第二章:探偵の誤算と、王子たちの「善意」
女神ミレイユからの新たな「ヒント」――「闇を打ち払う力」が真の勇者の証である可能性――を聞いて以来、私のヴィオレッタ観察は、これまで以上に熱を帯びていた。
図書室で調べたところ、その「闇を打ち払う力」は、強力な魔力を持ちながらも制御が難しく、悪用されれば世界を滅ぼすほどの危険性がある、と記されていた。
(もし、ヴィオレッタがあの力を秘めているなら……私が断罪されるべきだったのは、やはり彼女じゃなくて、前世の私の方だったってこと!?)
そんな思いを胸に、私はヴィオレッタの行動を監視する日々を送った。
そして、その中で、一つの奇妙なパターンに気づき始めた。
ヴィオレッタは、確かに私に嫌がらせを仕掛けてくる。
ティーパーティーで紅茶をひっくり返そうとしたり、学園祭の出し物を邪魔しようとしたり。
しかし、なぜかその全てが、寸前で「失敗」に終わるのだ。
しかも、その失敗は、まるで誰かが裏で仕組んだかのように、絶妙なタイミングで別の事象にすり替わる。
例えば、ティーパーティーでのこと。
ヴィオレッタが私に向かって紅茶のカップを傾けた瞬間、隣にいた公爵令息、アランが突然咳き込み、その拍子に自分のカップを倒し、ヴィオレッタのドレスを汚してしまったのだ。
「ああ、ヴィオレッタ殿! 大丈夫ですか!? 私が不注意で……」
アランは、困惑した顔でヴィオレッタに謝罪する。
「なっ……! 別に、あなたに汚される筋合いはないわ! どいて!」
ヴィオレッタは顔を真っ赤にして立ち去ったが、その瞳にはどこか不満げな色が浮かんでいた。
「おお! アラン様、まさしく『善意』による邪魔立てですわ! これも勇者リーゼロットの加護ゆえ!」
(いや、神様。あれ、アラン様の善意……? 私には、ただの偶然に見えたけど)
別の日には、ヴィオレッタが私の教室の机に悪戯書きをしようとした時だった。
背後から、ひらりと一枚の紙が落ちてきた。
振り返ると、そこには聖女ルミナが立っていた。
「リーゼロット様、この詩、とても素敵だと思いませんか? 先ほど書き上げたばかりなのですが……」
ルミナが差し出した詩に、私のクラスメイトたちが集まってくる。
その隙に、ヴィオレッタは悪戯書きを諦め、そそくさと立ち去った。
机には、まだインクの染み一つない。
「ルミナ様も、無意識のうちに勇者リーゼロットをお守りになっています! これは愛の力!」
(愛の力、ねえ……。
もしこれが、悪役令嬢の邪魔を無意識にしてるのだとしたら、彼らはかなり優秀な「妨害キャラ」よね)
私は、観察を続ける中で、ある仮説を立てた。
もし、ヴィオレッタが本当に「闇を打ち払う力」を持つ真の勇者だったとしたら、彼女はその力を制御できていないのではないか?
そして、彼女の「悪役」としての振る舞いは、その強大すぎる力を隠すためのカモフラージュなのではないか?
「女神ミレイユ。一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょう、リーゼロット様!?」
「もし、本来の勇者が、自分自身を制御するために、あえて『悪役』を演じているとしたら……それも『神の導き』と呼べますか?」
私の問いに、女神ミレイユの声は一瞬、沈黙した。
「……それは……い、いえ! 神の導きは、常に正しく、光に満ちたものです! 悪役など、とんでもない!」
明らかに動揺している。
その反応を見て、私の仮説はさらに現実味を帯びてきた。
このポンコツ神様は、何かを隠している。あるいは、彼女自身も、この状況を完全に把握できていないのかもしれない。
そんな中、学院の裏庭で、私はついにヴィオレッタの「本当の姿」を目撃することになる。
その日、ヴィオレッタはいつものように私を追いかけ回していたが、途中で急に顔色を変え、人気のない裏庭の奥へと消えていった。
私は、これこそが彼女の「闇を打ち払う力」の秘密を探る好機だと考え、後を追った。
裏庭の奥深く、朽ちかけた古井戸の傍。
そこにヴィオレッタがいた。
彼女の身体から、黒い靄のような魔力が漏れ出し、周囲の草木が不自然に枯れている。
そして、彼女は苦しそうに、何度も地面を叩き、震える声で呟いていた。
「くっ……まただ……制御できない……早く、私から離れて……!」
その声は、高慢な悪役令嬢のものではなく、痛みと恐怖に満ちた、一人の少女の悲鳴だった。
そして、その魔力は、私が前世で使っていた「闇の魔力」そのものだった。
(やはり……! ヴィオレッタは、この力を隠すために、悪役を演じていたのか!?)
私は、思わず物陰に隠れた。
彼女がこの力を制御できずに苦しんでいる。
そして、その力が「闇を打ち払う力」だとすれば、彼女こそが、今世の真の勇者である可能性が高い。
しかし、その時、背後から優しい声が聞こえた。
「リーゼロット、こんなところで何を?」
振り返ると、そこに立っていたのは、王子アゼルだった。
「ああ、すみません、殿下! 私はただ、珍しい薬草を探しに来ただけで……」
私が慌てて取り繕うと、アゼルは裏庭の奥に目を向けた。
「そうか。しかし、この裏庭は魔力が不安定な場所だ。
あまり奥には行かない方がいい。……ん? 何か、気配がしたような……」
アゼルは、不審そうに眉をひそめ、裏庭の奥へと足を踏み出そうとする。
(まずい! このままでは、ヴィオレッタの秘密がバレてしまう!)
私は、とっさにアゼルの腕を掴んだ。
「殿下! 実は……! 実は、先ほど、そこで可愛い子猫を見つけたのです!
私と一緒に、その子猫を探しに行きませんか?」
私の必死な嘘に、アゼルは目を丸くした。
「子猫? リーゼロットがそんなに無邪気な顔をするなんて……仕方ないな。
君がそこまで言うなら、付き合ってあげよう」
アゼルは微笑み、私と共に裏庭の入口へと引き返していった。
(はぁ……危なかった……)
私は内心で冷や汗をかきながら、振り返って裏庭の奥を見る。ヴィオレッタの姿はもうなかった。
そして、私の頭の中では、女神ミレイユがまたしても叫んでいた。
「おお! リーゼロット様! 今の機転、まさにヒロインの行動! 素晴らしいです!」
(神様、あなたは本当にポンコツですね……。でも、おかげで、真実に一歩近づいたわ)
ヒロインの皮を被った探偵である私の、複雑な日々はまだ始まったばかりだ。