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"始めて"と"やり直し"

  ──────────────────

   数年前 カグサメ・オーカ 20:00

    荒廃都市 とあるスラム 隠れ家

  ──────────────────

「う"っ!うぇぇっ……!」


突然、酷い吐き気に襲われた。


最近やたらとある光景がフラッシュバックする。


レイラと出逢う前にあたしがされていた"調教"の記憶だ。


──あたしは、普通の女の子だった。


ここより遥か遠い、とてもとても治安の良い国の、一般的な家庭に生まれ育った、普通の女の子だった。


でも……あたしの普通の生活は、突然崩れ去った。


その日は、確かあたしの12歳の誕生日だったと思う。


ママの作る特別なご飯と、パパからのプレゼントを楽しみに、学校から帰る途中。


あたしは、何者かによって誘拐されてしまったのだ。


いきなり目隠しをされ、口を塞がれ、体を拘束されてどこかに運ばれるあたし。


長い長い旅路の果て。……気付いた頃には、どこか知らない国の、知らない施設の中で、知らない人達の数ある"商品"の1つとなってしまっていた。


とても怖くて、とても心細くて……


けれど、あたしを商品と呼んだ人達はそんな事お構い無しだった。


「立派な商品にする為の調教」とかなんとか言って、あたしの事を滅茶苦茶に凌辱していく大人達。


その人達は、あたしの体を触り、ねぶり、汚いものを何度も何度もあたしにぶちまけていった。


……でも、当時のあたしは、それ自体に嫌悪感はそこまで無かった。


いや、というよりも"どうでも良かった"というのが正しいだろう。


あたし以外にも何人か女の子達が居たが、その中には無駄に抵抗した事で薬を打たれまくって壊されてしまった子も居た。


こんなことで彼女達のようにならずに済むのなら、この程度の行為黙って受け入れてれば良いだろう。当時のあたしは、そう、思っていたのだ。


──けれど、今、あたしはその光景を思い出して酷い吐き気に襲われている。


理由は……実は検討がついている。


……"レイラ"。


あたしを助けてくれた男の子。あたしが名付けた男の子。


あたしの大事な、とても大好きな、あたしだけの運命の人。


彼と出会ってから、あたしの地獄は、一気に地獄でなくなった。


パパとママに会いたいという欲を、彼で発散している……と言われれば否定は出来ないかもしれない。


けれど彼に抱く感情は、パパとママへのそれとは全く違かった。


あたしの人生での一番の大切が、彼になった事は間違いないだろう。そして、それはこれから一生変わる事はない。


あたしの彼に対する欲望は、日に日に膨れ上がるばかりだ。


あたしだけを見て欲しい。あたしだけで満たされて欲しい。あたしだけを愛して欲しい。あたしだけを……全てにして欲しい。


彼と触れ合いたい。彼と抱き合いたい。彼とキスをしたい。彼と……もっと先の事をしたい。


……しかし、そう願うにつれて、あたしの、"どうでも良かった"筈の過去が、どうでも良くなくなってきてしまったのだ。


あたしは、人と裸で触れ合う事も、誰かとキスをすることも、その先の事をするのも……全部、全部、既に始めてじゃなくなっていた。


今のあたしには、それがたまらなく苦痛だった。


あたしの始めては、彼に……レイラに、全て捧げたかった。


あたしの特別を全部……奪っていって欲しかった。


けれどそれはもう叶わない。


ただ今のあたしには、あたしの身体は汚い大人達の手によって既に汚されきってしまい、大切なものは全て奪われていたのだという事実。その後悔だけが、今になって襲いくるばかりであったのだった。


