第30話 茶番劇
私たちはついに、敵が待ち受けているであろう道に入った。
さあ、どこからでもかかってこい!────というくらいの気合で身構えていたが、道の真ん中に荷車が放置されているだけで、人ひとりいない。
⦅リサ、あの荷車はどうする?⦆
「テルさん、荷車を風魔法で端に寄せますね」
父子が傍にいるから、ミケと会話はできない。
私の行動を説明するフリをしながら、ミケへ指示を出す。
ミケの制御は完璧だった。
荷車は縦に真っすぐになり、道を開けてくれた。
私たちは停止することなく横を通り過ぎる。
「はあ、魔法ってのは、便利なものだねえ……」
「私が馬車から降りて、道を開けるつもりだったんだけどね」
テルさんとトムさんの会話を聞いて、私はハッとする。
「もしかして、さっきのが罠だったかもしれません。幌馬車が停止したところで、建物の陰から人が現れていたのかも……」
⦅リサの言う通り、かなりの人数が隠れていたよ。もし現れていたら、ボクがやっつけていたけどね⦆
「!?」
サラッと、ものすごいことを言われた。
ちょっと、ミケちゃん! そんな大事なことはちゃんと教えてよ!!
「トムさんもテルさんも、これからは何が起きても、絶対に馬車の外には出ないでくださいね!」
「わかりました!」
「りょ、了解だ!」
⦅リサ、奴らが動き出したみたい。じゃあ、作戦通りにいくよ!⦆
「やはり敵が来ましたので、馬車をゆっくり停めてください。前の幌もすぐに閉じて、お二人は中で待機。私とミケが外で迎え撃ちます。馬も含めた馬車全体に防御魔法をかけますので、安心してください」
私はローブのフードを深く被り、顔を見られないようにする。
馬車が停止したので、ミケと前から外へ出て走る。と同時に防御魔法を発動させた。
もちろん、広範囲を守る壁タイプだ。
ぐるりと馬車の周囲にレースの壁ができる。
馬車に突撃してきた男たちは勢いよく壁にぶち当たり、数名が即戦闘不能となる。
私とミケを追ってきたのは、十名ほどの男たちだった。
皆、剣を抜き臨戦態勢に入っている。
「あなたたちは、何者ですか? こちらへ攻撃を仕掛けてくるのであれば、盗賊と見なし反撃をします」
一応、警告はしておく。
誰も聞かないだろうけど。
「俺たちはおまえに用はない。ケガをしたくなければ、ここでおとなしくしていろ」
「そうですか、では、あちらでおとなしくしていますね」
「へえ、聞き分けがいいじゃねえか」
男たちは馬車へ行き、私とミケは反対側の進行方向に向かって歩き出す。
あと少しだ。
後ろを見ると、男たちが壁に攻撃を仕掛けている。
剣でどうにか破ろうとしているけど、まったく歯が立たないようだ。
それも、そのはず。
一見柔らかそうな布に見えても、分厚い鋼鉄製の壁をイメージして作ったから、剣では貫通しない。
いずれ剣が壊れるなと思いつつ、私たちはさらに前進。
ついに、目標地点に到達した。
ここからでも、馬車は見える。
ミケとしばらく待っていると、男たちがぞろぞろとやってきた。
総勢十数人くらいだろうか、敵は短期決戦を仕掛けてきたようだ。
「おい、そこの女。あの奇妙な布をどかせ!」
「嫌ですよ。あなたたちが襲撃を諦めれば、いいんじゃないですか?」
「こいつ……どうやら痛い目を見ないと、理解できないようだな」
「痛い目を見ないと理解できないのは、あなた方ですよね?」
「口の減らねえ女だな。 もういい! 力ずくで言うことを聞かせるまでだ!!」
一斉に襲いかかってきた男たちだったが、実に呆気なかった。
ミケの風魔法で生み出された風の塊を受け、次々と悶絶し倒れていく。
対処しようにも攻撃が見えず、詠唱も聞こえないうえに発動も早い。
為す術がなかったようだ。
「ミケちゃん、倒すならこの十字路のこちら側だけにしてね!」
⦅大丈夫! ちゃんとわかっているから⦆
早々に馬車付近で戦闘不能となった男たちも、仲間がポーションをかけ起こしたらしい。
