第23話 王都門での出会い
誘拐事件は、無事に解決した。
被害女性たちは解放され、それぞれの家族のもとへ帰ることができた。
ランディさんが、その後の経緯を簡単にまとめた書簡を宿へ送ってくれた。
それによると、主犯たちは王都へ護送され法の裁きを受けるという。
領主様が公爵家と交渉し、女性たちへ十分な慰謝料が支払われるとのこと。
でも、受けた心の傷はすぐには完治しない。
時間をかけて、少しずつ癒していくしかないのだ。
◇◇◇
「ミケちゃん、どうしよう。姿が戻らないよ……」
洗面所の鏡の前で、私は半泣きになっていた。
ミケに姿を戻してもらおうとするが、一向に戻らない。
⦅たぶん、リサが魔力を暴走させそうになった影響だと思う。それで、これからどうする? ボクは三毛猫のままでも構わないけど……⦆
「ミケちゃんはそれでもいいかもしれないけど、私は困るよ! だって、この世界の変身魔法って髪色しか変えられないんでしょう?」
真っ黒だった瞳が茶色になっている。
髪を黒にしたとしても、明らかに以前とは違う顔だ。
そんなの、絶対に怪しまれる。
それに、誘拐事件で顔を見られているから、別荘を破壊したのが私たちだと騎士団へバレてしまう。
それは困る。非常に困る。
⦅じゃあ、女神様に会いに行くしかないね。直々に、姿を戻してもらうんだ⦆
「商業祭のときに行った、あの教会へ行くの?」
⦅あそこでは無理だよ。この国だと、王都の大聖堂でしか女神様と会えないから⦆
「女神様には、すぐに会えるのかな? 商品の納品があるから、あまり時間がかかるのはちょっと……」
国の中心部よりやや南寄りにある王都までは飛行魔法で行くから、移動にそれほど時間はかからないはず。
⦅女神様も忙しいから、すぐに会えるとは限らないよ? とりあえず、契約した分の納品を済ませてから行ったほうが良いと思う⦆
「そうだね、商売は信用で成り立っているんだから、きちんと約束は守らないとね」
まずは、オリビアさんへ手紙を書く。
急用で王都へ行くことになったので、新規の受付を一時停止してほしいこと。
納期の迫っている契約分は、納品を済ませてから旅立つこともしっかりと伝えておく。
現在は、商業ギルドがかなり余裕を持って納期を組んでくれているので、とりあえず直近の分だけを編んでいけば問題なし。
残りは、移動時間や王都の宿でするつもりだ。
いよいよ本腰を入れて技術の普及に務めないと、このままだと非常にマズい。
王都から帰ったら、手芸教室の開催に向けて動き出そうと決意した私だった。
◇
宿に引きこもること二週間。
昼食も夕食も宿へお願いして、本当に一歩も外に出なかった
おかげで、私は納期が迫る分の制作を終えることができた。
さすがに納品は自分で持ち込まなければならないので、ローブのフードを目深に被り出かける。ミケは、もちろんお留守番だ。
オリビアさんへは、顔を隠している理由を「転んで顔にケガをした痕が(上級ポーションを飲んでも)まだ残っているから」と苦しい言い訳を述べておいた。
三か月ほど暮らした宿に、ひとまず別れを告げる。
もし誰か訪ねてきたら、仕事で王都へ行っていると伝えてもらうことにした。
従業員さんたちは「無事に、ヘンダームへ戻ってきてくださいね!」と言って別れを惜しんでくれた。
この世界では、旅の途中で命を落とす者も多い。
今生の別れとならないよう、私も気を付けようと思う。
◇◇◇
王都までは、ヘリコプターモードで向かう。
帝国から飛んできた一般道を走る程度の速度ではなく、高速道路を走行しているくらいのスピードを出してみた。
馬車で向かえば一週間の旅路を、二時間ほどで到着したのだった。
王都は人が多いため、検問にはかなりの時間がかかる。
いまは行列に並んでいるのだが、ミケは私が肩から掛けたベビースリングのなかにいた。
ベビースリングとは、赤ちゃんを抱っこする抱っこ紐のこと。
それを、あの肌触りの良い魔物ヤギの高級毛糸で編んでみた。
肩掛けの部分と縁だけは丈夫な布にしているが、ミケは軽いのでそれほど強度は必要ない。
万が一落ちても自分で着地できるし、とは本人の談。
メッシュ生地みたいで、通気性も良さそうだ。
私たちの行列の横を、何台もの馬車が忙しなく通り過ぎていく。
王都の門には、お貴族様専用の出入り口があるのだとか。
でも、庶民は並んでひたすら待つのみ。
