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レース編みは万能でした~女神の使徒? 私は飼い猫の異世界召喚に巻き込まれた、ただの飼い主ですよ?  作者: ざっきー
第二章 スローライフを送りたいだけなのに……

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第18話 類似品と行方不明


 私は忙しかった。

 もう、びっくりするくらい忙しかった。


 商業祭で何気なく思い付き勢いだけで作ったボトルカバーが、上流階級の皆様の心をがっちり掴んだらしい。

 恐ろしいくらい注文が殺到し、目の回るような忙しさだった。


 それもこれも、贈答用の見本品を作ってしまったせいだが、マルベリーシルク糸で作った立体的なバラはとても綺麗だ。

 作った自分が言うのも何だけど、売れる理由がわかる。

 見本の為、赤の他にピンク、オレンジ、黄、白、紫、青のバラを並べたところ、選択肢の多さにギルマスとサブギルマスから感激されてしまったのだった。



 商業ギルドの応接室には、感激された一人…オリビアさんがいるのだが、今日は深刻そうな表情を浮かべていた。


「こちらを見てください」


 部屋に入った私が腰を下ろすなり目の前に差し出されたのは、見覚えのない色と形のシュシュだった。

 細いレース糸ではなく太い毛糸で編んであるから、全体的にモコモコしている。


「ある店で、商品として置かれているものです」


萌黄色(もえぎいろ)かな? 綺麗な色ですね」


 若草色とも言う鮮やかな黄緑色が、モコモコのシュシュに合っていて可愛らしい。


「こちらが、どうかしたのですか?」


「これが、リサさんの新作を装って売られているのです」


「ああ、なるほど……」

 

 店頭では『某ギルドで大人気! 匿名手芸作家の新作!!』と、それっぽく匂わせて売っているらしい。

 ただ、価格は同じではなく多少安いとのこと。


 商業ギルドでは、引き抜きを警戒して私の個人情報は一切公表していない。

 私と関わりのあった人やギルドの関係者以外は、たとえ買い手であっても商品をどのような人物が作っているのか知らないのである。


 そのおかげで、個人的に接触をはかってきたり、他の店から直接取引を持ちかけられることがなくて、とても助かっている。


「購入されたお客様から商業ギルドへ問い合わせがありまして、発覚しました。お客様へ誤解を招くような売り方は止めるようお願いしているのですが、聞き入れられず困っております」


「私としても、私の作品として売らないのであれば販売自体は問題ないです。可愛らしい商品ですし」


 シュシュ自体は、編み方さえ理解できれば比較的簡単に作れるものだ。

 世に出せば、いつかは類似品が登場するとは思っていた。


 こっちの世界の人が工夫して様々なシュシュを作ってもらうのは大歓迎なのだが、私の作品と誤解されるのは困る。


「このまま放置するわけにはいきません」


「でしたら、私のほうで同じような商品を売るというのは、どうですか? 正式な商品をギルドから売り出せば、あちらが私の作品ではないとわかると思いますので」


 私の商品として売るのはダメだが、適正に売るのであればお客さんの選択肢の幅が広がる。

 だから、できれば排除はしたくない。


「ギルドが取り扱っている商品で、これと同じくらいの太さの毛糸はありますか? できれば、高級な素材で作られたものが良いのですが」


 差別化を図るなら、こちらは富裕層向けの高級路線でいくしかない。


「ございます。魔物の毛を織り込んだもので、非常に手触りの良いものや、光の加減でキラキラと輝くものなどがあります」


「いま在庫があれば、試しにこの場で編みます。すぐに出来上がるので、ご覧になりますか?」


「はい、ぜひ!」


 オリビアさんが持ってきてくれたのは、ヤギに似た魔物の毛で作られた毛糸と、ウサギに似た魔物の毛で作られた毛糸。

 どちらも高級品で、やはり上流階級向けの衣料品や小物に使用されるものだとか。


 ヤギのほうは、とにかく手触りが良い。

 肌触りも良さそうなので、こちらはおしゃれ小物として手首に着けるのもアリかもしれない。

 色は、白と黒のほかに銀色があった。

 すべて地毛で、染色はしていないそう。


 ウサギのほうは、角度を変えるとキラキラと光って見える。

 その理由は、ヒカリゴケという苔を食べるから。

 苔の成分がウサギの毛まで浸透しているとのこと。


 ラメ入りの毛糸みたいで、可愛いシュシュが作れそうだ。

 こちらも地の色で、白と黒とこげ茶色があった。


「では、さっそく作っていきますね」


 アイテムボックスからスライムの皮紐を取り出し、ヘアゴムの大きさの輪っかを作る。

 毛糸を輪っかに通して縛ったあと、左手の指に毛糸を巻きつけ両手の指で編み始めた。

 これは、指編みと呼ばれるものだ。

 太い毛糸なら、シュシュの一段くらいは針を使用せずとも簡単に編むことができる。


「すごいです! 本当に、指で簡単に編めるのですね?」


「おそらく、あのシュシュも指で編んだものだと思いますよ」


 こっちの世界に編み棒はあったが、レース針のようなかぎ針は存在していなかった。

 だからこそ、私のシュシュの網み目を観察して、指編みで再現した努力と技術は素晴らしい。

 才能があるのだから、自作品として売ればいいのにと思ってしまう。


 およそ二十分ほどで、二種類のシュシュが編みあがった。

 ヤギシュシュはモコモコの手触りが良く、いつまでも触っていたい。

 ウサギシュシュは、ラメ入りっぽくてとにかく可愛い。

 オリビアさんも大絶賛の、新商品のシュシュができたのだった。


 販売価格は、通常のシュシュのなんと五倍!

