第五章:二人の勇者と、蠢く闇の胎動
ヴィオレッタの涙が乾いた後、私たちは学園の図書室の隅で、秘密の「作戦会議」を開いた。
隣には、相変わらず脳内で騒がしい女神ミレイユがいる。
「つまり、神様のミスで、私とヴィオレッタ様が、それぞれヒロインと悪役令嬢の器に収まってしまった、と。
そして、ヴィオレッタ様が真の勇者で、私はそのサポート役、ということですね?」
私が確認すると、ヴィオレッタはまだ少し照れたように頷いた。
「ま、まあ、そういうことになるわね。
信じられない話だけど、あなたの言葉には、なぜか説得力があるわ」
「おお! リーゼロット様! 信頼関係が芽生えています! これぞ勇者と聖女の絆!」
(神様、今回は聖女じゃなくて、元悪役令嬢が真の勇者なんですけどね)
「それで、女神様。その『新たな闇の存在』とは、一体何なのですか?
そして、どうすれば倒せるのですか?」
私が問うと、女神ミレイユの声が、いつになく真剣なトーンになった。
「それが……まだ全貌は掴めておりません。
しかし、世界の歪みが生み出した存在ゆえ、通常の魔力では太刀打ちできないでしょう。
真の勇者の『闇を打ち払う力』と、リーゼロット様の『ヒロインとしての加護』、そして、この世界の『光の力』が融合して初めて、対抗できるはず……」
「光の力……?」
私が首を傾げると、ヴィオレッタが小さく呟いた。
「もしかして、聖女ルミナの力のことかしら?」
「その通りです、ヴィオレッタ・ノヴァーリス様! さすが真の勇者候補! 勘が鋭いですね!」
(神様、今度はヴィオレッタを褒めるんだ……)
「では、ルミナ様にも事情を話して、協力してもらうべきですね」
私が言うと、ヴィオレッタは顔を曇らせた。
「ルミナを巻き込むのは……。彼女は、この世界の光そのものよ。
私のような『闇の力』を持つ者が近づけば、彼女を汚してしまうかもしれない」
ヴィオレッタの言葉に、私は胸が締め付けられる思いだった。
彼女は、自分の力を「闇」と捉え、ルミナを傷つけることを恐れているのだ。
「そんなことはありません、ヴィオレッタ様。
ルミナ様は、あなたを心から信頼しています。それに、あなたの力は『闇を打ち払う力』。
決して、世界を汚すものではありません」
私は、前世の記憶から、ヴィオレッタの力を知っている。
それは、確かに強力だが、使い方次第で光にも闇にもなる。
そして、彼女の心根は、決して邪悪なものではない。
その時、図書室の入口から、アゼル王子とルミナが顔を覗かせた。
「リーゼロット、ヴィオレッタ! こんなところで何を話しているんだい?」
アゼル王子が、いつものように爽やかな笑顔で近づいてくる。
「ええ、アゼル様。少し、学園祭の出し物について、ヴィオレッタ様と相談していたのです」
私が咄嗟に嘘をつくと、ヴィオレッタは驚いたように私を見た。
「おお! リーゼロット様、素晴らしい嘘です! これぞヒロインの機転!」
(神様、褒めるところがズレてるわよ)
アゼル王子は、私の言葉を信じ、にこやかに頷いた。
「そうか。ヴィオレッタも学園祭に協力してくれるんだね。嬉しいな」
そして、ルミナが、ヴィオレッタに優しく語りかけた。
「ヴィオレッタ様も、学園祭、楽しみですね!
私、ヴィオレッタ様のドレス姿、とっても好きなんです!」
ルミナの純粋な言葉に、ヴィオレッタは一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、すぐにいつもの高慢な笑みを浮かべた。
「ふん。私が出れば、学園祭が華やかになるのは当然でしょう?
ただし、最高級のドレスを用意しなさいよね」
そのやり取りを見て、私は確信した。
ルミナは、ヴィオレッタの「悪役」としての仮面の下に、真の優しさと光を見抜いている。
そして、彼女の純粋な「光の力」は、ヴィオレッタの「闇を打ち払う力」と、きっと共鳴するはずだ。
私たちは、ルミナに真実を打ち明けることを決意した。
そして、その夜、学園の裏庭で、再び三人で密会することになった。
月明かりの下、私は、ルミナにこれまでの経緯を全て話した。
神様のミス、前世の記憶、ヴィオレッタの真の力、そして「新たな闇の存在」の脅威。
ルミナは、最初こそ驚きと困惑の表情を浮かべていたが、私の話を最後まで真剣に聞いてくれた。
そして、ヴィオレッタの顔を見て、優しく微笑んだ。
「ヴィオレッタ様……そんなに苦しんでいたんですね。ごめんなさい、私、何も知らなくて……」
ルミナは、ヴィオレッタの手をそっと握った。
「私の力で、ヴィオレッタ様を助けられるなら、喜んで協力します!
私の聖なる光が、ヴィオレッタ様の『闇を打ち払う力』を、きっと輝かせますから!」
ルミナの純粋な言葉に、ヴィオレッタの瞳から再び涙が溢れた。
「ルミナ……ありがとう……」
こうして、前世悪役令嬢のヒロイン、今世悪役令嬢の真の勇者、そして真の聖女という、奇妙な三人の「勇者パーティ」が結成された。
「おお! 素晴らしい! これぞ、神が望んだ真の勇者パーティ! 世界は救われます!」
女神ミレイユが脳内で興奮している。
(神様、あなたがミスしなければ、こんなに苦労しなかったんですけどね)
その時、遠くの空に、不気味な黒い靄が立ち上った。
それは、この世界を蝕む「新たな闇の存在」の胎動だった。
「来たわね……」
ヴィオレッタが、静かに呟いた。その瞳には、もう迷いはない。
私は、ヴィオレッタとルミナの隣に立ち、固く拳を握りしめた。
「さあ、行きましょう、ヴィオレッタ様、ルミナ様。
今度こそ、本当の『ヒロイン』として、この世界を救いましょう!」
私たちの、予測不能な、そして真の戦いが、今、始まった。