第六章:歪む世界と、覚醒の試練
「新たな闇の存在」の胎動を感じた私たちは、学園の裏庭から急いで身を隠した。
しかし、その黒い靄は、空を覆い尽くすように広がり、瞬く間に学園全体を包み込み始めた。
「これは……まさか、もう影響が出ているの!?」
ルミナが不安げに空を見上げる。
「ひいいい! リーゼロット様! 大変です!
私のミスが、予想以上に世界の法則を歪めてしまったようです!
この闇は、世界の『負の感情』を具現化したもので、触れると精神を侵食されます!」
女神ミレイユが、かつてないほど取り乱した声で叫ぶ。
(ポンコツ神様、とんでもないものを生み出してくれたわね!)
その時、学園全体が大きく揺れた。
「きゃあっ!」
ルミナがバランスを崩し、ヴィオレッタがとっさに彼女を支える。
「何が起こっているの!?」
ヴィオレッタが叫ぶと、私たちの目の前の景色が、ぐにゃりと歪み始めた。
学園の時計台が、突然、逆回転を始める。
庭園の花々が、一瞬で枯れては咲き、咲いては枯れるという奇妙な現象を繰り返す。
「これは……時間と空間の歪み!?」
私は、前世のゲーム知識で、それが神様のミスによって引き起こされた「世界のバグ」であることを悟った。
「そうです! リーゼロット様!
この歪みの中で、真の勇者の力を覚醒させねば、闇の存在に太刀打ちできませんぞ!」
女神ミレイユが、切羽詰まった声で告げる。
「ヴィオレッタ様! あなたの力を完全に覚醒させるには、この歪んだ世界の中で、あなたの内なる『闇』と向き合う必要があります!」
私の言葉に、ヴィオレッタは顔色を変えた。
「私の……内なる闇……?」
その瞬間、私たちの周囲の景色が、一変した。
学園の庭園は、突如として、ヴィオレッタがかつて断罪された、あの処刑台のある広場へと変貌していたのだ。
周囲には、私を罵倒する民衆の幻影が、ざわめきと共に現れる。
「悪役令嬢!」「この裏切り者め!」「断罪されろ!」
幻影の罵声が、ヴィオレッタの心を深くえぐる。彼女の顔は蒼白になり、身体が震え始めた。
「やめて……! 見ないで……! 私を、そんな目で見ないで……!」
ヴィオレッタの身体から、制御不能な黒い魔力が噴き出す。
それは、彼女が長年隠し続けてきた、孤独と恐怖、そして「悪役」として生きることを選んだ悲しみが具現化したものだった。
「ヴィオレッタ様! これは幻です!
あなたの内なる感情が、この歪みによって具現化されているだけです!」
私が叫ぶが、ヴィオレッタには届かない。
彼女は、幻影の罵声に囚われ、膝から崩れ落ちていく。
「ヴィオレッタ様!」
ルミナが、ヴィオレッタに駆け寄ろうとする。しかし、黒い靄がルミナの行く手を阻んだ。
「ルミナ殿! 闇に触れてはなりません! 精神を侵食されます!」
女神ミレイユの警告が響く。
(どうすれば……! このままでは、ヴィオレッタが闇に囚われてしまう!)
その時、私は思い出した。
前世の私が、この「闇を打ち払う力」を制御できたのは、孤独な戦いの中で、唯一信じてくれる存在がいたからだ。
「ヴィオレッタ様! 私を見てください!」
私は、幻影の罵声に負けないように、大声で叫んだ。
「あなたは、独りではありません! 私がいます! ルミナ様もいます!
そして、あなたを信じる人々が、必ずこの世界にはいる!」
私の言葉は、ヴィオレッタの耳に届いたのだろうか。
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、まだ恐怖が宿っていたが、私とルミナの姿を捉えた瞬間、微かな光が灯った。
「私が、あなたのヒロインとして、あなたを支えます!
だから、その力を恐れないで! あなたの力は、世界を救うための光なのですから!」
私が必死に語りかけると、ルミナもまた、ヴィオレッタに向かって手を伸ばした。
「ヴィオレッタ様! 私の光の力も、あなたと共にあります! 怖がらないでください!」
二人の言葉が、ヴィオレッタの心に届いたのだろう。
彼女の身体から噴き出していた黒い魔力が、少しずつ収束していく。
そして、彼女の瞳に、強い光が宿った。
「……そうよ。私は、独りじゃない」
ヴィオレッタが立ち上がった瞬間、彼女の身体を包んでいた黒い靄が、一気に収縮し、彼女の掌に集まっていく。
それは、闇そのものではなく、全てを打ち払う、漆黒の輝きを放つ、真の勇者の力だった。
「これが……私の力……!」
ヴィオレッタは、自分の掌を見つめ、驚きと、そして確かな手応えを感じていた。
周囲の幻影が、まるで砂のように崩れ去っていく。
歪んでいた学園の景色も、ゆっくりと元の姿を取り戻し始めた。
「おおお! 覚醒です! 真の勇者の力が、ついに覚醒いたしました!」
女神ミレイユが、興奮して叫ぶ。
(やったわ! ヴィオレッタが、ついに……!)
しかし、安堵したのも束の間だった。
学園の空を覆っていた黒い靄が、一箇所に集中し、巨大な人型を形成し始めたのだ。
それは、ゲームのシナリオには存在しなかった、禍々しい「新たな闇の存在」だった。
「あれが……真の敵……」
ヴィオレッタが、覚醒したばかりの力を宿した瞳で、その巨影を見据える。
「さあ、行きましょう、ヴィオレッタ様、ルミナ様!」
私は、二人の隣に立ち、固く拳を握りしめた。
「今度こそ、本当の『ヒロイン』として、この世界を救いましょう!」
女子三人の友情パワーが、今、世界を救うために炸裂する。