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レース編みは万能でした~女神の使徒? 私は飼い猫の異世界召喚に巻き込まれた、ただの飼い主ですよ?  作者: ざっきー
第一章 異世界召喚からの新生活は、波乱の予感

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第1話 異世界召喚


 気づいたら、私、高梨理沙(タカナシリサ)は見知らぬ白い部屋にいた。

 

 ついさっきまで、自宅の居間でオーディオブックを聴きながら趣味のレース編みをしていたはずなのに。

 状況が全く理解できない。


 膝の上には、いつものように飼い猫のミケが昼寝をしていて、それから……


 一生懸命記憶を手繰り寄せていると、足元がスッと擦れた感触がする。

 見ると、ミケがこちらを向いて座っていた。

 ミケは白い毛並みと金色の瞳が美しい雄猫で、同居していた祖母が引き取ってきた保護猫だった。

 ちなみに、白猫なのに名前がシロではなくミケなのは、高梨家の初代飼い猫が三毛猫で、その名を代々引き継いでいるからと祖母が言っていた。


 ひとまず、大事な家族が一緒だったことにホッとする。


「ミケちゃん」


 しゃがんでミケの頭を撫でる。

 私が呼びかけると、いつもなら「ニャー」と可愛らしい返事をしてくれる。


 ところが、今日は違った。


⦅リサ、ごめん! ボクの召喚に巻き込んでしまったみたいだね⦆


「!?」

 

 第一声が、まさかの人語だった。

 突然のことに、私の頭は停止(フリーズ)した。


⦅おーい、リサ。ボクの声が聞こえている?⦆


「……ミ、ミケちゃんが喋ってる!」


 頭は再起動したが、理解が追いつかない。

 パニックを起こした私は、その場にへたり込む。

 目の前に、心配そうにこちらを見つめるミケの顔があった。



 ◇



 しばらくして落ち着きを取り戻した私は、ミケから説明を受けていた。


「───えっと、つまりミケちゃんは猫ではなく実は聖獣?で、召喚魔法で異世界に呼び出された。それに私が巻き込まれたってことで合ってる?」


⦅うんうん、合ってる⦆


「ミケちゃんを召喚したのは某帝国で、いま私たちがいるのはあっちの世界と異世界の狭間にある場所。ここで私は、女神様から異世界で生きていくための『スキル』をもらった、と」


