第11話 髪留め狂騒曲
町へ戻った私とミケは、そのまま冒険者ギルドへ向かう。
買取り受付で、まずは薬草を出した。
「はい、採取の依頼は完了ですね。もう一つの依頼ですが、討伐証明はありますか?」
「魔物が大きすぎて、この上には載らないです」
「もしかして……魔石ではなく丸々一体ですか? でしたら、作業場へ直接持ち込みをお願いします」
ギルドの建物のすぐ隣にある作業場は、まるで学校の体育館のようなところだった。
大勢の作業員が、魔物を次々と解体している。
現代日本では目にすることのない衝撃的な映像は、直視したら絶対にダメなやつだ。
視線をあちらへ向けないよう注意しながら、指定された作業台の上に魔物を出していく。
「はあ~、こいつはスゲー。めったにお目にかかれない大物だな」
作業台に並んだ二体のレイククロコダイルを、作業員のおじいちゃんが腕組みしながら眺めている。
この二体は、なんと番だったらしい。
一体しかいないと思って湖畔でのんきに寛いでいた自分たちの危機感の無さに、今更ながら震えがくる。
「しかも、傷がほとんどない。お嬢ちゃん、こいつは高く売れるぞ!」
皮は防具に、歯や牙や爪は武器に、肉は食用になるそうだ。
「全部、買取りでいいのか? 少量の肉くらいなら、すぐに切り出せるぞ?」
「い、いえ、大丈夫です! それでは、よろしくお願いします!」
今日は、お肉の気分には絶対にならないだろう。
解体には二日ほどかかり、査定を経て解体料を差し引いた金額が口座へ振り込まれるとのこと。
作業場を出ると、夕方近くになっていた。
⦅リサ、夕食と一緒にお菓子も買って帰ろうよ⦆
「賛成!! 疲れたから甘い物を食べて、また明日から制作を頑張ろ~!」
たくさん買い込み意気揚々と宿へ戻ると、商業ギルドから指名依頼の手紙が届いていた。
部屋で内容を確認する。
「これって、オリビアさんが言っていた追加の髪留めの件だよね?」
⦅たぶん、そうだね⦆
「きっと、急ぎだよね?」
⦅……たぶんね⦆
「商業ギルドは……まだ開いているね」
⦅……そう…だね⦆
私とミケは食料をテーブルに置いたまま、無言で部屋を出る。
夕食もお菓子も、食べられるのは当分先になりそうだった。
◇
翌日、私は朝から髪留めの制作に取り掛かっていた。
昨日商業ギルドで指名依頼の詳細を聞いたところ、やはり同じ依頼人からだった。
前回は女の子用だったが、今回は大人の女性用で、デザインはバラを指定された。
バラは花のモチーフとしては定番で、とても見栄えが良い。
シルク糸で作れば、素敵な作品が出来上がるだろう。
花の色は赤系、青系、黄色系の三種類で、三つの髪留めを作ることになった。
レース編みで、ややうねりのある細長いレースを何本も作っていく。
それをクルクルと巻いていくと、立体的なバラの完成だ。
バラは何度も編んだことがあるし小花なので、そう日にちがかからずに作り終える。
色のバランスを見ながら花と葉を配置して縫い留めれば、髪留めの出来上がり!
