プロローグ:悪役令嬢がヒロインになった件、しかも神様のミス
まばゆい光に包まれた私は、ゆっくりと瞼を開けた。
「リーゼロット! 目を覚まされたのですね!」
優しい声が聞こえる。
視界に飛び込んできたのは、心配そうに私を覗き込む、白銀の髪の美青年――この国の第一王子、アゼル様だ。そして、その隣には、聖女のドレスをまとった、慈愛に満ちた表情の女性。
(あれ……? この状況、見覚えが……)
私の名は、リーゼロット・フォン・エルトリア。
前世では、しがない会社員として過労死し、目覚めたら乙女ゲーム『聖女の誓いと王子様の恋歌』の悪役令嬢、ヴィオレッタ・ノヴァーリスになっていた。
ヴィオレッタ・ノヴァーリスは、高慢ちきでヒロインを虐げ、最終的には王子に断罪されるのがお決まりの運命。
何度やり直しても、どんなに善行を積もうとしても、なぜか最後は必ず「断罪エンド」を迎える。
私にとって、それはもはや呪いだった。
前世の記憶が蘇って以来、私はその呪われた運命から逃れるために、必死にあがいてきたのだ。
そして、今。目の前にいるのは、あのゲームのヒロイン、ルミナ・フィリアを慈しむ王子、アゼルその人。
そして、私の瞳に映る王子は、私を「リーゼロット」と呼んでいる。
(リーゼロット……? まさか、私が、ヒロインのリーゼロットになっているだと!?)
混乱する私の頭に、突如、声が響いた。
まるで、脳に直接語りかけてくるかのような、響き渡る声。
「おお、目覚められましたか、勇者リーゼロット! やりましたよ、女神の加護により、あなたはついに目覚められました!」
勇者、だと?
「これで世界は救われます! さあ、邪悪な悪役令嬢、ヴィオレッタ・ノヴァーリス様を断罪し、世界に光を取り戻すのです!」
……は?
私は、その言葉に思わず跳ね起きた。
世界を救う? 悪役令嬢を断罪?
しかも、その「悪役令嬢」は、前世の私、ヴィオレッタ・ノヴァーリスのことだと、はっきり告げられた。
「神様……いや、あなた様は一体……?」
私が疑問を口にすると、声は焦ったように言葉を続ける。
「おお、すみません、女神ミレイユでございます! いえ、その、実は少々……不手際がございまして……」
不手際?
「本来は、聖女ルミナの魂と、勇者リーゼロットの魂を、適切な肉体に宿らせる予定だったのですが……どうやら、あなたの魂を、勇者として覚醒させる際に、前世の悪役令嬢としての記憶を、そのまま引き継がせてしまったようで……」
(神様のミス!? ふざけないで!)
前世では、何度も断罪される悪役令嬢として苦しんだ。
そして今、ヒロインに転生したと思ったら、その転生自体が神様のミスで、しかも、この世界の「悪役令嬢」は、前世の私と同じ名前の別人物だという。
「いえ、しかもですね、実はもう一つ……悪役令嬢、ヴィオレッタ・ノヴァーリス様こそが、本来の勇者、リーゼロットとして転生するはずだった魂の器であり、真のヒロインの素質を持っていた可能性がある、という緊急事態が発生しまして……」
神様の、動揺したような声が響き渡る。
私は、目の前のイケメン王子と聖女を呆然と見つめた。
今世はヒロインとして、悪役令嬢を断罪する役目。
しかし、その悪役令嬢こそが、もしかしたら本当のヒロインなのかもしれない。
(……待ってくれ、神様。
私を悪役令嬢から解放してくれたのはいいけど、今度はとんでもない泥沼に放り込んだんじゃないだろうな!?)
私の新たなヒロイン人生は、とんでもない神様のミスから始まったようだった。
そして、この世界の真の「ヒロイン」は、一体誰なのか? その答えを探す旅が、今、始まる。