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女装で女子校に通ってたらモテすぎてヤバい!  作者: 宮原


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22/22

『気分転換のつもりだったのに』

明けましておめでとうございます。今年もマイペースに更新を続けていきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いいたします!

 実は、かなり悩んでいる。

 今さらすぎるし、毎回のことだが、馴染みすぎている気がしてならない。


 良いことではある。

 任務があって、それに従い、うまくいっているはずだ。

 女装がばれることもなく、生活は楽しい。


 それでも、本当にこれでいいのだろうかと思ってしまう。

 男子として、この状況を喜んでいいのか。

 悩みは尽きない。


 予想以上に女装がうまくいっていることは、体感としてはっきり伝わってくる。

 何せ、疑われる気配がまったくない。


 そんなに女顔だったか?

 そう思わずにはいられないが、別に失敗したいわけでもない。

 ばれた瞬間、終わりなのだから。


 けれど、ここまで気づかれないと、逆に不安になってくる。

 男でいられる瞬間と、女装して女性でいられる瞬間。

 その二つを、別々に、ちゃんと欲しがっている自分がいる。


 所謂、ホームシックならぬ――ボーイシックなのかもしれない。

 男として、何にも気を遣わずに生活したくなっている。


 そう。

 そんなことを考えていたから、俺は実行してしまった。


 寮を出て、男性の服に着替える。

 以前、沙耶の件で男装したときの服を引っ張り出した。


 ありのままの自分でいるはずなのに、

 それでも「男装している」と錯覚してしまうのが不思議だった。


 男性のときでも、女性のときでも、

 どちらでも偽っている気分になるのは、なぜなのだろう。


 昔は、身だしなみや仕草なんて、ほとんど気にしたことがなかった。

 それなのに今は、この姿でも気になってしまう。

 無駄に髪を触ったり、服の具合を確かめたり。


 まあ、昔まったく気にしなかった分、帳尻が合っているのかもしれない。

 普通の人は、きっとこのくらい気にしているのだろうし。


 町に出ると、肩の力が少し抜けた。

 スカートの裾を気にする必要もない。

 歩幅を小さく揃える必要もない。

 自然と、歩く速度が上がる。


 無意識に背筋を伸ばしている自分に気づき、少しだけ苦笑した。


 ポケットに手を突っ込み、信号待ちの列に並ぶ。

 周囲の視線は確かにある。

 けれど、それは値踏みするようなものじゃない。


 ただの「通行人」として処理されている視線だ。


 ――ああ、楽だ。


 誰にも期待されていない。

 誰にも役割を求められていない。

 それが、こんなにも気楽だなんて思わなかった。


 ショーウィンドウに映る自分の姿を見る。

 男の服を着て、男の立ち方をしている。

 どこかぎこちないが、不自然というほどでもない。


 先に来たのは、懐かしいという感覚だった。

 安心とは少し違う。

 それでも確かに、「戻ってきた」気がした。


 今日だけ。

 ほんの数時間だけ。


 そう自分に言い聞かせながら、町を歩く。


 逃げているわけじゃない。

 確かめに来ただけだ。


 ……本当にそうなのかは、分からないけれど。


 駅前から少し外れた場所にある、小さな書店に入った。

 冷房の効いた空気が、身体に心地いい。


「いらっしゃいませ」


 レジから投げられた声は、事務的で淡々としていた。

 それだけで、また少し肩の力が抜ける。


 女性として扱われない。

 かといって、男だと強く意識されるわけでもない。


 ただの客。

 ただの、男の一人。


 棚の前に立ち、何気なく本を手に取る。

 視線も距離も、何ひとつ特別じゃない。


 ――楽だ。


 そう思ってしまった瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。


 それでも、否定できなかった。

 今の自分は、確かにここに溶け込めている。


 考えなくていい。

 声の高さも、姿勢も、視線の落とし方も。


 間違えないように気を張る必要がない。

 それが、こんなにも楽だなんて。


 そんな考えが浮かんで、慌てて打ち消す。

 楽でいいはずがない。

 これは、ただの気分転換なんだから。


 店を出た。


 外の空気は少し湿っていて、夕方の匂いがした。

 人の流れに混じりながら、自然と歩き出す。


 ――そのときだった。


 視界の端に、見覚えのある色が引っかかる。


 長い髪。

 背の高さ。

 少し気だるげな歩き方。


 考えるより先に、胸が跳ねた。


 ……沙耶?


