第20話 いざ、潜入!
私は、洗面所の鏡の前に立った。
「わあ! まったくの別人にしか見えないよ!!」
鏡に映っているのは、亜麻色の髪に茶色の瞳を持つ女性……私だ。
亜麻色とは、やや黄色がかった薄茶色のこと。
金髪よりも落ち着いた髪色で、それだけで大人っぽく年相応に見えるから不思議だ。
これなら、成人前と勘違いされることもない。
いつも着ているローブも脱いでいるから、面識のある人でも私と気づく人はいないだろう。
⦅黒髪より現地の人っぽいからね、そんなに目立たないはずだよ⦆
「聖獣って、やっぱりすごいね! 女神様の力を借りて、こんなこともできるんだもん」
⦅すごいのは、女神様であってボクじゃないよ⦆
謙遜しているミケも、今日は見た目が変わっている。
名前通りの三毛猫になっているのだ。
ミケの額には星のような形の模様ができていて、なんだか可愛らしい。
実は、『フィレレース、変身!』と一度変身魔法を試してみた。
仮面が描かれたレースをお面のように被ってみたところ、顔は別人に変えることはできた。
ただ、仮面なので表情は動かせず、髪と瞳の色も変えることができなかったので諦めた。
いくらチート能力でも、さすがに都合よくいろいろとできるわけではないようだ。
私がなぜ見た目を変えたのかというと、わざと誘拐されるためだ。
これは、私とミケが考えた囮作戦の第一段階。
犯人たちは、なぜかわからないが商業ギルドに関係している店の、さらに手芸をしている女性をピンポイントで狙っている。
ならば、私が手荷物から編み棒と毛糸を見せながら商業ギルドへ出入りし、周辺をウロウロしていたら相手が引っ掛かってくれるかもと期待している。
敵のアジトへ自ら乗り込んで、事件を解決してしまおう!ということ。
「そういえば、私も商業ギルドに結構出入りしているけど、どうして狙われなかったんだろう?」
⦅リサは見た目が魔法使いだからね、手芸品を作っているようには見えないんだよ。従魔のボクも連れているし⦆
たしかに、初めて商業ギルドに行ったときに受付の人から「商品はポーションでしょうか?」って言われたね。
⦅とにかく、危険を感じたら躊躇なく魔法を行使すること! ボクはこっそり後をつけているから、心配しないでね⦆
「うん、ミケちゃん頼りにしているね!」
私の魔法は見た目が特殊だから、正体に気づかれないよう、なるべくミケの魔法だけで対処していくと決めた。
⦅あと、何度も言うけど、今のリサはいつもより力が強くなっているから、気を付けてよ!⦆
これは、朝から繰り返し言われていることだ。
それだけ、女神様の御力は強力なのだということ。
こうして、作戦は開始された。
◇
一日目と二日目は、とくに動きはなかった。
私は用もないのに一日に何度も商業ギルドを出たり入ったりする挙動不審な女で、初日の午後に職員さんから声をかけられた。
自作品を売ろうかどうしようか迷っているという作り話を、職員さんは真剣に聞いてくれる。
忙しいのに時間を取らせて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
あまりの罪悪感から、宿に帰る前に刺繍糸を何色か買って持ち込み用の刺繍作品を作ってしまったほど。
ちなみに、刺繍用の針や枠や布も同じ手芸道具箱の中に入れていたので、一緒に転移されている。
最近はレース編みばかりで刺繍をほとんどやっていないため、簡単なクロスステッチで花を刺繍してみた。
クロスステッチとは糸を×の形に針を刺して図柄を表現する技法で、祖母に初めて刺繍を教えてもらったときの思い出がよみがえる。
練習で同じ図柄を何度も刺していたので、いくつかの図案はだいたい覚えている。
懐かしさでつい楽しくなり、気づけば植物や動物など細かな図柄がたくさん並ぶ結構な大作ができあがっていたのだった。
翌日、作った作品を職員さんへ見せる。
手持ちの鞄にはこれ見よがしに編み棒と毛糸が入っているのに、持ち込む作品が刺繍とはどうなんだろう?と自分で思ったが、細かいことを気にしてはダメだ。
さて、作品を持ち込んだ結果どうなったかと言うと、『私、またまた何かやっちゃいましたか?』状態となった。
まず第一に、均一なマス目が入ったクロスステッチ用の布がこの世界に存在していなかった。
だから、クロスステッチという初心者向けの簡単な技法も存在しない。
つまり、私は新たな刺繍を披露してしまったということ。
ぜひ商品として販売してほしいという職員さんへ曖昧に返事をし、この日は終わった。
翌日の三日目、昨日の件もあり商業ギルドへは非常に顔を出しにくい。
入り口付近をうろちょろし、中へ入らず通り過ぎたところで後ろから声をかけられた。
振り返ると、ダークグレーの長髪を後ろで一つに縛った薄紫色の瞳の二十代後半くらいの男性がいた。
銀縁の眼鏡を掛けた彼は精悍な顔つきをしており、いかにも人の良さそうな笑顔を浮かべている。
でも、私には非常に胡散臭く見えた。
近くで、ミケの「ニャー」という声が聞こえる。
⦅あの屋敷にいた、使用人だよ⦆
そう言っていた。
◇
私が連れてこられたのは、地下牢だった。
中には、ミケの言う通り数名の女性たちがいる。
全員、手足を拘束はされておらず、牢の中に置かれたベッドに腰掛けたり歩き回ったりと自由行動は許されているようだ。
見たところ皆やつれてはいるが、ケガなどはしていない。
無体な扱いは受けていなかったようで、ひとまず安堵する。
牢の前には、見張り役の女がいた。
腰に剣を差しているが、騎士というよりも冒険者のように見える。
「わ、私を、どうするつもりですか?」
怯えた演技をしながら探りをいれる。
もちろん、正直に答えてもらえるとは思っていない。
「アンタが、ご主人様の探している者かどうか調べられるのさ」
「探している? 誰をですか?」
「そこまではアタイ達も知らないね。まあ、それまではここでおとなしくしていな」
女は口を閉じ、私もこのくらいで引き下がる。
あまり詮索をして、疑われるようなことがあってはならない。
地下牢の奥へ行くと、女性たちが身を寄せ合っていた。
「あなたも、無理やり連れてこられたのね……」
「皆さんも、そうなのですね? それで、あの方が言っていた探している者とは……」
「腕の良い職人を探しているみたいだったわ。これと同じものが作れるか?と問われたの」
女性たちが見せられたのは、髪を縛るものと留めるものとのこと。
詳しい形状を聞いて血の気が失せる。
思わず低い天井を見上げた。
まさか、『私』を探すために人攫いをしていたなんて。
女性たちが見たものとは、シュシュと髪留めだった。




