第10話 救助
叫び声に、私も慌てて飛び起きる。
⦅リサ、対岸へ移動して!⦆
「了解!!」
飛行で、声のしたほうへ向かう。
駆けつけると、冒険者らしき男性二人がレイククロコダイルに襲われていた。
足から血を流した若い男性を庇いながら、壮年の男性が剣で対峙している。
私たちが討伐した個体よりは小さいが、それでも中型くらいの大きさがあった。
「フィレレース、捕獲!」
壮年男性へ噛みつこうとしたワニをレースで覆う。
身動きができなくなったところに間髪入れずミケが風魔法で首を何度も攻撃する。
レースの中で暴れ回っていたワニは、ようやく動きを止めたのだった。
壮年男性は無事のようだが、若い男性はかなりの重傷だ。
二本分のポーションを患部へかけているが、完治には至らない。
千切れそうになっていた足はつながったが、ケガは治らず未だ出血をしている。
「すぐに治療しますね」
「いや、その……」
「フィレレース、治癒!」
問答無用で治癒魔法を行使する。
レースが若い男性の足全体を覆う。
痛みを必死に堪えていた男性の険しい表情が、だんだん穏やかになる。
そして、気を失った。
「アルク、大丈夫か!」
「心配いりません。眠っているだけですので」
息があることを確認した壮年男性は、ホッと息をついた。
ケガ人を地べたに寝かせたままなのは申し訳ないので、壮年男性にお願いしてレースの上に移動してもらう。
「私はランディという。仲間をアルクを助けてくれて感謝する」
ランディさんは、深々と頭を下げた。
「私は理沙です。こっちは従魔のミケ。ランディさん、どうかお気になさらず。困ったときはお互い様ですから」
「今は手持ちの金がないが、治療費は町へ戻ったら必ず支払うので少し待ってもらえないだろうか?」
「治療費はいりません。私が勝手にしたことです」
「しかし……」
「でしたら、そのレイククロコダイルを治療費代わりにもらいますね」
やはり、無料で治療というのは受け入れられないようだ。
だから、対価として魔物をもらうことにした。
「その魔物も、討伐した君のものなのだが……」
「こ、細かいことは、いいんです! それより、ランディさんも座ってください。治療には、まだ時間がかかりますので」
遠慮するランディさんを無理やり座らせ、飲み水を差し出す。
彼らはここまで馬で来ていたのだが、草陰から突然現れたワニに驚いて逃げてしまったらしい。
ほとんどの荷物は馬に積んであり、腰に差していた剣と携帯していたポーションだけが残された。
「帰りはどうされるのですか? アルクさんはかなり出血をされていたので、歩くのは難しいと思いますが……」
「おんぶして帰るよ。日頃から鍛えているから問題はない」
いやいや、いくら鍛えているからと言っても、今から徒歩で町へ向かえば夜になってしまう。
また魔物や盗賊に襲われるかもしれないのに危険すぎる。
「私が、町の近くまで送ります」
本当はレースに乗せたまま家まで送ってあげたいんだけどね。
レースを降りてからは、私たちが一緒に歩くから心配はない。
私がランディさんへ告げると、ミケが「ニャー⦅それがいいね⦆」と鳴いたのだった。
◇
私たちはなるべく町寄りの、人目につかないギリギリの場所に降りた。
まだ意識が朦朧としているアルクさんを背負ったランディさんに気づいた検問所の人が、ものすごい勢いで走り込んできた。
皆、二人が無事に帰ってきたことを喜んでいる。
中には、目に涙を浮かべている人も。
二人は、門番たちとは顔見知りなのだろう。
抱き合って喜ぶ微笑ましい彼らの様子を横目に、私とミケは静かにその場を通り過ぎる。
ランディさんに目礼されたので、こちらも軽く返しておいた。
◆◆◆
「ランディ、アルクも無事で何よりだ……」
ナウリム領騎士団長のスベトラは、任務中に行方不明となった部下二人が騎士団本部へ戻ったとの知らせを受け、医務室へ駆けつけた。
アルクはベッドに寝かされており、ランディはかすり傷の手当てを受けている。
治療が終わると、スベトラは人払いをした。
「馬だけが戻ってきたと聞いたときは、嫌な汗が出たぞ」
「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。任務中にレイククロコダイルに襲われてアルクが足に大ケガを負い、馬が驚いて逃げ出しました」
「そんな状況で、よく町まで無事に戻ってこられたな」
「実は、監視対象者…タカナシ殿に助けてもらったのです」
ランディが、今日あった出来事を報告する。
冒険者ギルドからリサの後をつけていたが、途中で空を飛び先に行かれてしまったこと。
後を追いかけ湖に着いたときは、リサが昼ご飯を食べていた。
馬から降りて対岸から監視していたところ、草むらから突然レイククロコダイルが現れる。
アルクが足を噛まれて負傷し、馬は驚いて逃げ出してしまった。
ランディがアルクを庇いながら戦っていたときに、リサが駆けつけてきた。
「魔法であっという間にレイククロコダイルを倒し、アルクに治癒魔法までかけてくれました。彼女が助けてくれなければ、私たちは無事に戻れなかったでしょう」
それから空飛ぶ布に乗って、町の近くまで送ってもらったとのこと。
「本当に空を飛んだのか? 幻影ではなく?」
「はい、間違いありません。この目でしっかりと確認し、身をもって体験しました」
「その……どういう感じだった? 空を飛ぶというのは」
「乗っている布がゆっくりと浮上し、森の木々の高さくらいで止まりました。それから前へ進んで行きます。馬よりも遥かに速いですが、ほとんど揺れません。風魔法で調整をしているようで、向かい風はそよ風程度です。目的地に着いたら止まり、下降して地面に下りました」
「なるほどな……実に興味深い」
報告を聞き終えたスベトラは、真剣な表情を向ける。
ランディは姿勢を正した。
「監視対象者と接触したおまえに尋ねる。彼女は、デール帝国の間者だと思うか?」
「いいえ、私はそうは思いません」
ランディは、きっぱりと答えた。
「タカナシ殿には、後ろ暗い様子はまったくありませんでした。間者であるならば、何かしら陰のような気配を感じるのですが」
「ただの魔法使いにしか見えない、か」
「はい。それに、自身の手の内を隠している様子がありません。治癒魔法や飛行魔法は切り札とも言えるものです。それを、初対面の私たちの前で隠すことなく使用しました。たしかに、移動方法に関しては口止めをお願いされましたが、それだけです」
リサの治癒魔法も、ポーションでは完治できなかったケガを治してしまうほどの強力なものだった。
これだけでも、サイエル王国で宮廷魔導士として迎えられる実力が備わっているとランディは断言する。
「今まで出仕していなかったのは、本人に興味がないからなのか。それとも、己の実力を理解していないからなのか……」
「とにかく、タカナシ殿と敵対するのは得策ではありません。友誼を結び、可能であればナウリム領へ取り込むことを進言いたします」
そう言って、ランディは報告を終えたのだった。