これは有り難い。
私としては、誰一人として逃すつもりはないからね。
こうして、道の端に屍のようになった男たちが折り重なった。
「これで、全員かな?」
⦅馬に乗った誰かが、こっちにやって来たよ⦆
「きっと、例の騎士だろうね」
現れたのは、中年の騎士だった。
予想通り彼は第七隊の隊長を名乗り、男たちの引き渡しを要求してきた。
「騎士団へ引き渡すのは構いませんが、第八隊の騎士さんへ事情を話してからですね」
「第八隊?」
「あなたが立っている場所は第七隊管轄かもしれませんが、私たちと襲撃者がいるのは第八隊の管轄です。あなたに引き渡したら、越権行為になりませんか?」
彼は周囲を見て、いま気づいたようだ。
騎士団の管轄は道ごとに区切られていると、チャーリーさんが教えてくれた。
境界線にあたる道の真ん中は曖昧らしいので、私とミケは完全に第八隊の管轄側で戦っていたのだ。
隊長さんの顔色が、分かりやすいくらい悪くなっている。
「し、しかし、君たちの馬車が襲われたのは、第七の管轄だった!」
「……私たちが襲われていると知っていたのに、隊長さんは助けにも来てくれなかったのですね?」
「私は、応援を呼びに行っていたのだ!」
「その応援の方々は、今どちらに? 姿がまったく見えませんが?」
「それは……」
私が突っ込むと、彼は黙り込んでしまった。
ミケが⦅第八隊が来たみたい⦆と言うので、後は彼らにお任せしたい。
事情を聞きに来た第八隊の騎士さんたちへ説明をする。
第七の隊長さんは、遠巻きにこちらの様子を窺っていた。
乗っていた馬車が襲われたため、護衛の私は外に出て賊と戦ったこと。
馬車は第七隊の管轄にあるが、賊と戦ったのはここ第八隊の管轄であること。
そこにいる第七隊隊長さんから、男たちの引き渡しを求められていることを話し終える。
さて、どうなるかな?
「ガゼル第七隊隊長。恐れ入りますが、容疑者たちの身柄は我々第八隊が引き受けます」
「し、しかし……」
「事情聴取も、こちらで行います。では、馬車をこちらへ移動してください」
「はい、よろしくお願いします!」
抱き上げたミケと、思わずハイタッチ!
呆然と立ち尽くす隊長さんの横を、私たちは悠然と通り過ぎたのだった。
◇
事情聴取では、それぞれ個別で話を訊かれた。
私が「顔にケガの跡が残っているから、できれば顔を晒したくない」と言ってみたところ、「貴女は容疑者ではないから、問題ないですよ」と言われ、第八隊の詰所でもずっとフードを被ったままでいた。
町中で十数人に待ち伏せされ襲撃を受けたことで、ただの物取りではないと騎士たちは指摘する。
狙われる理由に心当たりはあるか?と問われ、私たち三人は同じ名前を口にする。
狙われた動機も含め、すべての話を終えた。
私たちが王城へ作品を届けている最中と知った第八隊の隊長さんは、部下に同行を命じた。
念のため、王城まで付き添ってくれるらしい。
ちなみに、王城までの道は第八隊の管轄なのである。
有り難い配慮ではあるが、「このお嬢さんがいれば、我々の出番はないと思うがな……ワッハッハ!」と、満面の笑みで言われてしまった。
多数の賊を相手に一人で立ち回ったことで、私は凄腕の護衛だと認識されたようだった。
その後は何事もなく、無事王城門に着いた。
お世話になった騎士さんたちに礼を述べ、私とトムさんは作品の受け渡し場所へ向かう。
テルさんは、馬車の停留所で待機となった。
案内されたのは、大勢の事務官たちが忙しなく行き交う事務室の一角。
ここに作品を納め、預かり証を受け取る。
それで終わりだ。
「工房名は『アトリエ・ヴェール』ですね。では、こちらに作品をお願いします」
「はい、よろしくお願いいたします」
トムさんは緊張した顔でベビースリングから箱を取り出すと、台の上に置いた。
「では、中を確認します」
作品に欠けや傷がないか、ここで最終確認がおこなわれる。