 値段を確認せずに買ってしまった毛糸が、とんでもなく高いのだろう。

 このシュシュなら貴族にも売れます!と、オリビアさんの鼻息も荒い。


 このまま応接室を借りて、シュシュを大量生産しておく。

 私が黙々と指を動かすなか、ミケはひたすらお昼寝をしていた。


 制作作業を終え、納品も済ませた。

 中途半端な長さの毛糸がたくさん残ったが捨てるのはもったいないので、一本に繋ぎあわせて所々色が違うシュシュを作ろう。

 これは売り物ではなく、ケイティちゃんへあげるつもりだ。


 まだ眠そうなミケを抱っこしていたら、オリビアさんから「ちょっと、いいですか?」と声をかけられた。


「最近、身近で行方不明になった方が何人もいらっしゃるのです。人身売買組織が暗躍しているのかもしれません。騎士団が動いていますが、リサさんも十分お気を付けください」


「わかりました」


 やっぱり人攫いがいるのだ。

 異世界って怖いなと思いつつ、商業ギルドを後にする。



 この日の出来事が、のちに王国中に知れ渡る大事件の始まりだったとは、このときの私は知る由もなかった。



 ◇◇◇



 新作のシュシュを作った翌日、私とミケは騎士団本部を訪れていた。

 商業祭の日に再会したケイティちゃんから、相談したいことがあると手紙をもらっていたのだ。

 新たにプレゼントするシュシュは、昨夜制作済みだ。

 喜んでくれるといいな。


 門番に事情を説明して中へ入れてもらおうとしたら、「どうぞ、入ってください」とあっさり言われる。

 部外者が付き添いの騎士無しでいいのだろうかと思いつつ、遠慮なく建物内を進んで行く。

 食堂の場所は、以前ルーク様に連れていかれたから知っている。


 途中ですれ違う騎士さんたちからは、相変わらず注目をされる。

 しかし今日は、その視線とは別種類のものも感じた。


⦅演習にいた新人たちだね。リサに向ける視線は『尊敬』、『憧憬(しょうけい)』、『羨望』、『嫉妬』という感じかな?⦆


 なるほど。

 先日の郊外演習の影響なのね……



 ◇



 昼時をとっくに過ぎた騎士団の食堂には、後片づけと夕食の仕込みをしている従業員しかいない。


 食堂のテーブルに座っているのは、ケイティちゃんと中年女性だった。

 彼女の名はノエルさん。この食堂を取り仕切っている人だという。

 二人とも心痛な面持ちで私を待っていた。


 この状況は、昨日のオリビアさんとまったく同じ。

 何か良からぬことがあったのだと察した。


「リサさん、どうかアリスお姉ちゃんを助けてほしいのです!」


 ケイティちゃんの悲痛な叫びで始まった説明によると、ノエルさんの孫娘アリスさんが行方不明になっているとのこと。

 昨日オリビアさんから話を聞いたばかりなのに、ここにも行方不明者がいた。


 騎士団に捜索依頼を出しているが、手掛かりが全くないのだと言う。

 ケイティちゃんの話を、ノエルさんが続ける。


「アリスは家業を手伝う合間を縫って、孤児院で裁縫や編み物を教えているんだ。孤児たちが独立したあと、手に職があれば生活に困らないからと言ってね」

 

 アリスさんの実家は、布や糸や毛糸などの他に針などの道具も扱っている、商業ギルドとも取引のある中規模商会なのだとか。

 幼い頃から手芸品に囲まれて育ったため、アリスさんは裁縫や編み物が得意らしい。


「行方不明になった日も、孤児院へ出かけていたんだ。ところが、夜になっても家に帰ってこなかったのさ。娘がすっかり憔悴してしまってね、婿殿が方々へ情報を求めてくれてはいるが、さっぱりで……」


 ノエルさんにとって、女手一つで育て上げた一人娘が商会へ嫁ぎ生まれたアリスさんは唯一の孫だ。

 祖母とずっと二人暮らしだった私には、ノエルさんの気持ちが痛いほど理解できた。


「アリスお姉ちゃんは、私がリサさんからもらったシュシュを見て、『私もこんな素敵な作品を作ってみたい!』って言っていたの。だから、どうか…お願い…し…ます」


 泣き出してしまったケイティちゃんを、ノエルさんが慰める。


「リサは凄腕の魔法使いだと、ケイティから聞いている。冒険者ギルドへ指名依頼を出すから、捜索に協力してもらえないだろうか?」


「わかりました。引き受けます」


 もちろん即答だ。

 ケイティちゃんへ、元気を出してとシュシュを渡しておく。 


 アリスさんが行方不明になったのは商業祭が終わった二日後で、すでに半月ほどが経過している。

 のんびりしている場合ではない。

 依頼の提出を待たずに、私はすぐに捜索に乗り出した。


 ノエルさんから、アリスさんの私物を預かる。

 迷子の男の子の両親を捜すときに使用した探知魔法だが、今回は犬模様のレースを大量にばら撒いた。

 アリスさんが領内にいればいいが、他領や他国へ連れ去られた可能性も考えてのこと。


⦅リサにこんなことを言うのは酷だけど、最悪の事態も想定しておいたほうがいいよ?⦆


「……うん、それはわかっているよ」


 ケイティちゃんやノエルさん、ご両親の気持ちを思うと辛い。

 どうか無事でいてほしい。





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