贈り物
その日は、オーカを連れての依頼だった。
いつもと変わらない、俺達の日常。
……オーカと出会ってから、もうだいぶ経つ。
お互い助け合って生活し、気付けば俺達は大人になっていた。
ふと、考える事がある。
俺がオーカと一緒に居るのは、命を拾い上げた者としての責任感、もしくは、オーカが自分にとって都合の良い存在だからなのではないか……ということ。
そしてそれは、果たして本当にオーカにとっての幸せなのか……ということだ。
はっきり言ってしまえば、責任という意味なら、俺はとっくにそれを果たしているだろう。
俺はつい未だに彼女に世話を焼いてしまうが、彼女ももう弱くない。1人でだって生きられる。
つまり俺が付きっきりになる必要性は、もうないのだ。
確かに俺の体質的にも、俺にオーカが必要というのはそうだ。でも、それで彼女を縛るのは……良いことなのか?
オーカには俺と違って帰るべき国があって、産んでくれた親が居る。彼女の幸せを思うなら、帰してやるのが一番だと思うし、オーカも……もしかしたら帰りたいと思っているのでは無いのだろうか。
なあなあで許してしまったが、オーカが"傭われ"として現場に出るのも……もしかしたら、俺に無理して気を使っているからだと……そう思ってしまう事もある。
……今の俺には、充分過ぎる程の金がある。体質の件も、ドクターに相談すればどうにか出来なくも無いだろうから、オーカがいなくても、俺は別に死にはしない。
やろうと思えば、俺は今すぐにでもオーカを帰してやれる筈なのだ。
しかし……俺はどうもそうする気にはなれなかった。
俺は……何がしたいのだろうか。
オーカは……俺にとってなんなんだろうか。
──────────────────
カグサメ・レイラ 14:00
荒廃都市 市街地帯 廃工場
──────────────────
今回の依頼は、とある人物に盗難された薬品の回収。ついでに、出来れば薬品を盗んだ犯人を抹殺してほしい。というもの。
ソイツは元々、エクセラ傘下の研究グループ、"アルカナ先進技術研究所"、その薬品関連の研究チームに所属していた研究員だった。
しかしある日突然、ソイツは同じチームのメンバーを自らの薬品の実験体にして殺害するという事件を起こしてしまう。
どうやら前々からそういうヤツだったらしい。手口は手慣れていて、発覚した頃には既にチームで研究していた試作品を持ってトンズラ……
しかし今回ようやく居場所を突き止めたので、事件のツケを払わせるべく、アルカナ研からの依頼が俺達に回ってきた……そういうことだった。
………………
────パァン!
……俺は標的の頭に銃弾を叩き込む。
標的は頭から血を吹き出して、バタリと倒れ込んだ。
「……死んだ?」
「頭に入った。さすがに死んだろ」
「……で、アイツの抱えてるあのケースが例の目標……で良いんだよな」
オーカが倒れた男の側に駆け寄り、ソイツの持っていたケースを奪う。
そして、中を確認する。
「……うん。オッケー。これが目標で間違いないね」
「よし、じゃ帰るか」
……今思えば、ここでちゃんともう2、3発頭にブチ込んでおけば良かったと思う。
今回の依頼では、犯人の殺害はあくまでついで。
追加報酬もかなりしょっぱかったので、今回は目標だけ回収したらとっとと帰るつもりでいたのだ。
「ところで、その中身って何の薬なんだ?」
「ん~、どうやら興奮剤の一種らしくてね」
「たとえ瀕死状態の人間でもこれ1本使えば一時的に超元気に動けるようになるんだって」
「……ま、副作用もすごくて、効果が切れると気絶するし、本当に瀕死の人間に打つと作用に耐えきれなくて死ぬらしいけど」
「なんだそりゃ……凶悪なエナドリかよ」
"傭われ"となってからそれなりに日も長く、慢心していたのも、あったんだろう。
俺達が雑談しつつソイツに背を向け、出口へと歩きだしたその時だった。
────バァァン!
一瞬の浮遊感と、意識が飛ぶような痛み。
下を見ると、俺の体からは血が滴っている。
「なっ……がはっ……!」
息が苦しい。上手く呼吸が出来ない。
じきに足腰にも力が入らなくなった。俺はその場で倒れ込んでしまう。
「レ……イラ……?」
「レイラ……!?レイラ……──ッ!」
「嘘……!?何で生きて……!」
何が……何が起こった……?