「うっぷ……!はぁッ……はぁ」


あたしはすがり付くように、レイラの着ていたジャケットを羽織る。


そして、そこに染み付いた匂いを必死で吸い込んだ。


……こうしていると、レイラがあたしを包んでくれるような気がして、凄く安心するのだ。


しかし……足りない。もっと欲しい。


アイツらなんか全部忘れるくらい、レイラの全てが欲しい。


あたしの膨れ上がった欲望は、とうとう限界を超えて爆発しようとしていた。


「オーカ?どうした?なんかあったか?」


突然レイラが顔を見せた。あたしの異変には気付いていないようだ。びっくりした。


「だ、大丈夫……気にしないで?」


「……?そうか?なら良いが……」


「えっと、どうしたの?レイラ」


「いや……そろそろ寝ようと思ってな。また"いつもと同じように"って……」


ああ……そうか。


……あたし達は、寝るときはいつも抱き合って寝るようにしている。


寒さを誤魔化す為……という意味もあるが、レイラはこうしないとちゃんと寝られないらしい。


あたしとしては、彼とこうできるのは、凄く嬉しい。でも……


彼と密着して抱き合って……彼の匂いを吸い込む……


……これがもう、あたしの欲望をどんどん膨れ上がらせる原因にもなってしまっていたのだ。


「うん……わかっ、た。寝よっか、レイラ」


……今日も、我慢しなくては。


あたしの汚い欲望を、彼の気持ちを無視してまで、ぶちまける訳にはいかないから。


………………


いつものように、彼と密着して抱き合い、1つのソファ、1つの毛布に共に入る。


いつもなら、こうするだけですぐに寝る事が出来た。でも今日はそうはいかなかった。


「……はぁ……はぁ……」


気持ちが昂ってしまって仕方がない。


今すぐにでも、彼を押し倒して、欲望の赴くままに滅茶苦茶にしてしまいたい。


けれどそれだけはダメだ。


彼はあたしにとって、命を救ってくれた恩人でもある。


万が一にも、そんな彼を傷つける事はあってはならないのだ。


ちゃんと……彼があたしを受け入れてくれるその日まで……我慢しなければならないのだ。


「……オーカ?」


そこで突然レイラが囁く。


「やっぱり、何かあったのか……?」


「いやっ、何も無い。何も無いよ……あたしは……大丈夫だから」


あたしは必死でそれを隠す。


「そうか。なら良いんだが……」


「……なぁオーカ。俺は……俺はな?」


「お前が居てくれて、本当に良かったって思ってるんだ」


「……えっ……?」


彼があたしを強く抱き締める。


「お前と一緒に過ごすようになってから、俺の人生は凄ェ良くなった」


「いつもの盗みでも……今だってそうだ。俺のわがままに付き合ってくれる事」


「本当に……感謝している」


「だから……だからな?」


「俺はお前に何か返せるものがあるなら……なんでも返したいと思ってるんだ」


「その為なら……俺はなんだって出来る。どこへだって盗みに入れるし、どんなヤツだって怖くない」


「お前も……もし俺に出来る事があるなら、遠慮せず、俺に言って欲しい」


「俺はお前の為ならなんだって出来る。お前が喜んでくれるのが、俺は何よりも嬉しいから」


「俺が、何でもするから……だから、何でも言ってくれ」


「なん……でも?」


「ああ、何でもだ。約束する」


何でもする。


その言葉を聞いた瞬間、あたしの欲望は決壊した。


「ねぇ……レイラ」


「こっち……見て」


彼があたしの顔を見る。


そして、あたしは彼の唇を奪った。


───んちゅ、ちゅぱ、ちゅぱ、れろ。


浅いキスではない。


深く、深く、彼の全てを味わう様な……濃厚で、甘美なキス。


ああ、やっぱりそうだ。


彼とのキスは、アイツらのものなんか比べ物にならないくらい気持ち良い。


幸せが唇を通して脊髄を走り、脳を満たしていく。


あたしは彼とキスをしながら、彼を押し倒し、その上に覆い被さる形となった。


「──っぷはぁっ…………」


あたしは結局、息を切らす寸前まで彼とキスをしていた。


彼とあたしの間に、唾液の橋が架かる。


「なっ……!?オー……カ……?」


レイラの表情は、驚愕と、困惑と、興奮。それが全て入り交じったような顔だった。


……もしかして、今、何をされたのか、これからあたしが何をするつもりなのか、わかっていないのではないか。


あはっ……そーか……彼は"始めて"なんだ。


あたしと違って、キスも、これからするなにもかもが始めてなんだ。


あたしの昂りは最高潮となった。


あたしの始めてを奪って貰うことは叶わない。