⦅ボクが女神様と交渉したからね。「くれなきゃ、言うことを聞いてあげないよ!」って言ったんだ⦆


「女神様と交渉できるなんて、ミケちゃんはすごいね!」


⦅だって、そもそもこの事態を引き起こしたのは女神様が昔……⦆


「昔?」


⦅ううん、なんでもない! それにしても、リサはあちらの世界でラノベを読んでいただけあって、理解が早いね⦆


 ミケは尻尾を私に擦りつけてきた。

 これは、機嫌の良いときのミケの癖だ。


「でもさ、いくらラノベを読んでいたからといっても、この状況をすべて理解したわけじゃないよ? 異世界のことなんて、わからないことも多いと思うし……」


⦅大丈夫! ボクが、これからいろいろと教えてあげるから⦆


「私がこの世界で頼れるのはミケちゃんだけだから、ホントお願いね!」


 元の世界には戻れないそうだから、私は異世界で生きていくしかないのだ。

 物心がついた頃からずっと祖母と二人暮らしだった私には、祖母亡き後、家族といえばミケしかいない。

 ミケが一緒なら、きっと異世界でもやっていける。


 あっちの世界では、趣味のレース編みで作った小物を手芸品を扱うサイトに出品したいと以前から考えていた。

 せっかくだから、同じようなことをこちらでやりたい。

 私の商品を取り扱ってくれる商店へ販売を委託し、趣味と実益を兼ねたのんびり異世界スローライフを目指すのも悪くない。


⦅ボクに任せて! じゃあ、異世界へ行く前に、魔法の練習だけはしておこうか?⦆


「それって、女神様がくれたスキルのこと?」


⦅うん。リサに魔法を行使してもらわないと、召喚先から楽に逃げ出せないからね……⦆


「召喚されたのに逃げるの? そんなことをして大丈夫?」


 ラノベでは、召喚獣が逃げられないように契約で縛る描写があったと思うけど……


⦅問題ないよ。だって、本当はボクじゃなくて別の子が召喚されるはずだったんだから⦆


「えっ、そうなの!?」


⦅女神様が、ボクをこちらの世界に呼び戻すために強制介入……まあ、とにかく、リサは何も気にせず魔法のことだけを考えてくれればいいからね!⦆


「う、うん……」


 そこはかとなく不安が募る。

 でも、私はミケを信じて頑張るしかないのだ。



 ◇◇◇



 目のくらむような眩しい光がようやく収まる。

 恐る恐る目を開けると、周囲に大勢の人がいた。


 魔法使いのようなローブを羽織った人たちの後ろには兵士たち。

 さらにその奥に、豪華な衣装を身に纏った貴族らしい人たちの姿が見える。

 彼らの髪色はカラフルで、まさにラノベの登場人物たちそのものだった。


 周囲を見渡すと、白い大理石のような柱がいくつも立ち並んでいる。

 まるで、ギリシャのパルテノン神殿のようだ。

 きっとここは、神聖な儀式を行うための場所なのだろう。

 足元にも同じような大理石の床が広がり、大きな魔法陣が描かれた布の上に私とミケは立っていた。

 

「ほ、本物の異世界だ……」


 本当に来てしまったと、少し興奮してしまう。

 


「おい、大型獣ではないぞ! どう見ても猫ではないか!!」


「どういうことだ! なぜ人までいるのだ? 召喚は成功したのではなかったのか!!」


「……ちょっと待て! 伝承に『(まだら)の眷属を従えし黒髪の乙女』とあったな。あの女子(おなご)も、もしかしたら伝説の──」


 人々が私たちを指差しながら、口々に叫んでいる。

 異世界人の言葉がすんなり理解できるのは、ラノベのお約束だろう。

 

 この異様な雰囲気の中、私はミケから与えられた使命を果たさなければならない。

 ミケが「ニャー」と鳴くと風魔法で神殿内に突風が吹き荒れ、周囲はしんと静まり返った。

 私は口を開く。


「我々は、女神ミューゼにより遣わされた使徒である」

 

 これは作り話ではなく、本当の話だ。

 本来であれば聖獣のミケが直接伝えるべきことなのだが、ミケの言葉を理解できるのは私だけのようで、他の人たちには「ニャー」としか聞こえないらしい。

 つまり、私はミケの通訳をしているのである。


「其方らは女神との契約を破った。ならば、伝えるべきことは、ただ一つ。『召喚魔法は、今後一切行使を認めぬ』」


 私がそう告げると同時に、ミケがまた「ニャー」と鳴く。

 火魔法で魔法陣の布に火が点いた。


 炎は青白く、瞬く間に布を焼き尽くしていく。

 でも、ミケが行使した魔法だから、私たちに害を与えることはない。

 もちろん、周囲に燃え広がることも。


 魔法使いたちが慌てて水魔法で消火しようとしているが、残念ながら消すことはできない。

 この青白い炎は聖火だから。


⦅リサ、行こうか⦆


「うん」


 役目を終えた私たちは、周囲に悲鳴や哀願が飛び交う中をそそくさと退散する。

 

 この帝国は、以前から召喚獣を使役しては周辺国にちょっかいを出すことをしていたらしい。

 それが女神様との契約を破ることになり、今回の措置となった。

 魔法陣を焼失させてしまえば、もう二度と召喚魔法は使えないとのこと。


 この国の皇子だろうか。

 豪奢な服を着た若い男性が「あの者は聖女だ! 絶対に逃がすな!!」と叫んでいるけど、私は飼い猫の召喚に巻き込まれた只の飼い主ですよ?


