第12話 コラボ商品
ヘンダームに滞在すること、ひと月。
有り難いことに、商品の売り上げが順調だ。
おかげで、来月分の宿代も無事支払うことができた。
◇
いつものように商業ギルドへ納品を終えた私は、一階のロビーにでかでかと貼られたポスターに目を留めた。
「商業祭?」
「毎年、この時期に開催されるお祭りですよ」
私の大きなひとりごとに返事をしてくれたのは、たまたま通りかかった若い男性職員さんだった。
「大通りには屋台が並び、町の広場では吟遊詩人や大道芸人の見世物もあるんです」
「楽しそうですね!」
夏祭りや縁日が好きだった私は、話を聞いているだけでワクワクしてしまう。
「商業ギルドも、広場に仮設店舗で出店します。当日はギルドで取り扱っている商品を直売するのですが、リサさんはオリビアさんから聞いていませんか?」
「私の場合は、売れる商品が少ないので……」
ただでさえ供給が追いついていないのに、祭り用に新たな商品を提供できるわけがない。
きっと、オリビアさんにはそう思われているのだろう。
まあ、その通りなんだけどね。
「商業祭は、領都内外から大勢の人が集まります。新規の客へ商品を売り込む良い機会なので、各店が気合を入れて新商品を出すのですよ」
「なるほど……」
そんな話を聞いてしまったら、少量でもいいから何か新商品を出したくなる。
「僕が担当している酒造店は小規模ながら良い酒を作っているのですが、まだまだ知名度が低く商品の見た目も地味なため売れ行きはあまり良くなくて……だから、商業祭で売り込みをかけたいのです」
「見た目が地味、ですか?」
「これくらいの大きさの、何の変哲もない黒色の細目の小瓶なので」
職員さんが示してくれたサイズは、あっちの世界のあの容器と同じくらいだった。
ふいにアイデアがポンと閃く。
「あの! その実物って、今ありますか?」
「ギルドの倉庫にありますが……」
食い気味の私の勢いに、職員さんがタジタジとなった。
でも、気にせずに話を続ける。
「そのお酒を一本買います! 良い装飾を思いついたので、明日見てもらえませんか?」
「わ、わかりました」
引き気味の職員さんから購入したお酒は、ワインを生産した後に残るブドウの搾りかすを蒸留して作られたもの。
熟成期間が短く無色透明で、ワインより安価で庶民向けのお酒として売っているそうだ。
ちなみに、私は成人しているがお酒は飲めない。
宿に戻って、さっそく瓶の大きさを測る。
私が作ろうとしているのはボトルカバーだ。
あっちの世界では、ペットボトルカバーとして使用していた。
カバーを付けるのは太い胴体部分のみ。
ボトルカバー自体は単色のシンプルな模様編みにして、様々なモチーフで飾り付け個性を出すことにした。
見本で作ったのは、平面的な緑(白)ブドウのモチーフと立体的な紫(黒)ブドウのモチーフの二種類。
黒瓶だからどんな色でも合わせやすいと思うが、今回は見本なのでカバーの色は生成り色にしておいた。
◇
翌日、朝一番で商業ギルドへ向かう。
職員さんへボトルカバーを見せると、じっと見つめたまま動かなくなった。
「出来は、どうでしょうか?」
「…………」
「あの……」
「すごい……装飾と実用性を兼ねているなんて、さすがです!」
大絶賛されてしまったが、私は「実用性?」と首をかしげる。そして、すぐに「なるほど……」と納得した。
ボトルカバーは、他の商品では使用していないやや太めの糸をさらに二本で編んだため、それなりに厚みがある。
瓶を破損から守る保護カバーの役割も、同時に果たすことになったのだ。
元々はペットボトル用のカバーだから、そこまで深くは考えていなかったけど、結果オーライということで。
私の担当者であるオリビアさんへは、もちろん話を通しておく。
オリビアさんは一目見て「絶対に売れます!」と断言。
それから「贈答用の装飾として需要がありそうですね」とも言われた。
男性職員さんは、ボトルカバーを持参し酒造店へセット販売の許可を取りにいった。
結果を待っている間に、オリビアさんからは商談用の見本の作成をお願いされる。
ワインボトルにマルベリーシルク糸で作った立体的なバラのモチーフを豪華に飾り付けたボトルカバーを作る契約を交わしたのだった。
この思い付きと勢いだけで作ったボトルカバーが、その後、贈答用ワインの装飾として爆発的なヒット商品となる。
さらに供給が追い付かず自身の首を絞めることになるとは、このときの私は気づいていない。




