第29話 ただいま、護衛中!
アトリエ・ヴェールの幌馬車は、近所の人たちに見送られながら店をゆっくりと出発した。
「がんばれよ!」
「負けるな!」
「絶対に、無事に帰ってこいよ!」
受賞を辞退せず敵に立ち向かうことを選択した父子を、職人街の仲間たちが応援してくれる。
幌馬車に乗っているのは、御者を務めるテルさんと正装をしたトムさん。私とミケだけ。
マリアさんと子供たちは、念のため私が泊まっている部屋に避難してもらった。
店は、職人仲間たちが留守を預かってくれる。
これで、心置きなく戦うことができる。
◇
作品を王城まで運べば良いのだから、私のアイテムボックスの中に入れたら万事解決だと思っていた。
しかし、『正装をした職人が、自らの手で運ぶこと』と定められていた。
箱に収納された大切な作品は、ミケ用のベビースリングに入れられてトムさんが肩から掛けている。
私たちは、御者台のすぐ後ろの荷台に座っていた。
緊張しているトムさんに、私は声をかける。
「トムさん、私たちが絶対に守りますから安心してください。そのために、作戦をいろいろと考えましたから」
「リサさんがBランク冒険者だったとは、全然知らなかったです。そんなすごい方に護衛をしてもらえるとは……」
「トム、幸運な出会いに感謝だ。きっと、女神様の思し召しに違いない」
テルさんがしみじみと語っている。
私も、『悪人を成敗せよ!』と女神様が言っていると勝手に思っているけどね。
◇◇◇
作戦を実行する前に、情報収集をした。
ゴードンガラス工房の後ろ盾になっているのが誰なのかを知るためだ。
協力をお願いしたのは、ギルマスのチャーリーさん。
高級宿を経営している彼なら顔も広いだろうし、王都のことをいろいろと知っているかもしれないと思ったからだ。
事情を話すと、快く情報を提供してくれた。
チャーリーさんも、この件は把握していたようだ。
「毎年、冒険者たちが大量に護衛に駆り出されるからね、おかしいなとは思っていたんだ。本来はね、選ばれたガラス職人が胸を張って王城までの道程を歩く。それを沿道の人たちが祝福する。そういう伝統的な行事なんだよ。護衛も、箔を付けるための形だけのものでね」
「なるほど……だから正装し、作った職人自らが運ぶのですね」
そんな華々しい晴れの舞台を、自分たちの私利私欲のために利用するなんて……
「後ろ盾になっているのは、ガイル子爵だ。彼は領地を持たない法衣貴族でね、王都を警備する第七隊の隊長を務めている」
「隊長ですか……」
「ただし、隊長とは言っても騎士団の中では大した権力はない。一つの街区を任されているだけだからね。しかし、担当街区で起こった事件は、如何様にも対処ができる」
「たとえば、捕まった実行犯たちを釈放するとか、ですね?」
「その通りだよ」
「それにしても、チャーリーさんは子爵のことをよくご存じなのですね?」
ちょっとどころではない。
彼はかなり詳しく知っていた。
「以前、護衛依頼を受けた冒険者がケガをさせられたのに、犯人たちが処罰されない。おかしいと思って調べたことがあるんだ」
「そういうことでしたか」
「この状況を苦々しく思っているのは、なにもガラス工房の関係者だけではないってことだよ」
子爵は、腕の立つならず者たちを相当数動員することができるようだ。
「あと、子爵の後ろにさらに別の貴族がいる可能性は十分あるから、無事王城に着いても気を抜かないでね。でも、貴女なら全く問題ないとは思っているよ。敵に回した奴らに同情するよ。まあ、自業自得だけどね」
私って、そんなに恐れられているのだろうか?