オーカの声が遠く聞こえる。
頭が働かない。
「……へへへへ…………」
「ツイてるなぁ……俺は……」
「頭に一発入っても生きてるなんてなぁ~~っ……」
「お前……!お前ッ……!!!」
「殺してやるッ……!よくもレイラを……!」
そこでようやく状況を理解した。
俺は……撃たれたようだ。
それも、さっき殺した筈の男に。
撃ち込まれたのはかなり威力の高い弾丸のようだった。
クソッ……まさか……ウソだろッ……!
「あッ……ぐっ……ガハァッ……」
俺は地面に這いつくばりながら呻き声を上げた。
「レイラ……!」
「ヘヘヘッ……!」
「……ッッッ!!!」
────パァンパァンパァン。
乾いた破裂音が響く。
オーカの銃声だ。
「グハァッ……!アッ……」
────バァァン!
────カァァン!ガコン!……
男の銃声も響く。しかしそれは天井に向けて飛んでいったようだ。
男が倒れ込む。
────パァンパァンパァンパァンパァンパァン。
しかしオーカの銃声は止まない。
ひたすらに、倒れたソイツに向けて何度も弾を撃ち込んでいる。
……そしてひとしきり撃ち終わると、オーカは俺の肩を掴み叫ぶ。
顔は涙でグチャグチャになっていた。
「レイラ……!レイラ……!」
「しっかりして……!今回収ドローン呼んでるから……!帰ったら先生が治してくれるから……!」
「だからお願い……!死なないで……!死なないでよおっ……!」
────ギィィィッ…………
……なん、だ……?
「何か……!何かないの……!?」
遠くなっていく聴覚の中、俺は何かの音を聞いた。
鉄の軋む音。何か、不穏な気配を感じる……!
辺りを見回すと、そこにあったのは──
──プラプラと揺れ動き、今にも落っこちてきそうな鉄骨だった。
俺は、誰かと通信しながら辺りを漁り回るオーカに向かって叫ぼうとした。
「……う……えだ……」
「どうしようどうしよう……!血が……!血が……!」
「上を……見ろ……」
「あの薬って……で、でも今のレイラには……!」
しかし上手く声が出ず、彼女の耳には届かない。
マズい……!丁度あいつの真上だ……!ああクソッ、クソッ、クソッ!
「上……だっ……!オー……カッ……!」
「えっ───?」
「逃げ……ろォォ!」
────ガァァァァン!
その鉄骨は、とうとう落ちてきてしまった……!オーカ……!オーカは……!
「ああああああああああッ!!!!!」
オーカの絶叫が、耳をつんざく。
「オー…….カァァァ……ッ!!!」
ああっ嘘だ……!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ……!
どうやら鉄骨はギリギリ急所には当たらなかったらしい。
しかし……それは代わりに彼女の左腕を下敷きにしていた。
「いだいいだいいだいいだいぃぃぃッ……!!!」
「あああああッぐううううっ!!!」
「クソォッ……グッ!あぐッ……!オーカ……ッ!」
骨が折れ、肉が潰れる音。
いつもなら俺の敵が出していた音だ。でも、今は、オーカがそれを出していた。
これ程不快な事はなかった。
何をしているんだ俺は……!
腹に穴空けた程度で寝てんじゃねぇ……!
動け……!動けよ……!
お前の大事な人が……死んでも良いのか……!
辺りを見回すと、俺の側には目標のケースが、その中身をぶちまけて開いていた。
薬品の入った注射器が2本、転がっている。
"これを使えば、たとえ瀕死でも"……か。
俺は這いつくばって行ってそれを手にした。
こうなっては依頼も失敗だ。しかし迷いはない。
俺は力を振り絞り、その注射器を1本刺した。
────ドクン……
それは即効性があったようだ。
心臓が痛み、頭痛がするが、頭は冴えてきていて、体の力も戻ってくる。
しかし……これでは足りない。
どうやら俺の体質のせいで、この薬品の効果も薄まっているらしい。
この際オーバードーズがどうとかなんて言ってられない。俺はもう1本の注射もブッ刺した。
────ドックン……!ドックン……!ドックン……!
俺の心臓は、フルスロットルを超えてレッドゾーンに入った。
あり得ない位の頭痛がするが、意識は明瞭そのもの。
力も完全に取り戻した。これなら動ける……!
「ガッハァ……!」
「……ああ、よし……!」
俺は血をおもいっきり吐き出し、口を拭う。
そして、オーカの元へ、全力で駆け出した!
早く……!早くオーカを助けなければ……!