ボーっと待っていても暇だし小腹がすいたから、おやつを食べることにした。
私は立ったまま。ミケは寝転がったまま。
二人とも行儀が悪いが、他にすることがないので仕方ないのだ。
自分たちに言い訳をしながら、道中で立ち寄った町で購入したクッキーをもぐもぐする。
木のコップに水を用意するのも忘れない。もちろんミケ用の水も。
⦅リサ、あとどれくらいかかりそう?⦆
「う~ん、まだ入り口が見えないから、結構かかりそうだね」
こんなに時間がかかるのなら、お昼ごはんも用意しておくべきだった。
⦅水のお替りをちょうだい。クッキーを食べたら喉が渇いた⦆
「はいはい、ちょっと待ってね」
ミケの水入れに蛇口模様のついた小さなレースを被せると、すぐに水で満たされる。
ベビースリングから顔を出しミケが水を飲んでいると、「あの、ちょっといいですか?」と前の人から声をかけられた。
私たちの前に並んでいるのは幌馬車で、後ろの荷台から若い男性が顔を出していた。
「なんでしょう?」
「もし水が余分にあったら、分けてもらえないでしょうか?」
「構いませんよ」
「子供らが、喉が渇いたと言って全部飲んでしまって。少しだけ分けてもらえたら、ありがたいです」
男性が後ろの幌を上げると、荷台に二人の子供たちと女性がいた。
「よろしかったら、中で座って待ちませんか? まだまだ入場には時間がかかりますので」
女性に手招きをされた。
見たところ、商売をしている一家のようだ。
荷台には、商品と思わしき荷物も積まれている。
幌の中は見通しがよく、周囲の人の目もある。
あの誘拐事件があったせいで、平和ボケしていた私も多少警戒心を持つようになった。
他人を疑いの目で見るのは心苦しいが、自衛のためには仕方ないと割り切るしかない。
私の見立てでは、彼らは良い人たちに見える。
ミケも⦅何かあっても、ボクがいるから大丈夫!⦆と言っている。
「あの、従魔もいるのですが……」
「魔法使いの方ですものね。私たちは大丈夫ですよ」
「では、失礼します」
待ちくたびれたこともあり、お言葉に甘えることにした。
◇
子供たちは、ベビースリングの中にいるミケに興味津々だ。
「おねえさん、ネコちゃんをさわってもいい?」
尋ねてきたのは、小学一年生くらいの女の子だ。名前はサラちゃん。
ミケが「ニャー⦅いいよ⦆」と鳴く。
「どうぞ、優しく触れてあげてね」
「……ぼくも」
後ろから、弟のケンタくんが小さな手を出してきた。
歳は三歳くらいだろうか。
おそるおそる触る仕草が、サラちゃんとは対照的だ。
「リサさん、こちらへ水をお願いできますか?」
「わかりました」
ミケをベビースリングごと下ろし、父親のトムさんが出してきた小さな水瓶へ水魔法で一杯にする。
「まさか! 水魔法で水を入れていたのですか。大変申し訳ないが、いま私が支払えるのはこれしかないのです」
差し出されたのは、銅貨一枚だった。
たぶん、お金はいらないと言っても話が進まなくなるので、私はアイテムボックスから鉄貨九枚をお釣りとして返す。
「これだと、水代がたった鉄貨一枚になりますが?」
「ええ、それで結構ですよ」
本当なら、ただであげてもいい水なのだ。
鉄貨一枚が大体百円くらいだから、水のペットボトル代として換算してみた。
「トム、さすがにその金額では……」
横で見ていた奥さんのマリアさんが口を開く。
マリアさんによると、水魔法で生成された水は不純物がなく美味しいため、王都では高値で取引されているという。
見た目から私が魔法使いだとわかっていたトムさんだったが、水はアイテムボックスに収納していると思っていたらしい。
「う~ん、困ったぞ」
「本当に、お代はこれだけで十分ですよ?」
「しかし……」
「だったら、わたしのたからものを、おねえさんにあげる!」
サラちゃんが布にくるんである物を見せてくれた。
中に入っていたのは、様々な色ガラスの小さな欠片だ。
周囲は尖っておらず、すべて丸くなっているようだ。
よく見ると、小さな気泡の跡なのか所々穴が開いている。
まるで、ビーズみたいだ。
「こ、これ、欲しいです!!」
思わず叫んでしまった。
この世界でビーズに似た物が手に入るなんて、嬉しい!
「こんなもので良ければ、うちの工房にたくさんありますよ」
「あるだけ買います!」
トムさんの家は、王都の職人街でガラス工房を営んでいた。




