第四章:告げられた真実と、悪役令嬢の涙
女神ミレイユからの「新たな闇の存在」の警告を受け、私はいてもたってもいられなかった。
このままでは、神様の「ミス」が引き起こした世界規模の危機に、ヴィオレッタが単独で巻き込まれてしまうかもしれない。
そして、私自身も、前世の悪役令嬢としての断罪を繰り返すことになる。
私は、覚悟を決めた。
放課後、人通りの少ない学園の裏庭で、私はヴィオレッタを呼び出した。
彼女は、私の呼び出しに不機嫌そうな顔で現れた。
「何の用かしら、リーゼロット様? また私に、ヒロインらしい退屈な話でも聞かせるつもり?」
その声は、いつも通りの高慢な悪役令嬢のものだ。
私は、深呼吸をして、切り出した。
「ヴィオレッタ様。あなたに、どうしてもお伝えしたいことがあります。
これは、この世界の真実であり、あなた自身の秘密に関わることです」
ヴィオレッタは、訝しげに私を見た。
「秘密? 私に? ……ふん、何を言い出すのかしら?」
私は、できるだけ冷静に、しかし、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「あなたは、この世界を救う真の勇者です。
そして、あなたが使うその『闇を打ち払う力』は、世界の危機を救うために必要な力です」
ヴィオレッタの表情から、わずかに高慢な仮面が剥がれ落ちた。彼女の目が、微かに揺れる。
「何を……馬鹿なことを言っているの? 私が、勇者? この力が、世界を救う?
笑わせないで! この力は、私を苦しめる呪いよ!」
ヴィオレッタの身体から、再び黒い靄のような魔力が漏れ出す。
それは、彼女の動揺と、長年この力を「呪い」として隠し続けてきた苦悩の現れだった。
「おお! リーゼロット様! 彼女が苦しんでいます! これは『闇の存在』のせいかもしれません!」
女神ミレイユが脳内で騒ぎ立てるが、私は無視した。
「違います、ヴィオレッタ様。その力は、あなたを苦しめるものではない。
ただ、あなたがまだその真の力を知らないだけです」
私は、さらに続けた。
「そして、その力は、前世の私が使っていた力と同じです」
私の言葉に、ヴィオレッタは完全に凍り付いた。
「……前世? あなた、何を言っているの?」
彼女の瞳が、驚愕に見開かれる。
その目に宿る混乱は、私の言葉が彼女の心の奥底に響いた証拠だった。
「私は、前世で悪役令嬢ヴィオレッタ・ノヴァーリスでした。
そして、あなたと同じように、この『闇を打ち払う力』を持っていました。
だから、分かります。あなたが、この力を恐れ、隠そうとしていることも、そのために『悪役』を演じていることも」
ヴィオレッタは、私の言葉を信じられないといった様子で、震える声で呟いた。
「まさか……。あなたが、前世の私……? では、あの時、あなたが私の紅茶に砂糖を入れすぎたのは、わざと……?」
(そこ!?)
私は思わず苦笑した。
「いえ、それはアラン様が……」
私は、慌てて本題に戻した。
「今は、その話は後で。とにかく、私が伝えたいのは、あなたは独りではない、ということです」
私の言葉を聞くと、ヴィオレッタの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
「独りじゃない……? 嘘よ……。この力は、誰にも理解されない。
だから、私は、みんなに嫌われる悪役になって、この力を隠すしかなかったのに……」
彼女の声は、悲痛な響きを帯びていた。
長年、隠し続けてきた孤独と苦悩が、今、堰を切ったようにあふれ出していた。
私は、迷うことなく、ヴィオレッタを抱きしめた。
「大丈夫です、ヴィオレッタ様。もう、独りではありません。私がいます。
そして、あなたを勇者として導く、ポンコツ……いえ、女神様もいます」
「こ、こら! リーゼロット様! 今、何か失礼なことを言いませんでしたか!?」
女神ミレイユが脳内で憤慨しているが、今は気にしない。
ヴィオレッタは、私の腕の中で、子供のように泣き続けた。
彼女の涙が、私の肩を濡らす。
それは、彼女が「悪役」として演じてきた強がりが崩れ、本来の、繊細で孤独な少女の姿に戻った瞬間だった。
どれほどそうしていただろうか。ヴィオレッタが落ち着いたところで、私は彼女に問いかけた。
「ヴィオレッタ様。
信じてもらえないかもしれませんが、この世界には、あなたの『闇を打ち払う力』を狙う、新たな『闇の存在』が迫っています。
もしよければ、私と協力して、この世界を救ってくれませんか?」
ヴィオレッタは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳はまだ涙で潤んでいたが、そこには、確かな光が宿っていた。
「私を……信じてくれるの?」
「はい。信じます。私が、あなたのヒロインとして、あなたを支えますから」
私の言葉に、ヴィオレッタは小さく頷いた。
「分かったわ。……あなたの言うことが、本当かどうかなんて、まだ分からない。
でも……あなたが、私を信じてくれるなら。この力を、恐れないでくれるなら……」
彼女は、私の手を握りしめた。
その手はまだ震えていたが、悪役令嬢としての高慢さは消え、一人の少女としての、純粋な決意が宿っていた。
こうして、前世悪役令嬢のヒロインと、今世悪役令嬢の真の勇者という、奇妙な二人の協力関係が始まった。
世界を救うための戦いは、まだ序章に過ぎない。
しかし、私は確信していた。この新しい絆が、きっと世界を救う鍵となる、と。