オーカは既にぐったりしており、顔からも血の気が引いている……!マズい……!
俺はオーカの腕を下敷きにしていた鉄骨を掴むと、それを力一杯持ち上げ、退かした。
グチョッ……という嫌な音。オーカの肉片が、血と骨を伴って糸を引いている。
やはりというべきか、その左腕は完全に潰れて、ちぎれていた。血が止めどなく溢れてくる。
「オーカ……!オーカしっかりしろ……!」
さっきまでとはうってかわって、今度は俺がオーカを介抱していた。
オーカが薄目を開ける。意識が朦朧としているようだ。
「レイ……ラ……」
「あ……良かっ、たぁ……」
こんな時まで俺の心配か……!?
「良くねぇ……!何も良くねぇよ……!」
俺はそこら辺に転がっていた何かのコードを引きちぎると、それをオーカの左腕に巻き付けキツく縛った。多少でも血を止める為だ。
「ああっ……うう…………」
呻き声ももう弱々しくなってる。急げ急げ急げ……!
俺はオーカを抱えると、全力で走りながらドクターに緊急で通信を繋ぐ。
先に口を挟んだのはドクターの方からだった。
「えっ……レ、レイラ君……!?オーカちゃんは……!というか君、撃たれたって……!」
「俺なんてどうでも良い!オーカがヤバい!左腕が丸々潰れちまった……!」
「急いで手術の準備をしてくれッ!すぐに帰る!」
ドローンの回収ポイントまで向かう中、俺は今更ながら、ようやく自分の気持ちに気付いた。
本当に、なんて馬鹿野郎だ。
責任だとか、都合が良いからとか、そんなもの、とっくにどうでも良かった筈だろうが。
俺の、俺の願いは、ただ1つ。
頼む……頼むから……!
死なないでくれ……!オーカ……!
お前は俺の……!たった1人の大切な人なんだ……!
頼むから、逝かないでくれ……!
俺を……1人にしないでくれッ……!
──────────────────
数日後 カグサメ・オーカ 20:00
ウーシェンズ・バベル レイヴンズネスト
──────────────────
「…………んん……」
あたしは目を覚ます。
………んん?何処だろう。
意識も視界もぼやけていて状況が把握出来ない。
誰か……側にいる……?
「────!」
「──────!」
……何を言っているんだろう。
その人は、何か言いながらどこかへ行ってしまった。
…………しばらくすると、だんだん意識も視界も拓ける。
見覚えのある天井、充満する薬品の臭い。辺りはカーテンの壁で囲まれている。
どうやら……ここはロマシュカ先生の診察室のようだ。
あたしはベッドに寝かされつつ、点滴を打たれていた。
……えーっと、何がどうなったんだっけ……
記憶がぼんやりする。
とりあえず、側の棚に置いてあったあたしの眼鏡を取ろうと、あたしは左腕を伸ばす────
「…………」
「……えっ」
しかし、伸ばした左腕は無かった。
肘より少し前からは、空白しかなかったのだ。
「あっ……そうだ。そう、だった」
そこであたしはようやく記憶を取り戻す。
そうだ。あたしの腕……潰れちゃったんだ……
想像を絶する痛みだった。あれを通過して今に至っている事を、不思議に思う程の痛み。
背中がサーッとなる感覚。
これから、私の腕は、一生……
「…………」
「…………あっ……!」
あたしは、更なる記憶を取り戻した。
それは、自分の左腕なんてどうでも良くなる程の、大事な記憶。
「そうだ……レイラ…………!レイラは──」
────シャーッ。
突然カーテンが開いた。
カーテンを開けたのは──
「ハァッ……!ハァッ……!」
「オー、カ……」
レイラだった。
息を切らし、目を丸くして、私の顔を見ている。
ああ、そうか。レイラは無事だった……良かった。
「ああ……!レイラ、体は──」
あたしの言葉を待たずして、彼がこちらに歩み寄る。
そして……
「へっ?えっ、ちょっ……」
あたしをぎゅっ、と抱き締めた。
「……ーカ……」
「オー……カ……!オーカ……!ああっ、ううっ……!」
「良かった……!良かったッ……!ああっ、本当に……!うあああっ……!」
えっ!?ウソっ、泣いてる……!?
