『男子が男装でお見合いってどういう事?!』
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「これで、いいかな」
「ありがと、沙耶。すごく助かったよ。で、沙耶の“手伝い”って何すればいいんだっけ?」
俺の問いかけに、沙耶は急に目を泳がせた。なぜか言葉を詰まらせて、顔を曇らせる。
「ご、ごめん! 本当にごめん!」
「えっ、な、なにが……?」
「何も言わずに、これに着替えて、ついてきてくれる……?」
「それぐらいなら別に……?」
今思えば、あのときの俺は、決定的に見誤っていた。沙耶の表情が物語っていたものの意味を――完全に。
「――な、なにこれ!?」
見せられた服に、俺は思わず声を上げる。
「ごめんね!? 本当に、今日だけだからっ!」
沙耶に渡された服。それは、まさかの――
「なんで、俺が男装しなきゃいけないの!?」
男が、男装? いやいや、それもう男じゃん。性別、変わってねぇじゃん。
だけど、その“男らしさ”は、俺の普段の姿じゃなくて、別物だった。
「他に頼める人がいなくて……それに、朱里、似合ってるよ?」
「褒められても嬉しくないんだけど!? それで、なんでこうなったの?」
「い、いやさ……うちの家族がさ、最近“お見合い相手紹介する!”ってうるさくって……。で、つい、“彼氏いる”って言っちゃって……そしたら、じゃあ一度会わせろってなっちゃって……。お願い、今日だけでいいから、朱里に彼氏のフリしてほしいの!」
「え、えぇぇ……」
なるほど。見事なまでのトラブルに巻き込まれている。というか、俺、そんな大役こなせる器じゃないんだけど。
「俺、何すればいいの? 普通にしてればいいの?」
「うん! 基本的に私が話すから、朱里は黙って頷いてるだけでいい! 本当にごめん!」
不安しかない。いやもう不安が大渋滞してる。でも――
「沙耶が困ってるなら、やるよ。出来るだけ合わせる」
「ありがとう! えっと、もうすぐ家族と合流するんだけど、喫茶店で待ち合わせしてて……。名前とか、軽く設定だけ考えてくれれば!」
「わ、分かった……なんとかする……」
気を抜いたら地雷を踏み抜きそうな、この即席劇場。ボロが出ないように祈るしかない。
「もう時間だよ! 行こう!」
「え!? そんなにすぐなの!?」
「ごめん! あとで何でもするから! お願い!」
“何でも”って、そんな危険ワードをさらっと使うな。
――それにしても、沙耶が見合いなんて話をされるような年齢か。というか、話が来るような相手ってどんな人なんだろうか。なんか、もやもやする。
それにしても、男が“男装”って、世の中じゃどう扱われるんだろう。脳内でそんな疑問がぐるぐるする。沙耶の事情も含めて、もう頭がパンク寸前だ。
「沙耶……本当に、大丈夫なの?」
「んー、まぁ……正直、賭けだよね。でも、朱里がいてくれるから心強い。もし失敗しても大丈夫。何が起きても、私が全部責任取るから。安心して、――玲央」
「……あ、あぁ。そうだった。俺は如月玲央。男だ、うん」
沙耶との相談中、つい“普通の自分”を想像して呟いた名前が気に入られ、そのまま芸名に採用されてしまった。よりにもよって、本名だ。普段の俺を演じるって、逆にめちゃくちゃ難しいじゃん……!
「ちょっとぎこちないよ? 不安になってきた……」
「が、がんばる……!」
もう、気合いだ。祖母が言ってた。男の子に大事なのは、度胸!
「よし、行くよ!」
「うん……リードしてくれると助かる……」
何度もイメトレした。でも、本番は予想の斜め上を行くって、人生で何回も思い知らされてきた。
胸を張って、ドアを開ける。
「こっちこっち。あの席だよ」
沙耶の案内の先には、一人の女性。おそらく、沙耶のお母さんだろう。
正直言って、礼儀作法なんてからっきし。でも、気持ちは込める。それだけは、譲らない。
「はじめまして。沙耶さんと――結婚を前提にお付き合いさせていただいております、如月玲央と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
誠心誠意を込めた、最上級の挨拶。
「……結婚を前提に? 沙耶? ちょっと聞いてないわよ?」
「ちょっ……!?」
横から小声で「そこまで言わなくていい!」とツッコミを食らう。しくじったか……!
「彼、ちょっと緊張してて……。もちろん、そうなれたら嬉しいなとは思うけど、そんなに堅い関係じゃないから!」
「ふふ、そう。でも、悪くないわね。お互いが認め合っているなら、それほど尊いものもないし……。彼がそう言ってくれるなら、支えるのが女の役目でしょう?」
うわぁ、俺の一言がどんどん話を膨らませてる!
「す、すみません! 緊張で……!」
「そんなに堅くならなくて大丈夫よ。私は沙耶の母、東雲透子です。よろしくね」
その後の会話――正直、ほとんど覚えていない。緊張で頭が真っ白。だが、奇跡的に大きなトラブルはなかった。
……その時までは。
「本当にありがとうね、朱里」
「沙耶のお母さん、優しそうだったね」
「うん、いい人……というか、いい人すぎてちょっと面倒くさいときもあるけど」
分かる。親ってそういうもんだよな、って。
「あーあ。でも……残念」
「え? なにが?」
沙耶がぽつりとこぼした言葉に、胸がざわつく。
「朱里が本当に男の子だったら……結婚してみたかったなって」
「……っ」
沙耶が笑った。でも、その笑顔はどこか寂しげで、残酷な優しさが滲んでいた。
俺は――それを見て、何も言えなかった。
胸の奥に、ずしんと鉛みたいな何かが沈んでいった。
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