しかし、彼の始めてを貰う事は出来る……それはもう、今のあたしにとって何よりの至福であった。


「ねぇ……レイラ」


あたしは、着ていた服をゆっくりと脱ぎながら、言葉を紡ぐ。


「あたし……あたしね……?凄く汚れてるんだ……」


「あの、汚い奴等のせい。あたし、それが気持ち悪くて仕方がないんだ」


「……お願い、レイラ」


「あたしの全部を、お前で満たして欲しい」


「アイツらなんか全部忘れるくらい、あたしを滅茶苦茶にして欲しい」


「あたしの心も、身体も……全部、ぜーんぶ……」


「お前で、塗りつぶして」


あたしがそう言うと、彼はやはり驚いていた。


しかしすぐに、彼はただ微笑んで静かに頷く。


そして、手を伸ばし、あたしを受け入れてくれた。


ああ、大好き。


好き、好き、好き、好き、大好き。


彼の優しさが好き。彼の眼が好き。彼の心強さが好き。彼の顔も、身体も、匂いも、なにもかも、好きで好きでたまらない。


欲望のままに、あたしは彼を貪った。


何度も、何度も、何度も、何度も。


気を失いそうな程の快楽。そして、幸福感。


彼とあたしの境が、溶けてなくなってしまうと錯覚するほどに、あたしは延々と彼と交わり続けた。


彼の都合なんて考えない、とても身勝手な行為。


けれど彼はただ微笑んで受け入れてくれる。こんな無様なあたしを、許してくれる。


それが、本当に嬉しかった。


もっと、もっと。


あたしは際限なく彼を求めた。


もっと、もっと。


あたしの中が、彼で満たされていく。


もっ、と、も……っと……ぉ……


あたしは自身の限界すらも無視して彼を求め続けた。


最終的には、気を失って、ビクビクと彼の上で這いつくばる無様な姿になりながら、それでも彼を求め続けていたようだ。


……本当に、本当に幸せだった。


あたしの忌々しい記憶は、すっかり彼によって上書きされてしまった。


………………


……いつの間にか、朝になっていた。


まだ身体には昨日の感触が残っている。


ああ……そうか。あたし、やっちゃったんだ──


レイラとあたしは二人とも全裸。それに密着しながら寝ている。


昨日は色々暴走気味だったのでアレだったが、今冷静に考えるとこれはなかなかに凄い状況……


……いや、これ2回目だった。そういや始めてこうやって寝た時は本当にヤバかったっけ……


「……おはよう。起きたか」


そこで、レイラが口を開いた。


彼の顔がすぐ目の前にある。ちょっとドキドキし過ぎてヤバいかもしれない。


「……で、どうだ?気分は」


「……そー……だなぁ…………」


実の所、もうあんな過去なんてとっくにどーでも良くなっていた。


寧ろレイラと会えたなら、そしてレイラとこうする為の知識を得られたのなら、結果オーライとすら思える程だ。


「凄く……良かったよ。……でも、でもね……」


「まだちょっと……完全には忘れられてないかなぁ……って……」


……でも、あたしは少し……嘘をつくことにした。


どうやらあたしという人間は酷く欲深い人間らしい。


あたしの身体は、まだ、全然彼を欲していた。


過去の苦しみは取り除かれ、あたしの彼への願いの半分は叶ってしまったが、もう半分の願い、そして彼への執着は寧ろ酷くなってしまったような気がする。


「……出来れば……今後も何度か……付き合って欲しい……な」


もっともっと、彼と交わりたい。


もっともっと、あたしを愛して欲しい。


彼の全てを、あたしで染め上げたい。


あたしの作ったものだけを食べて育って欲しいし、あたし以外の人間……特に女となんて、絶対に話して欲しくない。


あたしだけに依存して、あたしがいないと生きていけないように────


──いや、やめよう。


あたしはそこで思考を打ち切った。


流石におこがましいが過ぎる。彼をあたしだけのモノみたいにしたいだなんて……


あたしは心の奥へと、その気持ちに無理矢理蓋をしておいた。


「そうか。……良いぜ」


「またしたくなったら……いつでも付き合ってやるからな」


……そうだよ。


こんなあたしには、もったいない程の人間なんだ。


彼への甘えも、程々にしなくては。


「……んふふ~……ありがと」


でも、これくらいなら良いだろう。あたしは彼をしっかり抱き締め、肌と肌の触れ合う感触を存分に楽しんだ。


"始めて"が良かった。それは事実だ。


けれど、彼とのこの"やり直し"も、それはそれで尊い思い出になったと思う。


あたしと彼との、大切な記憶。


この日、あたしは彼と1つになれた。



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