初めて見る彼の姿だった。
彼と出会ってからの長い年月の中で、彼が泣いている所なんて一度も見たこと無かった。
そんなレイラが、今、あたしの胸の中で、ただただ子供のように泣きじゃくっていた。
あたしの胸にすがりついて泣く彼に、声をかける。
「ちょ、ちょっと……!大丈夫……!?」
「……怖かった」
彼の声は、涙でグズグズだ。
「この一週間、俺はただただ怖かった……」
「お前を喪うんじゃないかって……!俺は、もしかしたら独りになっちまうんじゃないかって……!」
「たった一人の……大事な、大事な人と、会えなくなっちまうんじゃないかって、そう、思って……!」
一週間……!?そんなに寝てたのあたし……!?
というか今なんて……!?"大事な人"って……えっ、ちょっと、えっ、えっ!?
あたしの感情は驚愕と喜びとその他諸々で大パニックだ。
こんな状況で惚気るなんて全くバカみたいだが、だってしょうがないだろう。嬉しいものは嬉しいのだ。
彼があたしを想って、本気で心配してくれる。
彼があたしを想って、なりふり構わず泣きじゃくってくれる。
彼があたしを想って、剥き出しの感情を吐き出してくれる。
それが、もう嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだから。
あたしは、右腕1つで彼の頭を包むように抱き、優しく頭を撫でた。
「……ありがと。レイラ」
「大丈夫。もう、大丈夫だからな……」
「ほら、あたしの"ここ"、聞こえる?」
あたしは彼の頭を胸に押し当てる。
「あたしの心臓……ちゃんと動いてる」
「お前のお陰で、あたしは今、生きてるから」
「ううっ……あううっ……」
「だから……もう、安心して良いんだぞ……」
「……ああ。……ああ……」
愛おしい。
とても、とても愛おしい。
こんな彼を見れたのなら、腕の1本位無くなっても良かったとすら思える程に。
あたしの心に、イケない感情が湧いてきた。
それは、真っ黒な母性。
初めて見る彼の姿に、ゾクゾクしてしまう。
……そういえば、今思えば彼の顔はかなり疲れきっていたように見えた。
今でも、血と、火薬の臭いが服についている。
多分、レイラは頑丈だから……腹におもいっきり穴を空けていたのに、もう仕事に出ていたのだろう。
どうしてかはわからないけど……でも、あたしの為だという確信はあった。
あたしは弱々しく胸の中に収まるレイラに囁く。
まるで、子供を寝かしつけるような……そんな、優しい声で。
「……お前も……凄く傷付いた筈なのにな」
「きっと、頑張ったんだな……あたしが寝ている間、ずーっと……」
「よーし、よーし。…………せっかくだからさ……今だけでも……ゆっくり休みなよ……」
「あたしが……側に居るからさ」
「……ああ……オーカ……」
「ずっと……側に……」
……しばらくして、彼はあたしに突っ伏すようにしてすぐに眠ってしまった。
よっぽど疲れていたのだろう。とても安らかな寝顔だ。
「んふふっ……可愛い……」
彼を愛でて楽しんでいた所、ロマシュカ先生が入ってきた。
「……レイラ君、寝ちゃった……?」
「あっ……うん……えっと……」
……すっかり忘れていた。ここは先生の診察室だ。
「……ありがとうございました。レイラを……助けてくれて。あと……あたしも」
せっかくレイラとの時間を独り占め出来たのに……と、少し残念に思いつつも、ちゃんと礼は言っておいた。
「……ふふふふっ……え~?オーカちゃんも~?」
「……?何がっスか……?」
「いや、聞いてよ~。レイラ君さぁ~、最初起きたときなんて言ったと思う?」
「え……?」
「"オーカはどうなった~!"って……自分だって内臓おもいっきりイっちゃってて絶対安静にしてなきゃダメなのにさぁ、起きるや否やもうベッドからすっ飛んでオーカちゃんの様子見に行ってたからね」
「ここに帰ってきた時もさ、明らかにレイラ君のが重症なのにずーっとオーカオーカって……」
「……よっぽど、大事にされてるんだね」
「へぇ~…………へ、へぇ~…………」
あたしの顔は真っ赤になっていたかもしれない。
そうか、そんなに……
普段あまり積極的には来ないレイラが、そんなにあたしのことを……
「……それにしても、ホーント良かったよ」
「流石に二人を同時に手術すんのはけっこー骨が折れたからさぁ。レイラ君に至ってはなんでまだ生きてんだろうってレベルだったし」
「いや~、アルカナ研の新薬サマサマってね!まあアレの弁償には結構お金かかったっぽいけど……」
「なんにせよ、良かった良かった!」
……突然先生は神妙な顔になる。
「…………うん、本当に、良かった」
「…………大切な人を失うのは……とっても辛いから……」
