第16話 郊外演習
今日は騎士団の演習日だ。
私は指名依頼を受けて、演習に同行している。
今は、演習地であるヘンダーム郊外の森へ向かっているのだが───
「これは、すごいな! ほとんど揺れず、乗り心地も悪くない。眺めは良いし、手足を伸ばして横になることもできるのか」
────私のレース上には、瞳をキラキラと輝かせるお坊ちゃん…ルーク様がいた。
◇◇◇
昨日、冒険者ギルドで指名依頼の受注手続きをしていたら、受付の人が言った。「領主家からの指名依頼なんて、すごいですね!」と。
「えっ、ルーク様はナウリム家の方なんですか?」
「えっ、知らなかったのですか? 次期辺境伯様ですよ」
「え"……」
思わず変な声が出た。
なんと、びっくり! お貴族様のお坊ちゃんとは思っていたけど、まさか領主一族だったとは。
しかも、跡取り様……
己の言動を振り返り、背筋に冷たいものが流れる。
先週、騎士団本部で遭遇したときに「食事をしながら話をしよう」と言われ、お貴族様の言うことに逆らってはいけないと遠慮なくモグモグしていたけど、食べながら話をしてはいけない人だった。
⦅だってリサ、騎士団長が遜る人だよ? どう考えたってこの領のお偉い様に決まってるよ⦆
足元から、ミケの呆れたような声が聞こえる。
言われてみれば、たしかにその通り。
だけど……だったら、ミケが私にこっそり教えてくれても良かったよね?
スベトラさんも、黙って自分だけご飯を食べないなんて、ひどい!
でも、終わってしまったことを、今さら悔やんでも仕方ない。
気持ちを切り替え、次からは気をつけようと思う。
◇◇◇
新人騎士たちは、数台の馬車に分乗している。
本来であればルーク様も馬車移動なのだが、当然のように飛行魔法で移動したいと言われた。
演習の責任者であるスベトラさんへ確認をとったら、「ルーク様をよろしく頼む!」とひと言。
領主様から許可を得て念書も準備してきたルーク様へ、騎士団長がこれ以上物申せるわけがなかった。
飛行魔法とは言っても、今回は上空を飛ぶのではなく馬車と馬車の間に挟まれて進む。
高度は馬車の天井ほどで、スピードも同じくらい。
ミケが風魔法で空気の壁を作っているから落ちないし、たとえ外から攻撃されたとしても弾くため安全性も問題ないのだ。
ちなみに、今日の予定はこんな感じ。
新人さんたちは森の浅い場所を四名一組で行動し、魔物を討伐して証明用の魔石を持ち帰ること。
私は、領主代行として演習を見届けるルーク様を護衛する……護衛なんて、したことがないけどね。
森へ出発する前に、マイルさんと少しだけ話ができた。
新人騎士たちは、マイルさんのような庶民出身から貴族の子息まで、様々な人がいるらしい。
試験に合格したことを祝福していたら、一部の人たちからあまり好意的ではない視線を感じた。
マイルさんが「実家が上位貴族の奴らだよ」と苦笑している。
ラノベでもよくあった、庶民を見下す人たちらしい。
大きな組織だと、ホントいろんな人がいる。「実力で見返してやりましょう!」と言ったら、「そうだね」と良い顔で笑ってくれた。
入団試験を突破した選ばれし者たちだが、ほとんどが十代後半の男の子たちだ。
貴族の子だろうか。
遠足気分なのか、少々浮かれているように見える。
目的地に到着早々、指導教官から注意を受けていた。
その様子を見ていたルーク様が、ため息をつく。
「……私も含め、この世代は戦争を知らぬ。今は帝国がおとなしくしているが、いつまた召喚獣で侵略行為を開始するとも限らない。もう少し危機感を持って演習に臨んでもらいたいのだが」
「それほど警戒しなければならないほど、帝国は脅威なのですか?」
「国力も軍事力も桁違いで、さらに召喚魔法まである。この国程度であれば、あちらが本気を出せばすぐに飲み込まれてしまうだろうな」
「そうなのですね」
やはり、世界平和のためにも、召喚の魔法陣は燃やしておいて正解だった。
心の中で「女神様、ありがとうございます」と感謝しておく。
「リサは、没落したとはいえ元帝国貴族なのだろう? 国内外の情勢を把握していないのか?」
「家名だけが残った、ただの庶民ですからね」
冒険者ギルドで適当に作った設定が、ずっと生き続けている。
ルーク様からやや呆れたように言われたけど、そもそも私は元貴族でもなければこの世界の住民でもない。
でも、帝国が召喚魔法を今後行使できないことは知っている。
これだけは、それとなく伝えておくべきだろう。
「えっと……情勢には疎いですが、ある話は耳にしました。召喚の魔法陣が描かれた布が燃えて無くなったと。だから、帝国は今後一切召喚魔法を使えなくなったようですよ」
「魔法陣の布が焼失? 召喚の魔法陣は、布に描かれていたのか?」
「あれ? 周知の事実ではないのですか?」
「召喚魔法は帝国だけの秘術だからな、秘匿されているのだ。魔法陣は儀式の行われる床に直接描いていると、サイエル王国の上層部は考えていた。これは、父上から聞いた話だが……」
ルーク様は腕組みをし、考え込んでいる。
誰でも知っていることだと思っていたら、まさかの極秘情報だったとは。
もしかして、もしかしなくても、『私、また何かやっちゃいましたか?』状態?