 若い男性の命令に、誰一人として動く者はいない。

 神罰が下ると騒ぐ者。女神へ許しを請う声も聞こえる。

 燃え盛る炎の中を平然と歩いている私たちは、どう考えても人ならざる者にしか見えないからね。

 

 女神様の使いを捕まえようとする人がいなくて良かったと思う。

 もしいれば、私が魔法を行使する必要が出てしまうから。


 妨害もなく神殿の外に出ると、丘の頂上だった。

 下った先に大きな町が広がっているから、あそこが帝都なのかもしれない。

 空を見上げると日が真上にあった。まだ、お昼ごろだろうか。


「ミケちゃん、とりあえずどこへ行くの?」


⦅そうだね、リサが暮らしやすそうな国は……サイエル王国かな。温暖な気候で政権も安定している。この国と違って周辺国との争いもない。ただし、魔物はいるけどね⦆


「それはどこの国も同じでしょう? じゃあ、ミケちゃんお薦めの国へ向かって出発!!」


 私はさっそく、教えてもらったばかりの魔法を行使する。

 手のひらに現れたのは、レース編みで使用する『レース針』というかぎ針だ。

 持ち手部分まですべてが銀色に光り輝き、針の先は細くかぎ針状になっているもの。


「フィレレース、飛行!」


 『フィレレース』とは、魚網のような網目に模様を施したレースのことだ。

 魔法で編み出された真っ白なテーブルクロス大のレースが地面に広がり、中央には簡易的なヘリコプターの模様が浮かび上がる。 

 

 魔法を行使するにはイメージが大事だと、ミケが言っていた。

 だから私は、空を飛ぶ乗り物を頭に思い浮かべた。

 空を飛ぶ乗り物といえば真っ先に飛行機を想像してしまうが、ここには滑走路となるような道がないためヘリコプターを選択した。


 私とミケがレースの上に座ると静かに浮き上がり、ゆっくりと高度を上げていく。

 飛行音はまったくない。

 ある程度の高さまで上がったら空を進み始めた。

 まるで空飛ぶ絨毯(じゅうたん)のようだ。


⦅ボクが風魔法で空気の壁を作るから、スピードが出ていても大丈夫だよ⦆


 一般道を走る自動車くらいのスピードだろうか。

 それなりに速度が出ているのに、心地良いそよ風が頬をなでていく。


⦅このまま、真っすぐ南下していけばいいからね⦆


「わかった」


 下を覗いてみると、人々が空を見上げて騒いでいる。

 驚かせてごめんなさい!と謝っている内に、あっという間に町を越えていく。


「そういえば、皇子っぽい男の人が私を「聖女だ!」って叫んでいたけど、あれもラノベの定番だよね」


 召喚された女性はみんな聖女にされてしまう、お約束展開だ。

 

⦅……今から百年ほど前、この国には聖女がいたんだ。リサと同じ黒髪・黒目のね。だからじゃないかな⦆


「へえ、実在の人物だったんだ。もしかして、その聖女様も異世界召喚された人だったりして……」


⦅ま、まあ、リサが気にすることはないよ。さて、まだまだサイエル王国には着かないから、ボクはお昼寝でもしようかな⦆


 ミケはいつもの定位置、私の膝の上で丸くなった。

 私も、いつものようにレース編みを始める。

 あっちの世界から趣味道具も一式転移されたらしく、私のアイテムボックスに収納しておいたと女神様が言っていたとのこと。


 ありがたい配慮に感謝しつつ、制作を続ける。

 私がいま作っているのは、小さな花のモチーフだ。

 それをたくさん作り、紫陽花のように纏めてブローチにするつもりだった。

 でも、土台にする部品はまだ購入しておらず手元にはない。

 当然、異世界では手に入らない。


 どうしたものかと悩んでいると、ミケが体勢を変えた。


⦅……リサ、ちょっと日差しがキツイから、傘をさしてくれない?⦆


「うん。フィレレース、遮光!」


 魔力量が多いと、魔法の同時発動も可能なのだとか。


 傘模様の付いたレースが頭上に広がる。

 透光性のあるレースなのに、きちんと日傘の役割を果たしてくれる。

 より快適になったレースの上で、私は一心不乱に編み物を続けたのだった。





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