「キミ達も、そうならなくて良かったよ」
「……"も"?それってどういう──」
あたしはつい彼女に聞いてしまった。
「ああ、えっと私ねぇ、わた、し……ね……」
「…………あ……えっ、と……」
彼女が固まる。
「……大切な……人……?」
「……あれ……そんな人、居た……っけ」
そしてすぐにいつもの調子に戻った。
「……あは、あははは」
「ごめーん、多分なんかの勘違いだったかも。気にしないでよ!」
「ええ…………?」
先生はポリポリと頭を掻きながらその場を去ろうとする。
「……あ」
……そして、すぐに立ち止まった。
「……ん?えっと、まだ何か──」
「……え~っと……まぁ、良いか今は。レイラ君も寝ちゃったし」
「なんでも無いよ!……とりあえず明日にでも検査するからさ、今日の所は二人仲良く寝といてよ」
「んじゃ、お休み~」
そして、彼女は今度こそカーテンを閉め、その場を後にした。
部屋の明かりが弱くなる。
「……ほら、レイラ。そーやって寝たら体痛めるぞ~……こっち、おいで」
「……う…………」
彼はもぞもぞと同じベッドへ潜り込む。
そして、あたしを両腕で抱き締め、顔を胸に埋め、また眠りについた。
あたしも彼を抱き締める。
……しかし、いつもと違って空白感があった。それは勿論左腕の分だ。
あー……これちょっと嫌だなぁ……
ついさっきまではわりかしどうでも良くなってた左腕の件だが、今になって少し気になり始めてしまった。
それに、よくよく考えたらこれじゃあレイラと一緒に仕事出来ない。それは困る。
……ま、なんとかなるか。今はそれよりも……
あたしは子供のように引っ付いて眠るレイラに意識を向ける。
「よーしよーし……んふふふっ……あはっ……」
この状況を楽しむ方が大事だ。うん、間違い無い。
こんなレイラ、多分金輪際見れなそうだし。
あたしは最大限このシチュエーションを楽しんでから、ゆっくりと眠りについた。
──────────────────
翌日 カグサメ・オーカ 10:00
ウーシェンズ・バベル レイヴンズネスト
──────────────────
「……うんうん、特に問題なさそうだねぇ~」
「……片腕無くなってる事以外は……だけど」
翌日、あたしは先生によって検査を受けていた。
どうやら問題無いらしい。良かった。
……レイラは起きるや否や、急いでどっかに行ってしまった。
"楽しみにしてくれ"……って、言ってたけど……なんだろう。
それにしても……
「あーあー……これからどーしよっかなぁ……」
あたしは失った左腕をブラブラさせながらぼやく。
なんだか、無い筈なのに"ある"ような、不思議な感覚がする。
「これじゃあレイラと仕事出来ないよ……」
「ん~……それなんだけどねぇ──」
そこで、誰かがバタバタとこの部屋に転がり込んできた。
「ドクター!これです!持ってきました!」
「お、来たねぇ~」
それはレイラだった。
何かの箱を抱えている。
「なにそれ」
「これはね──」
「ああ、こいつはなぁ……」
レイラは先生の言葉を遮って話す。少し早口だ。
レイラが箱を開く。中に入っていたのは……
「え、これ……」
「そうだ。お前の新しい腕だ」
そこにあったのは、メカメカしい装いをした左腕だった。
見た目は粗めだが、ちゃんと形にはなっている。
「俺が作ったんだぜ」
「まぁ少しでも早く作りたかったからな。突貫工事にはなっちまったが……」
「少なくとも、サイボーグ技術使って作ってるから、腕の代わりとして最低限の機能は備えてある。流石に触覚とか温感センサまでは間に合わなかったが、ちゃんと指の先まで精密に動く筈だ」
「わぁ……」
あたしは感動した。
レイラが作った腕。それが、あたしに……
「あー……そういう訳で」
先生が割り込む。
「取り付け手術は私がやるよ。サイボーグ技術の知識もあるからねぇ~」
「……えっ!?サイボーグもイケるんスか!?」
あたしもあんまり詳しくは無いが、サイボーグ関連の分野は一般的な医療分野とはかなりかけ離れたものだ。
流石にそこまで出来るとは思わなかったな……
「ビックリだよな。調剤も出来るし、外科、内科手術も出来るし……」
「なんなら、精神科とか整体とか……産婦人科もイケるよ~。産む予定があるなら任せな~?アッハハハ!」
「ちょっ……!?いきなり何言うんスかっ!」
「……ドクター、本当になんで闇医者なんか……?」
「へっへっへ~。……じゃ、とっととやっちゃおっか。オーカちゃん、大丈夫?」
あたしの心臓は高鳴った。
レイラの作ったものが、あたしの一部となる。
なんて、素晴らしい。
「は、はい!やりましょやりましょ!今すぐに!」
「おおぅ……乗り気だねぇ~…………じゃ、レイラ君、これ貰うね」
