第14話 再会と遭遇
商品がすべて完売したと聞かされた私は、心置きなく商業祭を満喫していた。
味が気になっていた焼きクラーケンは炙ったスルメのような食感で、独特の風味がある。
嚙み応えがあるので、顎が鍛えられそうだ。
ひたすらモグモグしながら、ミケには咀嚼が大変そうだなと思った。
◇
人混みに酔ったので、大通り沿いからは一本道を外れることにした。
それだけで、多少歩きやすくはなった。
ミケが降りたいと言うので、並んで歩く。
⦅リサ、あそこに教会があるよ⦆
「何か、売っているみたいだね」
開かれた門の奥にテーブルが並べられ、クッキーのようなお菓子や刺繡の入ったハンカチや袋などの手芸品もある。
まるでバザーのようだ。
売り上げはすべて教会に併設されている孤児院の孤児たちのために使用されると聞き、私も売り上げに協力することにした。
作業の合間のおやつ用に、お菓子をたくさん購入する。
会計には、見知った少女がいた。
「リサさん!」
「こんにちは。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」
トンポイの乗車場で出会った兄妹の妹。
私があげたピンク色のシュシュで髪をまとめたケイティちゃんだった。
よく見ると、シュシュはちょっと色あせている。
汚れたら綺麗に洗って、毎日使ってくれているようだ。
ここまで大切に使用してもらったら、作り手としても嬉しい限り。
今度、また別のシュシュをプレゼントしよう。
「今日は、お手伝いに来ているんです。あっ、兄さんは騎士団の入団試験に無事合格しました! リサさんのおかげです!!」
「マイルさんが合格したのは、実力があったからですよ」
兄妹は騎士団の寮に住んでいて、ケイティちゃんは騎士団で雑務をしているそうだ。
仕事は掃除や洗濯、食事の支度と多岐にわたるそうだが、皆が親切に教えてくれるので、やりがいがあって楽しいと笑顔で話してくれた。
今日は、騎士の奥様や娘さんたちと一緒に奉仕活動をしているとのこと。
皆が手作りした作品を持ち寄って、売っているのだとか。
だったら、私も買うだけでなく売る方にも貢献したい。
ケイティちゃんに商品を提供してもいいか尋ねてみたら、責任者の人に確認を取ってくれた。
現れたのは、上品な中年女性だ。
「ケイティから聞きました。商品をご提供くださるそうですが、どのような物でしょうか?」
「こちらですが、いかがでしょうか?」
私が出したのは、商品制作の合間に気分転換で作っていたドイリーだ。
ドイリーとは、花瓶などの下に敷く小型の敷物。簡単に言えばコースターみたいなもの。
商業ギルドに卸しているのは主に富裕層向けの商品だから、もっと気軽に買ってもらえる商品を別のところで売りたいと考えていた。
形とデザインは、正方形の模様編みから丸型の花柄模様など。
糸の素材も、麻紐で編んだ素朴な質感のものから、木綿のレース糸で編んだちょっとオシャレなものまで様々ある。
中途半端に残っていた糸を消費するために縁とか中央だけ糸の色を変えたりと、かなり自由に作っていたから同じ物は一つもない。
「これは素敵ですね! もしかして、ケイティの髪飾りを作られたのも……」
「はい、私です」
「そうでしたか。うちの娘が同じものが欲しいと言い出しまして、方々を探したのですが見つからなくて」
「私の商品はすべて商業ギルドが取り扱っていますので、町のお店には売っていないのです」
「では、こちらの商品もギルドを通さなければなりませんね?」
「いえ、大丈夫です。これは契約外のものですから。ただ、私が作ったことは内密にしてくださると有難いです」
「はい、決して口外はいたしません」
女性は「ご協力、ありがとうございます」と言って笑顔で受け取ってくれた。
◇
ケイティちゃんに私の宿泊先を教え、帰路につく。
朝から歩き回って、結構疲れた。
部屋へ戻って、少しのんびりしよう。
再び大通り沿いへ出て宿へ向かっていると、ミケが突然走り出した。
雑踏の中を、踏まれないよう器用に避けて進んでいく。
何かあったのだろうか。
慌てて後を追いかけた。
追いついた先にいたのは、小さな男の子だった。
仕立ての良さそうな服を着ているから、それなりの家の子かもしれない。
彼は不安そうに辺りをキョロキョロしている。
目に涙を浮かべているが、泣くのをじっと我慢しているようだった。
近くに両親らしき姿は無い。
人混みの中に子供が一人。
これは、もしかして……
⦅リサ、たぶん迷子だよ。こっちの世界では、小さな子が一人で居ると人攫いにあったりするんだ⦆
「だから、ミケちゃんは急いでいたんだね。この子を見つけてくれて、ありがとう」
⦅早く親を探さないと、心配しているだろうし。だから、リサ。例の魔法で頼むね⦆
「任せておいて!」
例の魔法とは、探知魔法のこと。
先日、レイククロコダイルの討伐と薬草採取の依頼を受けたときに、探知魔法があったら便利だなと昼食を食べながら考えていたもの。
では、いざ実践!