担当者が箱の蓋を外そうとした、その時だった。
横から伸びてきた手が、箱を持ち上げる。
見ると、小太りの壮年男性が箱を手にしていた。
「ふ~ん、こんな小さな箱の中に作品がね……」
「ギアス様、ガラスの工芸品ですので、取り扱いは丁寧にお願いいたします」
「ああ、すまない。どんな作品が選ばれたのか興味があってね」
壮年男性は箱を台の上に戻そうとしたが、手を滑らせ足下に落としてしまった。
ガシャン!と、何かが割れる音が室内に響き渡る。
ガヤガヤと騒々しかった室内が、一瞬にして静まり返った。
皆の視線が集中するなか、担当者が慌てて箱を拾い上げた。
「ギアス様! こちらは王城へ展示予定の作品なのですよ!!」
「申し訳ない。手が滑ってしまったのだ。悪気があったわけではないから、許してくれ」
悪びれもせず、壮年男性は言った。
どう見ても、申し訳ないと思っているような顔には見えない。
⦅この人、わざと落としたね⦆
ミケの意見には、完全に同意しかない。
「割れてしまった以上、これを展示することはできないな。こういう場合は、どうなるのだったかな……ああ、繰り上がりで───」
落とした本人が、急に仕切り始めた。
なるほど、この人が子爵の後ろに隠れたお貴族様か。
襲撃が失敗したから、直接手を下しにきたわけね。
担当者は、何も反応を示さない私たちのほうをチラチラと見ている。
壮年男性は、どうやら上官らしい。
この場に居る人たちは、誰も何も言えないようだ。
普通であれば泣き寝入りする場面だが、私たちがこんな暴挙を許すとでも?
「あれ? トムさん、よく見ると箱が違いますよ?」
「あっ、本当だ! 緊張で箱を間違えてしまった!!」
ちょっとトムさんの演技が怪しいけど、ぎりぎりセーフ…かな?
「申し訳ございません。今日納品予定の別の物と間違えました。提出するのはこちらです」
ベビースリングから似たような箱を取り出したトムさんが、台に載せた。
担当者が明らかにホッとした表情を見せる隣で、壮年男性は驚きに目を見張っている。
拳が震えているのは、作戦が失敗したからだろうか。
「で、では、改めて確認をさせていただきますね」
担当者は箱を開け、包まれている布ごと作品を取り出し横に置く。
さて、壮年男性はどうするのかな?
私が注目していると、「わあっ?!」と人が台の上に倒れ込んできた。
今度は自分の身を犠牲にして、作品を破壊しようとしてきたのだ。
担当者が「ギャアー」と悲鳴を上げる。
目の前で何度も作品が破壊されそうな場面に遭遇したら、気がおかしくなりそうだ。
「こ、今度は足が滑ったのだ!」
彼は苦しい言い訳をしているが、大きなお腹に潰された作品は……もちろん無事です!
「ご安心ください。保護魔法を掛けておりましたので、まったくの無傷ですよ」
布を取り、担当者へ見せる。
マーガレットの花びらは一枚も欠けていない。
「よ、良かった……」
担当者はその場に崩れ落ちる。
彼の本音が、ぽろりと漏れた。
「おやおや、担当者が倒れてしまったから仕方ない。私が代わりに預かろう」
厚顔無恥とは、この人のことを言うのだろう。
性懲りもなく作品に手を出そうとしてきたので、その前に私が取り上げる。
「恐れ入りますが、先に預かり証をいただけますか? 受け取ったあなたのお名前も、ご記入ください」
もう茶番は結構です!と言わんばかりに軽く圧を掛けてみたら、ビクッとした彼はそのまま動きを止めた。
預かり証さえもらえば、その後のことはすべて受け取った側の責任となる。
もちろん繰り上りはないし、賠償もしてもらえる。
さすがに周囲の目が厳しくなったのか、壮年男性はこれ以上何もしてこなかった。
一度あることは二度ある。
二度あることは三度ある。
と、念には念を入れて保険をかけておいて正解だった。
まあ、作品を包んでいた布は私が「フィレレース、防御!」で出した布だから、外さない限り破壊は不可能だったけどね。




