
ミケとはその頃の知り合いで、当時からミケの言葉が理解できていた数少ない一人とのこと。
私は初めて知ったのだが、ミケの本当の名前は『聖獣ニケ』というらしい。
それなのに、おばあちゃんが三毛猫に見た目が似ているからとミケと呼んでいた。
つまり、今の三毛猫姿がミケ本来の姿だったのだ。
だから、発動する魔法の力も強かったわけ。
以前、商業ギルドのギルマスのハリーさんから聞いた『斑の眷属を従えし黒髪の乙女、世に新たな技術を広める』は、ミケとおばあちゃんのことだった。
「でもさ、おかしくない? おばあちゃんは百年前の聖女様だったんでしょう?」
⦅マイが自分の世界に帰ってから、リサが再びこの世界へ来るまでに、こっちでは百年が経過していたってことだよ。時間の経過は必ずしも同じではないからね⦆
「そっか、異世界だもんね……ん? おばあちゃんが向こうの世界に帰れたということは、私も帰れるんじゃないの?」
召喚に巻き込まれた私は、元の世界には帰れないと聞いた。
だから、仕事と住処を求めてサイエル王国にやって来たのだ。
⦅マイは帰れたけどリサは帰れないって、女神様が言ってたよ。理由は、直接訊いてね⦆
『それにしても、まさか今代の聖女様がマイ様のお孫様とは……いやあ、エルダーリッチとして蘇った甲斐がありましたなあ』
私が何度否定しても、ゼットンさんは私が聖女様だと言い張って聞いてくれない。
その理由が『聖獣様が生涯付き従う人物が、聖女様ですからなあ』とのことらしい。
ミケが付き従っていたのはおばあちゃんが聖女だったからで、私とミケは飼い主と飼い猫の関係なんだけど……
ミケは⦅ゼットンは昔から頭が固くて思い込みが激しいから、説得は無理!⦆と早々に諦めてしまった。
⦅そういえば、ゼットンはどうしてサイエル王国にいるの?⦆
『聖女様の従者の役目を後進に譲ったあと、しばらくして私は宮廷魔導士を辞め、念願だった旅に出たのです。各国で見聞を広め、この地で生涯を終えました……が、つい数か月前にエルダーリッチとして蘇りました』
⦅もしかしたら、召喚儀式の影響かもしれないね⦆
『そうかもしれませんなあ。それで、今は昔受けた恩を返すために、この村を守っているのですよ』
旅の途中で病に倒れたゼットンさんを看病し看取ってくれたのが、この村の人たちだった。
だから、この村が魔物に襲われそうになったときにこっそり手助けをしたのだとか。
それに気づかれたときは大騒動となったが、今は村に受け入れられ守り神のようなことをしているらしい。
しかし、村にやって来た冒険者に姿を見られてしまい、王都で討伐依頼を出されてしまう。
本当に討伐されないよう村長さんが依頼内容を変え、誰も受けないような依頼金を設定した。
他の人が依頼を出せないよう、依頼は取り下げず出しっぱなしにしているそうだ。
『村人たちへ、先代聖女様の偉業を話して聞かせました。もし、額に星章のある斑の眷属を連れた女性が現れたら、それは今代の聖女様であるとも』
⦅……ゼットン、話はほどほどにしようね。じゃないと、村人を洗脳する悪いエルダーリッチの噂が流れちゃうよ?⦆
『ミケ様、大変申し訳ございませんでした。以後、気を付けます』
終始こんな感じで、私は調査依頼を終えたのだった。
一応、ギルマスのチャーリーさんとサブギルドマスターには、本当のことを話すつもり。
村長さんとゼットンさんの許可も取ってある。
ただし、信じてもらえるかはわからないけど。
◇
翌朝、村人たちに大仰に見送られ、姿が見えなくなったところで飛行魔法の登場だ。
こんな朝から人に見られる心配は────ついになくなったのだ!
昨夜、ミケが⦅ゼットンは一流の魔導士だったから、リサも魔法を教えてもらうといいよ⦆と言った。
おばあちゃんも、ゼットンさんに教えてもらったそうだ。
教えてもらったのは、風魔法と火魔法。
そして、不可視化魔法だった。
ただ、ゼットンさんからはこう言われた。
『不可視化魔法は万能ではありません。高ランクの者には、気配で察知される可能性もございます。それと、お互いの姿も見えなくなりますので、くれぐれもご注意ください』
でも、不可視化魔法は飛行魔法のときにしか使うつもりはないからね。
『もしお困りのことがございましたら、お呼びくださればどこへなりとも馳せ参じます』
今はエルダーリッチだから、ゼットンさんはなんと!転移魔法も使えるようになったらしい。
すごい!!
転移魔法は便利だけど、かなり難しい魔法らしく、私は使えないとのこと。
「はい、そのときはよろしくお願いします」
ゼットンさんにお願いするような困り事は起きないと思うけど、せっかくの厚意を無にしてはいけないと返事をしたら、ミケが⦅あっ、契約が……⦆とつぶやいた。
契約って、何だろう?
まあ、私には関係ないか。
こうして、こそこそ闇に紛れて行動しなくてもよくなった私たちは、徹夜明けの日中に昼寝をしながら王都へと帰還したのだった。
◇
王都に着いたのは、日が暮れる前。
すぐに冒険者ギルドへ行き、サブギルマスに「エルダーリッチは聖女様の元従者の魔導士で、人に危害を加えるようなことは一切ありません」と報告。
彼は「聖女様の元従者ですか?」と驚いていた。
それから、大聖堂へ向かった。
三度目の正直と言うし、今回は女神様に会えるといいのだけれど……
ミケの意識が戻り、長椅子に座って話を聞く。
⦅結論から言うと、女神様には会えたし、姿を戻せるようにもしてもらった⦆
「よ、良かった!」
⦅でもね、ボクが女神様の力を借りて行使するやつだから、完全に戻るわけじゃないんだ⦆
「どういこと?」
⦅一時的に戻るけど、おそらく三か月くらいで効果が切れるらしい⦆
「そうなんだ……」
⦅いま、女神様はデール帝国の件で手一杯らしいよ。だから、会いたかったらデール帝国の帝都の大聖堂まで来てほしいって⦆
ミケによると、デール帝国では国民が国外へ逃げ出しており、大混乱中なのだとか。
そのきっかけが、私たちが召喚の魔法陣を燃やしたせいらしい。
⦅女神様の怒りを招いてしまった帝国へ神罰が下るとの噂が国中に広がっていて、女神様が困っていたよ⦆
女神様は神託を通じて噂を否定しているのだが、落ち着くまでには当分時間がかかるだろうとのこと。
⦅だから、帝都へ来るのは効果が切れて黒髪ではなくなったときにしてほしいそうだよ。じゃないと、また大混乱になっちゃうからね『女神の使徒が神罰を下すために現れた!』って言われるかもしれないから⦆
「たしかに!」
帝国では、黒髪はこの国ほど珍しいものではないようだが、神経質になっている皆さんをなるべく刺激しないほうがいいだろう。
黒髪と白猫は女神の眷属だとすでに認識されているから、できるだけ姿を見せないようにしないと。
「じゃあ、とりあえずヘンダームへ帰って、三か月間はおとなしくしていようかな。納品やら制作やら、やりたいことがたくさんあるし」
⦅それが、いいだろうね⦆
ミケに姿を戻してもらうのは、ヘンダームに到着する直前にした。
それまでに、お別れの挨拶をしておきたい人たちがいるからね。