「フィレレース、探知!」
出てきたのは、掌サイズくらいのレースだ。真ん中には犬の模様がついている。
それが、男の子の周囲を一周する。
それから、ある方向へ向かって飛び始めた。
レースが男の子の体についた両親の匂いを覚え、犬のように嗅ぎながら案内をしてくれるのだ。
私は男の子を抱っこし、ミケを連れて追いかける。
男の子は見ず知らずの私に戸惑っていたが、ミケが体を擦りつけて「ニャー」と鳴いただけで笑顔を見せた。
レースが止まったのは、ある大きな建物の前だった。
大勢の騎士たちが出入りしているから、どうやらここは騎士団の本部のようだ。
私は門番をしている騎士に、迷子を連れてきたことを伝える。
子供を預けて帰ろうとしたら、事情を聞きたいから中へどうぞと言われた。
もしや、また疑われているのだろうか。
もちろん何もやましいことはないので、素直に聴取に応じる。
男の子は女性騎士が連れていき、私は男性騎士の案内で中へ入った。
廊下を歩いているのだが、周囲からたくさんの視線を感じる。
通りすがりの騎士たちが皆、こちらへ注目しているのがわかる。
でもそれは疑いのまなざしのような嫌な感じではなく、興味津々といった好奇心を感じるようなもの。
チラホラと「あれが噂の……」とか「思ったよりも小柄だな」などと聞こえてくる。
⦅リサは、すっかり有名人だね⦆
「なにで有名なのか、それが問題だよ」
抱っこしているミケと、小声でひそひそ話をする。
トンポイでの入国時のことなのか、冒険者ギルドでのことなのか、
それとも、商業ギルドに商品を卸している件とか?
でも商業ギルドでは、個人出品者の情報は厳重に管理しているとオリビアさんが言っていた。
私の商品は『匿名手芸作家』が制作したものとなっていて、これは他からの引き抜きを防止するためらしい。
「日々、戦いなのです!」と、いろいろと大人の事情がありそうだ。
案内された応接室で、しばし待つ。
喉が渇いていたので、出されたお水を全部飲んでしまった。
ミケに「ボクも飲みたかった!」と言われて慌てて水魔法で水を出し、ついでに自分もおかわりをした。
少し睡魔が襲ってきたころ、扉がノックされる。
ミケはすでに私の隣で爆睡中で、ピクリとも動かなかった。
入室してきたのは体格の良い大男の騎士と、迷子の男の子を連れた両親と見られる男女だった。
「この度は、息子が大変お世話になりました」
そう言って挨拶をしてくれたのは、ここヘンダームで大きな商会を営む店主の男性だ。
大通り沿いの店の前で馬車を降りたところ、男の子が飛んできた虫を追いかけて走り出し、この混雑で見失ってしまったのだという。
騎士団へ捜索を依頼中に、私が男の子を連れて現れたのだった。
「お姉さんに、自分からお礼を言うのでしょう?」
そう言う母親の髪には、私の髪留めがあった。
糸のほつれもなく、ケイティちゃんのようにこちらの女性も大切に使ってくれているのがわかる。
嬉しくてニコニコしてしまう。
母親に促され、恥ずかしそうに男の子が口を開いた。
「……おねえちゃん、ありがと」
「どういたしまして。でも、もう今度からは勝手にお父さんお母さんから離れたら、絶対にダメだよ?」
「うん!」
男の子は手を振り、元気に帰っていった。
用件は済んだからこれで帰してもらえると思ったら、大男の騎士がおもむろに向かいに座る。
どうやら、まだ帰れないらしい。
これから事情聴取のようだ。
「私は、騎士団団長を務めるスベトラという。君は、Bランク冒険者のタカナシ殿で間違いないだろうか?」
「そうですが、どうして私のことをご存じなのですか?」
まさか騎士団のトップに名を知られているとは、思いも寄らなかった。
「君は先日、ランディとアルクという二人組の男を助けてくれた。彼らは私の部下でね」
「なるほど、それで……」
彼らが上官へ報告をしたから、同僚の騎士たちにも知れ渡っていたのだ。
理由がわかってスッキリした。
「君が助けてくれなければ、彼らの命はなかった。改めて感謝を述べたい」
「困っている人を助けるのは、人として当然のことです」
「でも、それを躊躇なく行える者は、存外少ないのだ」
たしかに、私だって女神様からスキルをもらったからこそ、助けることができたわけで。
スキルの力がなければ、レイククロコダイルから彼らを救うことも、男の子の両親をすぐに捜し出すこともできなかっただろう。
「それで、ここに来てもらったのは、君に直接確認したいことがあったからだ」
スベトラさんの雰囲気が、ガラリと変わる。
「『はい』か『いいえ』で答えてほしい。君は……デール帝国の間者なのか?」
「いいえ、違います。私は、ただの魔法使いです」
「……『君は嘘をついていない』な。恩人を疑うような真似をして、申し訳なかった」
スベトラさんが頭を下げた。
もしかしたら、いま座っているこの椅子も魔道具だったのだろうか。
「それが、騎士さんたちのお仕事ですもんね。私は気にしていませんよ」
「そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽になる」
わっはっはと豪快にスベトラさんは笑ったのだった。
◇
未だ寝ているミケを抱っこして、応接室を出る。
途中で、アルクさんに声をかけられた。
あの日、気を失ってしまい、私にきちんと礼が言えなかったことをとても気にしていたらしい。
かなり重傷だった足のケガは、後遺症もなくすぐに職務に復帰できたとのこと。
そんな報告を聞いたら、また嬉しくなってしまう。
嬉しいことがありすぎてニヤニヤしながら騎士団本部を出たところで、ちょうど馬車が入り口に横付けされた。
人が降りてきたので邪魔にならないよう道を開け横を通りすぎようとしたら、目の前に立ちふさがれてしまった。
金髪・緑眼のやや幼い顔をした美少年が、私を見下ろしている。
この男の子、かなり背が高い。
「リサ、ようやく会えたな」
普通に話しかけられたけど……どちら様ですか?




