体温
それは、彼女のくれた、安らぎだった。
──────────────────
数年前 カグサメ・レイラ 21:00
荒廃都市 とあるスラム 隠れ家
──────────────────
これは、オーカと出逢ってから、そう遠くない頃の話だったか。
「はぁっ……クソッ……」
「う~っ……さむさむ……」
突然の大雨だった。
今日の盗みを終えた俺達は、びしょ濡れになりながら、隠れ家に帰ってきた。外からはまだ激しい雨音が聞こえる。
「お……おいオーカ……なんか……無いのか……?暖まれそうなのは……」
「う~ん……ち……ちっちゃいコンロなら……でもガス殆ど無いよ……」
「後は……いつも使ってる毛布くらい……かな……」
残念ながら、この隠れ家に暖を取れそうなものは無い。
この地域は年中ずっと寒い。普段なら良くても、こうもビッチャビチャだと体温を持ってかれまくってしまう。
このままではマジで凍死する……!
とりあえず俺は濡れた服を脱いでいき、そこら辺に吊るしてかけておいた。
俺は体をタオルで拭きつつオーカに言う。
「お前も脱いでおいた方が良い。体温持ってかれるぞ」
「えっ……ああ……そーだね……」
彼女は微妙な反応をしつつも、服に手を掛ける。
……あっ、待てよ…………
そこで俺はその事実に気付いてしまった。
そう、オーカは女で、俺は男。流石にこの状況で脱ぐというのは抵抗があるだろう。
俺は彼女から眼を逸らした。
グチョッ……という音を立てつつ、オーカが服を脱いでいくのがわかる。
「……あー。脱いだら……服、寄越してくれ。干しておくから」
「うん……」
俺はオーカの服を受け取ると、それを俺のと同じく干していった。
さて、脱いだは良いが、やはりこれはこれでクッソ寒い。
一刻も早く毛布にくるまってしまいたい所なのだが……
その毛布は、1枚しかない。
俺は頑丈だから、いつも毛布はオーカに押し付けて俺はそのまま寝ていた。
しかし今回はそうもいかない。なんせ服を着ていないのだから、寝られる訳がない。というか永遠の眠りになっちまう。
またしかし、オーカと、それも服を着ていないオーカと一緒の毛布にくるまるというのは……それも色々問題ある。
何よりオーカの気持ちが問題だ。裸の男と同じ毛布で寝るなんて嫌だろう。
でも……しかし……うーん……
そうして色々考えてると、オーカが声をかけた。
「ねぇ……?どうしたの?」
俺は眼を逸らしたまま答える。
「いや……えっと……そうだな……」
「一緒に、寝よ?」
「……はっ──!?」
びっくりするセリフが飛んできた。
俺は思わず彼女に振り向いてしまった。
パンツ以外なにも身に付けていない、殆ど裸と変わらない彼女の体。
とても細く、すぐ折れてしまいそうな小さな体と、色白の肌。
そんな彼女は、毛布を手に、そこに立っていた。
………………
……俺達は結局、二人揃って毛布にくるまり、ソファに座っていた。
この隠れ家で唯一ベッドに出来そうなものだ。これも普段はオーカ1人に使わせている。
「はぁ……やっぱり寒ィな……」
しかしまぁこれでもあまり暖かくはならず、寝られる気配は全く無い。
「ねぇ。良いこと思い付いたんだけどさ……」
突然オーカが囁く。
「やっていい?」
「……ああ。もうこの寒さがマシになるならなんでも良い」
「へぇ、そっか」
彼女が跳ねる様な声色で言った。
一体何を……
「……えいっ」
そう思った矢先、オーカは俺を押し倒して、その体を密着させてきた!
「えっ、ちょっ──!?」
「んふふ~……ほら、ぎゅ~……」
彼女の肌が触れる。彼女の鼓動を感じる。彼女の体温が全身で感じられる。
それはとても……心地よかった。
「……知ってた?」
「人の肌ってね?暖かいんだよ……」
「……そう、とってもとっても暖かくて、気持ちいいものなんだよ……」
彼女はそう言うと、深く息をする。
そう言われて、俺はハッとした。
確かに……これは暖かい。それに彼女の肌は、とても気持ちの良い触り心地だ。
なにより……彼女から香るこの匂い……
ああ、そうか。
あの良い香りは……これだったのか……
俺は思わずその両腕で彼女に抱きついてしまう。
「……んふふ。どう?暖かい?」
「……ああ……凄く……心地良い……」
「凄く気持ち良くて、暖かくて、良い匂いで……」
「まるでお前を全身で感じているみたいで……ずっとこうしてたいと……思うような……」
「……えっ……!?……そ、そうなんだ」
「……ふーん、そう……んふふっ、ふふふふっ」
俺がそう言うと、オーカが強く俺を抱き締めた。
そして体を擦り合わせてくる。
なにやら嬉しそうだが……どうしてだろうか。
まぁ……良いか。
今は最高に気分が良い。もう既に……微睡んできた。
今夜は……ぐっすり……寝られ……そう……だ………
……そうして俺は、降り注ぐ雨音と、オーカの全てを感じながら、今までの人生で初めての"安らかな眠り"へと落ちていった。
…………………………
良い匂い。柔らかく暖かい感触。
そして、光。
……俺はその光によって、目を覚ます。
…………光?
慣れない目覚めだった。目を覚ます時は、いつだって暗い闇の中だったから。
目を開く。
ぼやけた視界の中、そこにはオーカの眼だけがこちらを覗いていた。
じっ、と、俺の両腕の中で、俺を見ている。
「……おはよ」
……どうして、オーカは起きている?
いつも俺が起きた時、オーカは寝ていた筈では……
あれ、っていうか今……何時……?
「もう8時だよ。ちゃんと……寝れたみたいだね。レイラ」
……マジか。
どうりで……頭がすっきりする訳だ。
「俺……そんなに寝れたのか……」
俺は嬉しくなった。
まともに寝られた。ただそれだけの事を、これ程有り難がった日は無かっただろう。
「……ありがとう……オーカ」
「えっ、どうした突然」
「いや……多分、お前のお陰だから」
「お前が居てくれて本当に良かったって、今までで一番思ったから」
俺はなんかもう泣きそうになっていた。
「な、なんか、照れるなぁ…………でも、いーんだよ」
「お前さえ喜んでくれるなら、あたしはそれが嬉しいから……さ」
「なんなら、今後毎日こうやって寝ても良いんだぜ……?」
「そうか?じゃあ、そうして貰おうかな……」
「へっ?本気……?」
「あれ、ダメだったか?」
「いやっ!ダメじゃない!むしろ──」
「……い、いや、うん。大丈夫。レイラがそうしたいって言うなら……あたしは……それが良い」
「そうか」
俺は深い呼吸をする。
オーカの匂いが、肺一杯に入り込む。
たまらなく安心する。
「……なぁ」
……俺は少し彼女に甘える事にした。
「んー?」
「もう少し……このままで良いか?」
「…………んふふ。いーよ」
数年前の、ある日の記憶。
彼女のくれた、安らぎだった。