「はい。宜しくお願いします」
「うん。……う~ん、良いね。見た目は粗いけど、やっぱり出来の良い腕だ」
先生は腕をまじまじと調べる。
「さ、じゃ、手術台へど~ぞ~、オーカちゃん」
「はい!……レイラ、待っててね!」
「……ああ」
「……さて、俺も"アレ"の調整すっかな」
……?なんだろう。他にも何か作ってたのかな。
あたしは神妙な顔つきのレイラを尻目に、先生の後を着いていった。
──────────────────
カグサメ・レイラ 10:30
ウーシェンズ・バベル レイヴンズネスト
──────────────────
────カチャカチャ、ギッ、ギッ、カチャリ。
俺はオーカの手術が終わるのを待つ間、バーのカウンターの上に工具を広げて作業をしていた。
弄っているのは……一丁の銃。
オーカの腕と平行して改造していたものだ。
分解された状態で、1個1個のパーツは綺麗に整っている。
「……改めて聞くけどよォ」
同じくカウンターに座っていたおっさん……ジモーニオが話しかけてくる。
「オメェ、正気か?」
「いきなりずいぶんな物言いだな」
俺は作業をしながら答えた。
「そりゃそうだろ。つーか、"バレットアクセラレーター"を注文してきた時点で何を撃つ気だ?って思ってたっつーのに……」
「まさか、スナイパーでもLMGでも無く、ハンドガンに取り付けるなんてな。……どうなっても知らねェぞ……」
"バレットアクセラレーター"。
それは、銃器に取り付けられる改造パーツの1つ。
バレル内部にパルス技術を用いた斥力を発生させる事で、放たれた弾丸を凄まじい勢いで加速させられる装置だ。
つまるところ、どんな銃でもレールガンに出来ちまうパーツ……ってところか。
こいつを取り付けると、そりゃあもう凄まじい火力を得られる。……が、欠点も多い。
まず頻繁に整備しなくちゃならないクセに構造が複雑過ぎて整備が地獄だ。重量もあり得ない位重いし、いざ発砲したらしたで、弾丸が青白い閃光を纏って飛んでいく性質、そして銃声が重く響くような特徴的なものになっちまうせいでとにかく目立つ。
……極めつけは、現代の強力なボディーアーマー相手であっても、人を撃つには余りにもオーバーパワーである所だろうか。
基本的には重機関銃とかスナイパーに取り付けて対物兵器にするのが一般的な運用法だ。
……ま、それでも結局扱いづらいってのが結論だったらしいが。
俺はそれを、普段愛用している拳銃に取り付けていた。
それだけではない。
前々から趣味で開発していたアンチリコイルシステムも組み込む。
そして──
「……しかも、なんだこの弾丸」
「これ……VDの装甲用の特殊合金じゃねぇか。ンなアホ見てぇな重さした弾丸始めてだぜ?本当に拳銃弾の重さかよ……」
──弾丸も専用の仕様にした。
VD用の特殊合金を使用し、超重量の弾丸としている。
超重量を、超加速させてブッ放つ。
この拳銃は、対物兵器並みの火力を持っているだろう。
「……よし、出来た」
俺はパーツを全て組み上げ、銃を持つ。
まだマガジンを入れていないにも関わらず、すごい重量だ。
「おお……やべェなァ……オイ」
「ただいま~……うわ、何よそれ」
そこで、マスター……ラーヴェが帰ってきた。
「お、マスター」
「それ……あんたが最近弄くってたヤツでしょ?なに、出来たの?」
「ああ。これから試し撃ちするところだ」
「へぇ~……ちょっと触らせなさいよ」
「あ?良いけど……気ィつけろよ」
「はぁ?何を──うっ……!」
俺はマスターに組み上げた銃を手渡した。
マスターの腕が、ガクンと下がる。
「おっっっっも……!あんた……これっ……バカじゃないの……!?」
「マガジン抜きでこれって……使えるの……?」
「問題ない。その程度俺にとっちゃまだ軽い」
「っていうか何よこれ……何を……」
「ガハハハ。バレットアクセラレーターだ。ボウズ、俺からから仕入れたヤツを拳銃にブッ込んでんだぜ?」
「それ以外にも色々詰め込んでるらしいがなァ」
「はー……きっしょ……なんてもん積んでんのよ一体……」
マスターは銃を返した。
「隣、借りるぞ」
「ええ、良いわよ。……あー肩イカれちゃうわよ全く……」
「よーし、お前の力作がどんなもんか見せて貰うぜェ?」
俺はおっさんと共に、バーのすぐ隣にあるシューティングレンジに移動した。
………………
的にしているのは、ゼリーで作られた人形。
人体と同等の強度になるように作られた的だ。
「さて……」
俺は銃にマガジンを入れ、スライドを引く。
「おお……こいつはすごい」
ずしりとした感触が手に広がる。
俺は的に向け、銃口を向けた。
狙いを定め……引き金を、引く。
────バギュゥゥンッッ!
