第三章:真実への協力者と、神様の「予言」
裏庭で目撃した光景は、私の中にあった全ての疑念を確信に変えた。
ヴィオレッタ・ノヴァーリスは、やはり「闇を打ち払う力」を制御できずに苦しんでいる。
そして、その力を隠すために、不器用な「悪役」を演じていたのだ。
(まさか、前世の私と同じように、彼女もまた孤独に戦っていたなんて……)
その夜、私は自室のベッドに横になり、女神ミレイユに語りかけた。
「女神ミレイユ。私は、ヴィオレッタ・ノヴァーリスが真の勇者である可能性が高いと判断しました」
「なっ、なんですって!? リーゼロット様、それは大変な誤解ですよ! 彼女はゲームで邪悪な悪役令嬢として…」
「あの、女神様。あなた自身が『本来、ヴィオレッタ・ノヴァーリス様こそが真の勇者として転生するはずだった』とおっしゃいましたよね?」
私の冷静な指摘に、女神ミレイユの声は一瞬詰まった。
「うぐっ……そ、それは……! ま、まさか、その通りだとは思いませんでしたので……」
(相変わらず正直な神様だ)
「ならば、彼女を断罪するわけにはいきません。
むしろ、協力して、彼女の力を制御し、この世界の真の危機に立ち向かうべきです」
「きょ、協力、ですって!? しかも、悪役令嬢と!? そ、それは、ゲームのシナリオにも、女神の教典にも、勇者の指南書にも載っておりません!?」
女神ミレイユは、まるでシステムエラーを起こしたかのように、混乱した声を上げ続ける。
「大丈夫です、女神様。
私の前世の記憶と、今世のヒロインとしての立場があれば、きっと何とかなりますから」
私は、翌日から、ヴィオレッタへのアプローチ方法を変えた。
これまでのように観察するだけでなく、時には彼女の「悪役」としての振る舞いに、意図的に乗ってみることにしたのだ。
ある日のこと、ヴィオレッタは私を呼び出し、生徒会の予算から彼女の派手なドレスの費用を捻出するよう、理不尽な要求をしてきた。
「リーゼロット様。あなたは生徒会長として、私の要望を無下にすることはできないはずよ?」
その声は、ゲームの悪役令嬢そのものだ。
しかし、私は微笑んで答えた。
「ええ、もちろん、ヴィオレッタ様のご要望とあれば。
ですが、もしその予算を捻出できれば、ヴィオレッタ様には、私の企画する慈善バザーに、特別ゲストとしてご参加いただきたいのですが?」
私の提案に、ヴィオレッタは顔を歪めた。
「慈善バザー? なぜ私がそんなものに……」
その時、近くを通りかかった騎士団長、レイモンドが、その会話を聞きつけた。
「おお、リーゼロット様、素晴らしいご提案です!
ヴィオレッタ様のような高貴な方が慈善活動に参加されれば、きっと多くの市民が喜びますぞ!」
レイモンドは、悪気なく、しかし熱烈な視線をヴィオレッタに送る。
ヴィオレッタは、レイモンドの視線に耐えきれず、顔を赤くしてプイッと横を向いた。
「わ、分かったわよ! 参加すればいいんでしょう!
その代わり、最高級のドレスを用意しなさいよね!」
ヴィオレッタはそう言い残して、早足で立ち去った。
「おおお! リーゼロット様! 悪役令嬢を丸め込むとは、さすが勇者!」
(丸め込んだ、というより、レイモンド様が勝手に追い詰めただけだけど……)
女神の称賛にため息を付く。
私は、こうして少しずつ、ヴィオレッタとの距離を縮めていった。
慈善バザーでのヴィオレッタは、不器用ながらも子供たちに優しく接し、その姿は確かに、高慢な悪役令嬢とはかけ離れたものだった。
その度、アゼル王子や聖女ルミナが「ヴィオレッタ様も、本当は優しいのですね!」と無邪気に感動する姿に、私は内心で冷や汗をかきながらも、彼らの純粋な「善意」が、ヴィオレッタの悪役を打ち消していく様を目の当たりにした。
しかし、そんな日々を送る中、女神ミレイユから、不穏な「予言」がもたらされた。
「リーゼロット様! 大変です! 世界の歪みが加速しております!
このままでは、真の災厄が引き起こされます!」
「真の災厄……?」
「はい! どうやら、神である私の『ミス』が、世界の法則に干渉し、本来はゲームの物語に登場しないはずの、新たな『闇の存在』を呼び覚ましてしまったようです……」
女神ミレイユの声は、いつになく真剣だった。
「その『闇の存在』は、何を企んでいるのですか?」
「それは……まだ判明しておりません。しかし、このままでは、世界が滅びの危機に瀕します!
真の勇者の力が必要不可欠です!」
女神ミレイユの言葉は、私の背筋を凍らせた。
ただヒロイン探偵をするだけでは、済まされない事態になってきたようだ。
私は、ヴィオレッタの力を完全に引き出すために、そして、この「闇の存在」から世界を守るために、いよいよ真実を明かし、彼女に協力を求める時が来たと覚悟した。
だが、ヴィオレッタは、果たして私を信じてくれるだろうか?
そして、このポンコツ神様の「ミス」が引き起こした災厄は、一体何なのか?
「ヒロインは誰だ?」という私の探偵ごっこは、今、世界を救うための真剣な戦いへと変貌しようとしていた。