⦅だって、リサはエンペラーも討伐できるんだからね……⦆
チャーリーさんは苦笑しているし、ミケは完全に他人事だ。
「最後に、これは助言だけど、貴女はできるだけ顔を隠して、貴族連中になるべく顔を覚えられないようにしたほうが良いと思う」
「そうですね」
貴族案件の厄介ごとに巻き込まれないためにもね。
「そうそう、塩漬け依頼のオークジェネラルの件を、さっそく対処してくれてありがとう。あの村の村長は古い友人でね、何とかしてやりたいと思っていたんだよ」
また何か聞きたいことや困ったことがあったら、いつでも力になるよ。
そう言って、チャーリーさんは笑った。
◇◇◇
「リサさんが集めてくれた情報をもとに、こうやって遠回りで王城へ向かっているのですよね?」
「わざわざ、敵地を通る必要はないですからね」
過去に襲撃された場所を調べたところ、やはり子爵が担当している街区内だった。
これは、裏を返せば担当外では手出しができないという証明だ。
つまり、他の街区の騎士団は懐柔も買収もされていないということ。
「でも、一カ所だけは通るのですよね?」
「そこを通らないと、王城へつながる道へ出ることができないのです」
「その……大丈夫なのでしょうか?」
「おそらく襲撃があるでしょう。それも、相手が束になって待ち構えていると思います」
「「えっ?!」」
そこしか私たちを狙える地点がないのだから、相手は確実に襲ってくるだろう。
でも、だからこそ対処がしやすい。
いつ狙われるかわからないと、慎重に行動しないといけないからね。
その点、今は狙われないとわかっているから、気楽なものだ。
◆◆◆
王立騎士団警備隊の第七隊隊長を務めるガイルは、大きなため息をついた。
今年、再びアレをやるらしい。
考えるだけで気が滅入ってくる。
ゴードンガラス工房からは、ならず者たちの今日の行動予定が報告されていた。
今回狙われるのも前回と同じく、また家族経営のガラス工房だという。
王城へ運ばれるガラス工芸品を破壊、もしくは奪う。
そうすることで、ゴードンガラス工房の作品が繰り上がり王城に展示されるのだ。
彼らの目的は、自工房から献上品を輩出すること。
名を上げ、売り上げを伸ばし、ガラス工房組合内での影響力を強めていく。
そして理事長となり、組合を乗っ取るまでが彼らの当面の目標だ。
最終的には、他のすべての組合を乗っ取り、職人街を牛耳ることまで視野に入れているらしい。
これまで王城に展示されたのは三回で、一回目は偶然舞い込んだ幸運によってだった。
三位になった工房主が、持参する作品を磨いていてついうっかり傷を付けてしまった。
そのとき、たまたま四位だったゴードンガラス工房が繰り上がることになったのだ。
それで味を占めたのが、すべての始まり。
実力ではなく、実力行使をするようになった。
ゴードンガラス工房が実力行使をするのは、四位になったとき。
そして、上位に小さな工房がいるときだけ。
大手は護衛をしっかりと準備するため、手を出しにくい。
家族経営の工房は、金銭的な問題で対策が甘い。
そこを突くことで、悪事を成し遂げていたのである。
小物の自分が、なぜ大悪党たちの悪事の片棒を担ぐ羽目になっているのか。
違法賭博に手を出さなかったら、借金の肩代わりをしてもらわなければ……
『たら・れば』を今さら言っても状況は何も変わらない。
弱みを握られたガイルに残された道は、たった一つだけ。
彼らと運命共同体になることだった。
◇
ガイルは重い腰を上げ、子飼いの部下を引き連れいつもの現場へと赴く。
彼らの後始末をしなければならない。
もし事が上手く運ばなければ、ガイルの出番だ。
被害者の目の前で実行犯を騎士団へ連行したと見せかけて、すぐに釈放する。
これが、ガイルに課せられた役目だった。
現場に到着したガイルは、彼らの手の者から思いも寄らない話を聞かされた。
標的が、ガイルの管轄を完全に外れたルートを進んでいるというのだ。
こんなことは、これまで一度もなかった。
まさか、自分が関与していると感付かれたのか。
手口を読まれたような行動に、ヒヤリと見えない汗が流れる。
「このまま続行するのか?」
「やるに決まっているだろう!」
「なにか嫌な予感がする。今回は諦めたほうがいいんじゃないのか?」
「フフッ、ちっぽけな工房に何ができるって言うんだ。馬車に同乗していたのは、魔法使いらしき女が一人だけだぞ」
「魔法使いの女が一人だけだと? パーティーではなく?」
これまでとは、何から何まで違う。
ガイルの中で、「今回は止めておけ!」と何かが警鐘を鳴らしている。
「凄腕の魔法使いだったら、どうするんだ?」
「ヤツらに、高額な依頼金を払う金はないさ。せいぜい、Dランクくらいだろうよ。それに、後衛の魔法使いがたった一人だぞ? 詠唱している間に俺たちから攻撃されて、おしまいさ」
男は、まったく聞く耳を持たなかった。
その後、標的の幌馬車の足取りを捉えた男たちは、一箇所だけガイルの担当地区を通ることに気づく。
そこで、待ち伏せをすることになった。
馬車二台がすれ違うのもやっとの狭い道を荷車で塞ぎ、男たちは周囲に待機する。
ガイルは部下に命じ、現場付近に他の者が立ち入らないよう手配させた。
標的の乗った幌馬車が停止したところで、一気に畳み掛ける作戦だ。
ガイルはすぐに登場できるように、現場近くに待機している。
目の前を、幌馬車が通り過ぎていく。
この先で、標的は一度停止する──はずだった。
ところが……
ビュンと強風が吹き、荷車が道の脇に移動した。
その横を、幌馬車は停止もせず、何事もなかったかのように進んでいったのだった。