その超重量の弾丸は、凄まじい勢いで加速し、的に向かっていった。
青白い軌跡を1本残し、そして、的に当たると──
────グチュパァァァン………!
的は、霧と化してしまった。
その威力に、息を呑む。
反動も想定内だ。これなら連射も容易だろう。
「……うっおおおォ……凄ェ……」
おっさんも目を丸くしている。……サングラスかけてるからわかんねぇけど、多分丸くしている。
「本当にハンドガンで対物兵器の火力出すとはなァ……」
「……よし、これで完成だ」
「マジか?これマジで使うのか?」
「当たり前だろ」
「……なァ……ンでそんなモン作ろうって思ったんだよ」
「……あ?……これは…………」
どうして、か。
「……もう、二度とあんな事は起こさない」
「どんな奴でも、絶対に……一撃で……殺す」
「その為の銃だ。……それに──」
「──どうせ殺すなら、一瞬で死ねた方が良いだろう?」
それは、トラウマの産物だったのかも知れない。
しかし……慈悲でもあったのだ。
「……ククク。まぁ良いんじゃねぇか?ソイツなら頭にわざわざ2発ブチ込まなくて済むだろうしな」
「んで?名前は?」
「は?」
「名前だよ。テメェのかわいい子供にゃあ、ちゃあんと名前をつけてやらなくちゃあなァ」
「……そうだな」
俺は木っ端微塵になった的を見る。
"霧"と化してしまった的を…………
霧、ねぇ。
「"フォグメイカー"、なんてどうだ?」
「……わりとそのまんまだなァ」
「ほっとけ」
良い。これで。
フォグメイカー。どんな奴でも、一撃で、必ず、殺す為の銃だ。
これは、俺のお守りとなる。
「おーい、レイラちゃーん。オーカちゃんの手術終わったわよー」
そうこうしていると、マスターが俺を呼びに来た。
「……そうか。わかった」
俺は腰のホルスターにフォグメイカーを納める。
オーカの……腕か。
オーカには悪いことをした。
ひとえに俺のせいだ。俺が、もっとしっかりしていれば……
せめて……あの腕を気に入ってくれると良いんだが。
息を深く吸って、吐く。
俺はバーへと戻っていった。
──────────────────
カグサメ・オーカ 11:00
ウーシェンズ・バベル レイヴンズネスト
──────────────────
「…………」
「…………わぁ……!」
あたしは、左腕を眺める。
少し粗い見た目の左腕。
感触はない。なので少し不思議な感じがするが、動き自体は普通の腕と遜色なく動いている。
肘から、指の先まで、完璧だ。
レイラの作った腕。それはもう彼の一部といっても過言ではない。
それがあたしの一部として、動いている。
あたしが、彼のモノになっていくような気がしてくる。
「んふふっ……ふふふふふふっ……!」
「ん~~~~~っ……!えへへへっ……!」
あたしは過去最高に浮かれていた。
こうなってはもう本当に腕を無くして良かったとしか思えない。
「ず、ずいぶん上機嫌だねぇ……?」
「そりゃあそーっスよ!だって……!もう……!」
「はぁ~……レイラぁ……レイラがここに……」
そこへ、レイラが診察室に来た。
「……どうだ?ちゃんと動くか?」
「うん!バッチリバッチリ!」
「ほら、ちゃーんと動いてる!んふふっ!ありがと!レイラ!」
あたしはレイラに抱きついた。
ちゃんとぎゅっと出来る。うんうん、これこれ。
「……あ、ああ。そいつは、良かった。……うん」
「今は最低限の機能しか無いけどな。足りないもんは今後少しづつアップデートして機能を付け足していこう」
「うん!うん!」
「後々になれば、生身っぽくすることも出来るし──」
「あ、それは要らない」
「えっ」
せっかくレイラの作った特別な腕なのに……生身に近付けるなんて勿体無い。
あたしは、このままが良い。
「本当に、ほんっとーにありがと!レイラ!」
「これ、すっごく嬉しい!」
