第3話 冒険者ギルドにて
私とミケが訪れたのは、ナウリム辺境伯が治める国境の町トンポイだ。
隣には領都ヘンダームがあり、領主様はそちらに住んでいるとのこと。
トンポイは辺境の町だが、国境門を越えた先にある森には多くの魔物が生息しており、獲物を求めて大勢の冒険者たちが集まっていた。
彼らが頻繁に狩りをするおかげか、旅人は護衛を手配さえすれば比較的安全に森の横を通る街道を進むことができるのだとか。
ミケからそんな説明を聞きながら、まずは冒険者ギルドを目指す。
場所はニックさんが教えてくれた。
国境門近くの大通り沿いにある石造りの堅牢な建物だから、すぐに見つけられるよ、と。
ギルドでは冒険者登録をし、ギルドカードを手に入れる。
それからワイバーンの魔石などを売って、お金を得なければならない。
女神様からもらった金貨一枚で入国税を払ったから、残りは銀貨九枚。
手持ちのお金は非常に心許ない。
このままでは、数日で食事も宿泊もできなくなるだろう。
まあ、いざとなれば夜闇に紛れて飛行し、国境門を越え空で一泊。
明け方に町へ戻るという方法もなくはない。
しかし、町中だと注意を払っていても誰かに目撃されてしまうかもしれない。
せっかく容疑が晴れたのに、また疑われるような行動は慎むべき!
というわけで、さっそく冒険者ギルドの扉をくぐる。
昼前だからか、ギルド内は閑散としている。
多くの冒険者は、朝から依頼をこなしているのだろう。
暇そうにしている受付嬢に声をかけた。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
「かしこまりました。では、こちらの用紙にご記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「大丈夫です」
用紙に書かれた文字が読めるから、おそらく書けるはず。
ペンを動かして名を書くと、文字がきちんとこちらの言葉になっている。
やはり、異世界転移特典はチート能力だった。
ちなみに、この世界の識字率は半分ほどらしい。
ただし、国や地域によってかなり差があるようだ。
冒険者は依頼票が読めないと仕事にならないと思うが、実際のところはどうなのだろうか。
名前、年齢、職業などをさらさらと書いていく。
リサ・タカナシ、二十歳。魔法使いと書いて受付に戻す。
「では、こちらの水晶に手を置いてください。はい、これで登録は完了です」
渡された冒険者ギルドカードには、私の名と『F』の文字が記されている。
「新規登録された方は全員、Fランクから始まります。依頼をこなしていくと、内容によりランクが上がっていきます。通常は一ランクずつですが、ギルドマスターが認めた場合は二ランク上がることもあります」
受付嬢の説明は続く。
ランクはFからSまであること。
依頼は、自分と同ランクかその一つ下のランクまでしか受けられないこと(ただし、いつまでも放置されている不人気依頼は受注が可能)。
Bランク以上になると、ギルドからの指名依頼を受ける義務が発生することなど。
内容はだいたいラノベに出てきたような話と同じで、異世界人の私でもすぐに理解ができた。
「説明は以上ですが、他に質問はございますか?」
「実は、道中で魔物を討伐しまして、買取りをお願いしたいのですが」
「それでしたら、あちらの買取り専用窓口でお願いします」
案内された窓口には、厳つい顔をした中年の男性がいた。
「嬢ちゃんは、何を持ってきたんだ?」
「ワイバーンの魔石と爪です」
「ほう……」
カウンターの上に置かれた籠に、魔石と爪をすべて入れていく。
「これで全部です。すべて買取りでお願いします」
「……おい、嬢ちゃん。これは全部あんたが討伐したのか?」
「私と、ここにいる従魔とですね」
「しかし、あんたはさっき冒険者登録をしたばかりだよな?」
「えっと……そうですね」
中年男性の表情が急に変わり、視線が鋭くなる。
どうやらまた疑われているようだ。
しかも、今回は不正行為を疑われているらしい。
討伐した魔物が上位種であれば、買取り価格だけでなくランクの昇格にもつながる。
後ろにいた男性職員が、慌てた様子で奥の扉へと消えていった。
「とりあえず、すぐに買取りの査定をする。あそこに座って待っていてくれ」
受付票を受け取り、隣にある飲食店の隅の椅子に腰を下ろす。
今は人が少なく静かだけど、夜になれば酒を飲む冒険者たちで賑やかになるのだろう。
ミケが膝の上に飛びのってきた。
周囲に人はいないから、小声で話が出来る。
⦅また、リサが疑われちゃったね?⦆
「全部出したのが、ダメだったかな?」
⦅きっと、一体でも疑われたよ⦆
「そうだよね。登録したばかりのFランク冒険者がワイバーンを討伐なんて、普通はありえないもんね……」
私が受付の人だったら、まず間違いなく疑っていた。
ワイバーンなら、一体でも十体でも変わらない。
これがオークくらいであれば、ここまで疑われることはなかったかもしれないけど。
でも、空を移動中に遭遇するのはワイバーンだけだから仕方ない。
それに、お金は必要だし……
◇
それからしばらくして、私は職員に案内されて冒険者ギルドの二階に来ていた。
応接室で対面しているのは、ギルドマスターのユーリさんだ。
彼は三十代半ばくらいに見える。
私が予想していたギルマスのイメージよりもずっと若い人だった。
「それじゃあ、めんどくせーから単刀直入に聞くぞ」
ただし、言葉遣いは冒険者のイメージそのまんまだったけど。
「このワイバーンの魔石とかは、誰かから買ったのか? それとも、誰かに代わりに狩ってもらったのか?」
テーブルの上に置かれた籠を指差しながら問われたが、もちろん首を横に振る。
「どちらでもありません。すべて私と従魔で討伐したものです」
「その答えに嘘偽りはねえか? いま正直に認めるのなら、まだ許してやるぜ?」
「やってもいないことを認めるわけにはいきません。それに、他人から買ったり代理を頼むのに、いくらかかるのですか? 私にそんな大金はありません」
「家名持ちなら、それなりの家の出自だろうよ」
「私は庶民です」
「家名持ちの庶民なんて、聞いたこともないぜ」
そういうことか。今ようやく理解した。
名字を名乗ったせいで、貴族の子女と勘違いされているのだ。
金にものを言わせて、ランク上げをしようとしているのだと。
「じ、実家は、とうの昔に没落しています!」
「……どうしても認めないなら、今から俺と戦ってもらう。それで、白黒はっきり決着をつけようぜ」
こうして私は、ユーリさん直々に実力を見極められることになってしまった。