朝露に濡れたような光沢のある花弁がとても綺麗だ。
これなら、きっと満足してもらえるはず。
納期までにはまだ時間があるが、すぐに納品をしておいた。
依頼品でバラを作ったので、商品にも反映しておく。
原寸大くらいのバラのモチーフを編み、コサージュを作ってみた。
ただし、こっちの世界に安全ピンはないから、ただのピンで留めるものだけど。
服だけでなく、帽子に付けても可愛いと思う。
部屋に籠って作業に没頭していたら、今度は冒険者ギルドから呼び出しを受けてしまった。
先日、大型のレイククロコダイルを討伐したことでランクが上がり、ギルドカードの更新をしたいとのこと。
そう、私はBランク冒険者となったのだった。
◆◆◆
ナウリム辺境伯ことフランツ・ナウリムは、三十代半ばの中肉中背の男だ。
茶色がかった金髪に赤褐色の瞳は亡き祖父譲りだが、筋骨隆々だった祖父や父に体格は似ず、どちらかと言えば華奢な体つきをしている。
自身も事務官寄りだと自覚しているように、辺境伯家に生まれながらも武勇には秀でていなかった。
その代わりに、事務方仕事は得意であるが。
フランツには、妻と息子と娘がいる。
十四歳の息子は辺境伯家を継ぐべく跡取り教育の真っ最中で、十歳となった娘は王立学園への入学を控えていた。
一つ年上の妻は腕の立つ元女戦士で、そこを父に見込まれナウリム家へ嫁いだ経緯がある。
妻は今も鍛錬を怠らず、日々体を鍛えている。
普段は貴族令嬢らしいお淑やかで貞淑な女性だが、怒らせるとかなり怖い。
そんな妻の機嫌を、フランツはつい先日損ねていた。
◇
フランツの執務室の机には、つい今しがた届いたばかりの箱が三つ並んでいた。
その一つを手に取る。
中身を確認しているフランツの隣にいるのは、息子のルークだ。
彼は、妻マリーの機嫌を損ねる原因を作った張本人でもある。
「父上、母上の髪留めの出来栄えはいかがでしょうか?」
「とても素晴らしい! これなら、マリーも機嫌を直してくれるだろう」
父の言葉に、息子もホッと胸をなでおろす。
ルークは、妹の入学祝いに相応しい商品を探していた。
両親がドレスを贈るため、自分は小物で良き物はないか、商業ギルドへ依頼をしていたのだ。
そして、ギルマスのハリーが持参したのは、ルークがこれまで見たこともない商品だった。
糸で立体的な造形を作る技術は見事で、このナウリム領の特産品であるマルベリーシルク糸で制作するというハリーからの提案は魅力的だった。
マルベリーシルクは蛾の魔物の幼虫が出す糸で、滑らかな手触りと艶のある光沢が特徴だ。
長らく貴族御用達だったのだが、近年とって代わるものが登場する。
それは、ダンジョンの奥で見つかった新種の魔物シルクスパイダーだった。
繫殖に成功した他領が販売を開始し、圧倒的な生産力であっという間にシェアを奪われた。
シルクの手触りと光沢は勝っているのに、価格の面で負けてしまう。
不振にあえぐ地場産業を何とかしようと、フランツもルークも日々頭を悩ませていた。
この新技術があれば、マルベリーシルクの特徴を活かした商品が生産できる。
スパイダーシルク糸に対抗してマルベリーシルク糸を安く売るのではなく、付加価値を付けて高く販売することができるのだ。
髪留めの意匠は、ナウリム家の家紋にも使用されているマルベリーにした。
そして、数日後に納品された髪留めは、想像以上の出来栄えだった。
事前に髪留めを確認したフランツは、あまりの美しさに感嘆のため息をもらす。
領地のことをしっかりと考えている息子の成長が眩しかった。
娘が学園でこの髪留めを身に着ければ、他の生徒の目を引くだろう。
意匠を見れば、マルベリーシルク製だとすぐにわかる。
起死回生の一手となることを期待した。
夕食の席で、息子から娘へ髪留めが手渡される。
目を輝かせて喜ぶ娘の姿をフランツがニコニコしながら眺めていたら、妻からの鋭い視線を感じた。
『なぜ、わたくしの髪留めがないのですか?』
妻の目が、そう言っていた。
◇
フランツは夕食まで待たず、お茶の時間にさっそくマリーへ手渡す。
妻と娘は来月、入学のために王都へ向かう。
それに間に合って良かったと、心から思う。
バラは、マリーが一番好きな花だ。
どんな色の衣装にも合わせやすいよう髪留めを三種類用意したという夫の話を、妻はにこやかな笑顔で聞いている。
この様子なら、お茶会の席で必ず身に着けてくれるだろう。
母子共々、ぜひマルベリーシルクの良さを王都で広めてもらいたい。
本当は色の好みがわからず、これ以上機嫌を損ねないよう全ての色で作らせたのだが、フランツはそんなことはおくびにも出さない。
こうして、ナウリム家に平穏な日常が戻ったのだった。




