第一章:ヒロインの皮を被った探偵と、ポンコツ神様の囁き
「勇者リーゼロット! 聞こえていますか、リーゼロット!」
女神ミレイユの声が、脳内で響き渡る。
目覚めてから数時間、このポンコツ神様は、私の頭の中で延々と状況説明を続けていた。
どうやら、私の魂を「勇者」として覚醒させる際に、前世の「悪役令嬢ヴィオレッタ・ノヴァーリス」としての記憶をそのまま引き継がせてしまったらしい。
しかも、本来「勇者」として転生するはずだった魂は、今世の「悪役令嬢ヴィオレッタ・ノヴァーリス」の肉体に宿っている可能性がある、と。
「つまり、神様のミスで、私はヒロインの皮を被った悪役令嬢(元)で、今世の悪役令嬢は、ヒロイン(元)の皮を被った勇者(元)かもしれない、ということですね?」
私は、目の前の豪華な朝食を眺めながら、冷静に問い返した。
「は、はい! その通りでございます! 素晴らしい理解力! さすが勇者リーゼロット!」
褒められても嬉しくない。むしろ、頭痛がする。
「で、どうすればいいんですか? このまま、本来の悪役令嬢(中身は、勇者候補)を断罪しろと?」
「い、いえ! それは困ります! もし彼女が真の勇者だった場合、世界が滅びます!」
女神ミレイユの声が、焦りで上ずる。
「では、どうしろと?」
「ですから、リーゼロット様には、真の勇者が誰なのか、見極めていただきたいのです! そして、世界を救う手助けを!」
(……はぁ。結局、丸投げか)
私は、深々とため息をついた。
前世では断罪される側だったのに、今世は断罪を阻止する探偵役。
しかも、相手は「前世の私」と同じ名前の悪役令嬢。なんて皮肉な運命だろう。
その日の午後、私は早速行動を開始した。
まずは、今世の「悪役令嬢ヴィオレッタ・ノヴァーリス」の観察だ。
学園の庭園で、私は偶然を装ってヴィオレッタに近づいた。
彼女は、ゲームのシナリオ通り、ヒロインである私に嫌がらせをしようとしていた。
「あら、リーゼロット様。こんなところで何をしていらっしゃるのかしら?
みすぼらしい花でも摘んでいらっしゃるのかしら?」
ヴィオレッタは、高慢な笑みを浮かべ、私を見下ろす。
その姿は、前世の私そっくりで、思わず苦笑してしまった。
(うわ、懐かしい。私もこんなセリフ言ってたなぁ……)
「ええ、ヴィオレッタ様。この花は、とても可憐で美しいので、つい見とれてしまって」
私は、ヒロインらしい柔らかな笑みで返した。
すると、ヴィオレッタは一瞬、目を見開いた。
「おお! リーゼロット様、素晴らしい対応ですわ!
そのように優しく返せば、悪役令嬢もたじろぐはず!」
女神ミレイユが脳内で喝采を送る。
(いや、別にたじろがせるつもりは……)
「……ふん。相変わらず、気味の悪い子ね」
ヴィオレッタは鼻を鳴らし、踵を返して去っていった。
その背中を見送りながら、私は考える。
(彼女の言葉の裏に、何か隠された意図があるのか? それとも、本当にただの悪役なのか?)
そこに、王子アゼルが駆け寄ってきた。
「リーゼロット! 大丈夫だったかい? ヴィオレッタが何か無礼なことをしなかったか?」
アゼルは、私を心配そうに見つめる。
その瞳には、ヒロインへの純粋な好意が宿っている。
「いいえ、アゼル様。ヴィオレッタ様は、ただお花の美しさについて、ご意見をくださっただけですわ」
私が微笑むと、アゼルは首を傾げた。
「そうかい? リーゼロットは優しいね。でも、ヴィオレッタはいつも君に冷たいから、心配になるよ」
(ああ、王子様。あなたは、私の前世の記憶を知らないから、そんなことを言えるのよ……)
その後も、私はヒロインとしての立場を利用して、ヴィオレッタの行動を探った。
彼女は、ゲーム通りに私を陥れようとする。
しかし、その手口はどこか稚拙で、妙な「隙」があった。
例えば、私のティーカップに毒を盛ろうとして、なぜか砂糖を大量に入れてしまったり。
私のドレスを汚そうとして、なぜか自分のドレスに泥を跳ねさせてしまったり。
「おお! ヴィオレッタ・ノヴァーリス、やはり邪悪な魂の持ち主! しかし、どこか抜けていますね!」
(いや、神様。これ、本当に邪悪な魂の仕業ですか?
私には、ただの不器用な子にしか見えないんですけど……)
私は、ヴィオレッタの行動を観察する中で、ある違和感を抱き始めていた。
彼女の「悪役」としての振る舞いは、どこか不自然なのだ。
まるで、誰かに言われた通りに演じているかのように。
そして、ある日の放課後。
私は、学園の図書室で、古びた魔導書を読んでいた。
そこには、世界の危機を救う「勇者」の伝説が記されている。
「勇者は、聖なる光と、闇を打ち払う力を持つ……」
その記述を読んだ瞬間、私の脳内で女神ミレイユが叫んだ。
「それです! リーゼロット様! その魔導書に記された『闇を打ち払う力』こそが、真の勇者の証なのです!
ヴィオレッタ・ノヴァーリスが、その力を持っているか、探るのです!」
(闇を打ち払う力……? それって、前世の私が持ってた、あの黒い魔力のことじゃないの?)
私は、思わず魔導書を閉じた。
前世の悪役令嬢として、私は「闇の魔力」を使っていた。
それは、断罪される原因の一つでもあった。
もし、その力が「真の勇者の証」だとしたら……。
私の頭の中に、新たな疑問が浮かび上がった。
「ヒロインは誰だ?」という探偵ごっこは、どうやら私が思っていたよりも、ずっと複雑な真実を隠しているようだった。