「リサの話が本当であれば朗報だが、どこまで信用できる情報だ?」
「その……信憑性は、かなり高いです」
だって、私たちが燃やしたからね。
「一応、父上には報告しておこう」
ルーク様からはこれ以上突っ込まれず、この話は終わった。
◆◆◆
新人騎士たちがそれぞれの組で行動するなか、マイルたちは他の組よりやや森の奥へ進んでいた。
この組を仕切っているのは伯爵家の次男で、それに追随するのが子爵家と男爵家の二人だ。
家を継ぐのは、基本的に長男である。
それ以下は他家へ婿入りすることもあるが、それが叶わなかった者たちは就職先を求め家を出ることになる。
この三人は、それに該当していた。
「あまり奥へ入ると、上位の魔物が出てくるぞ!」
「うるさい! おまえのような庶民の指図は受けない。上位種なら、俺が剣の錆にしてやるだけだ」
「そうだぞ。庶民は黙っていろ!」
「そうだ! そうだ!」
世間知らずの子息たちに、マイルは頭を抱える。
騎士道に則った剣術大会では上位入賞の実力者たちのようだが、実戦経験は学園に在籍中だけでほとんどないらしい。
通常のゴブリンやオークであれば通用するだろうが、上位種のジェネラルやキングが出てきたら到底太刀打ちはできないだろう。
そんな新人騎士たちに実戦経験を積ませるために、このような演習が行われている。
マイルはそれを十分理解しているのだが、他の三人はまったくわかっていない。
演習に同行するリサを見て、鼻で笑っていた。「あんなのがBランクとは、冒険者など案外大したことはない」と。
短期間でBランク冒険者になれる者が、大したことがないわけがないのだが。
どうしたものかと大きなため息をついたマイルの耳が、こちらへ駆けてくる複数の足音を拾った。
「前方から誰か来るぞ! 警戒しろ!!」
「おまえにいわれなくても、わかっている!」
四人が剣を構えるなか現れたのは、三人の冒険者たちだった。
「おい、ちょうど囮になるやつらがいるぞ」
「やれやれ、助かったな……」
「じゃあ、後は頼んだぜ!」
捨て台詞を残し、三人組はあっという間に姿を消した。
それと入れ替わるように姿を現したのは、巨大なリザードマンだった。
見上げるほどの巨体に、マイル以外の者は委縮し反応が遅れた。
問答無用で襲いかかってきた魔物を前に、立ちつくしている。
「おい、ボーっとするな! 剣を構えろ!!」
マイルがどうにか一撃は受け止めたが、刃が欠けた。
重い剣撃に手がビリビリと痺れている。
構わず、そのまま剣をリザードマンへ放り投げた。
運よく足に当たり、敵に隙が生じる。
「逃げるぞ!! 俺たちでどうこうできる相手じゃない!」
マイルは駆け出す。
三人も先ほどまでの威勢の良さは鳴りを潜め、慌ててマイルの後に続く。
彼らの足が速いのだけが、唯一の救いだった。
◆◆◆
新人さんたちは、順調に魔物を狩っているようだ。
最初に指導教官から注意は受けたけど、もともとは実力のある人たちだから、森の浅い場所に生息するゴブリンやオークくらいであれば問題ないのだろう。
演習は何事もなく終わりそうだな。
私がそんなこと思ったときだった。
ミケが「ニャー」と甲高く鳴いた。⦅北から、大型の魔物がやって来る!⦆と。
「スベトラさん、北の方向から魔物がこちらに向かって来ています! しかも大型です!!」
「全員、魔物の襲撃に備えろ! ルーク様は、タカナシ殿の傍を絶対に離れないでください!」
騎士たちは剣を構え、私とミケはルーク様の前に出る。
繁みがガサガサと揺れ、緊張感が高まる。
藪をかき分け現れたのは、三人の冒険者たちだった。
私たちには目もくれず、彼らはこの場を逃げるように走り去っていく。
それからすぐに、四人の騎士たちが走り込んできた。
三人はその場に崩れるように倒れ、先頭にいたマイルさんが叫ぶ。
「リザードマンです! 冒険者たちに押しつけられました!!」
姿を現したのは、巨大な魔物だった。