「……そうか。そうかぁ……」
「ん?どうかした?」
「いや……なんか……ありがとうな」
「……ん?ん?何が?」
「なんでも無い。こっちの話だ」
彼はあたしを抱き締め返してくれた。
「……久しぶりに、お前の飯が食いたい」
「……んふふ、わかった……じゃ、帰ろっか。な」
「ああ。……本当に……何から何まで……ありがとうございました。ドクター」
レイラが先生に頭を下げる。
「ありがとね、先生」
あたしも、頭を下げた。
「あっはっは、いーのいーの。お二人とも、末永くお幸せにねぇ~」
「もう、先生……」
「はい。ありがとうございます。それじゃ」
レイラ、意味分かってるのかな……
あたしは、レイラと共に久しぶりの自宅へと帰っていった。
……………………
帰り道、あたしはまた左腕を眺めた。
……左腕かぁ……左腕までもかぁ~っ……ふふふっ。
あたしの中に、また1つレイラが増えた。
レイラが似合ってると言ってくれたこのタクティカルグラス。
レイラが特別に改造してくれたハンドガンと、折り畳み式のスナイパーライフル。
今までは、身の回りにあるものばかりだった。
しかし今回は……とうとうあたしの体の一部がそうなったのだ。
あたしが彼に染まっていくのを感じる。
とても、とても、幸せだ。
それにしても、一週間かぁ……だいぶ空いちゃったなぁ……
あたしはレイラに聞く。
「そういやさぁ、一週間1人でどーしてたん?ご飯とか……」
「あー……飯は……特別料理する気力も湧かなかったから、適当な店とかで済ましてたな」
「寝ようにもお前が居ねぇとロクに寝れねぇし、しょうがないから仕事したり腕作ったり……」
「そうだ、家も全然掃除してねぇや。帰ったらやっとかねぇと……」
……なんか、あたしが居ないと本当にダメそうだな。そういうとこも────
「…………あ、でもちょいちょいドクターには助けて貰ったな」
…………ん?
「まぁあの人も結構生活リズム不定期だけど、1、2回だけ面倒見てくれたんだよ」
「飯作ってくれたり、ちゃんと寝られるよう薬出してくれたり……普段アホ程酔っぱらってる割には妙に面倒見良いんだよなぁ……」
…………へぇ。
「……ねぇ、レイラは何食べたい?」
…………はぁ。やっぱり一週間は長かったな。
……今度は、あたしの番。
あたしで、レイラを染める番だ。
空いた時間の分も取り戻さなきゃね。
「え?……そーだなぁ」
「……あ、米食いてぇ。米となんか米に合う奴」
「和食っつーの?あーいうのオーカが作ってくんなきゃどこ行っても食えねぇからさ」
「流石にああいうのが食いたくて食いたくてしょうがねぇよ今は」
「……んふふっ、そーかそーか」
「いやぁ~ずいぶんとあたしの料理がお気に召しているようで、嬉しいですな~?」
「思えば箸の使い方教えたのもあたしだし?やっぱり人は家庭の味ってのを求めてしまう生き物なんだよなぁ~っ、うんうん!」
「……何言ってっかわかんねぇけど」
「まぁ、そうだな。結局の所……」
「お前の作る飯が良い。俺はお前のが一番好きだ」
「毎日作ってほしい」
「んぐッ……!」
そ、そんなド直球のセリフ吐くなんて……!そんなん今まで無かったような……!?
「しょ、しょうがないなぁ~もう~」
「……もうお昼だしな!よっしゃあ腕によりをかけて作るぜー!」
「ほう、楽しみだ……!」
「飯食ったら一緒にゲームやろーぜ?あと貯まってたアニメも消化して────」
あたしは彼を離さない。
たとえそこが地獄であっても、死ぬまで……いや、死んでも側に居つづける。
もうあたしにとっては、彼の隣だけが、帰るべき場所だから。
彼も、そう思ってくれてるかな。
そうだと、良いな。
……これは、あたしの記憶。
あたしの中の、幸せな記憶。
あたしの中で、2番目の"大切"が出来た日だった。