一瞬、目を疑う。

けれど、見間違えるはずがなかった。


  会ってもいい。

男装していることは、沙耶も知っている。

 隠す必要なんて、どこにもない。


 なのに。


 身体が、勝手に止まった。


 次の瞬間、俺は近くの柱の陰に身を寄せていた。


 ――なんで。


 自分でも分からない。

 息が、少しだけ荒くなる。


 別に後ろめたいことはしていない。

 ただ、男の格好で外を歩いていただけだ。


 さっきまで、「楽だな」なんて思っていたくせに。


 その感覚が、今はひどく汚いものに思えた。


 沙耶は、何も知らずに歩いている。

 こちらに気づく様子もない。


 ……俺は。


 俺は今、男でいる自分を守るために、彼女から逃げた。


 その事実が、胸の奥に重くのしかかった。


 沙耶の姿が、視界から消えるまで待った。

 足音も、人混みに溶ける気配も、完全に感じなくなってから、ようやく柱から離れる。


 ……何をやっているんだ、俺は。


 その場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。

 胸の奥に溜まったものが、うまく言葉にならない。


 楽だった。

 確かに、楽だった。


 男として扱われて、何も考えずに町を歩けて。

 それが嬉しかったことも、否定できない。


 でも――だからって。


 沙耶から、逃げた。


 それが、どうしようもなく情けなかった。


 歩き出す。

 さっきまでより、足取りは重い。

 ポケットに突っ込んだ手に、無駄に力が入る。


 俺は、何から逃げたかったんだろう。

 男でいる自分を、見られたくなかったのか。

 それとも、女としての今の立場が壊れるのが怖かったのか。


 ……どっちも、なのかもしれない。


 寮に戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。


 部屋に入ると、静けさがやけに重く感じられる。

 制服に着替え、鏡の前に立つ。


 そこに映るのは、いつもの「朱里」の姿だ。

 見慣れているはずなのに、今日は少しだけ距離を感じる。


 さっきまで着ていた男物の服が、頭をよぎる。

 楽だった感覚が、しつこく残っている。


 ……最低だな。


 誰に言われたわけでもない。

 自分で、自分にそう言い聞かせる。


 沙耶は、何も悪くない。

 俺が勝手に悩んで、勝手に逃げただけだ。


 ベッドに腰を下ろし、深く息を吐く。


 女装が辛いわけじゃない。

 この生活が嫌なわけでもない。


 なのに、どちらでもない自分を欲しがってしまう。

 それが、いちばん厄介だった。


 ――明日、どういう顔をして会えばいいんだろう。


 考えたくなくて、目を閉じた。


 翌朝。


 食堂へ向かう廊下で、聞き慣れた足音がした。

 反射的に、そちらを見る。


「おはよ、朱里」


 沙耶だった。

 いつも通りの、少し眠たそうな顔。


「……お、おはよう」


 声が、ほんの少しだけ硬くなる。

 自分でも分かるくらい、不自然だった。


「? どうかした?」


「え? いや、別に」


 視線を逸らしてしまう。

 昨日のことが、頭から離れない。


 町で見かけた、あの横顔。

 そして、逃げた自分。


「なんか今日、落ち着きないね」


「そ、そう?」


「うん。珍しい」


 沙耶はじっとこちらを見てくる。

 見透かされている気がして、胸がざわつく。


「寝不足?」


「……まあ、そんな感じ」


 嘘ではない。

 けれど、理由は言えない。


「無理しないでよ。今日は授業も長いんだから」


「うん。ありがとう」


 それだけの会話なのに、やけに疲れた。


 並んで歩きながら、距離感がいつもと違う気がする。

 実際は、何も変わっていないはずなのに。


 ――俺が、変に意識しているだけだ。


 分かっているのに、視線を合わせられない。


「……昨日さ」


 沙耶が、ふいに口を開く。


 心臓が、跳ねた。


「なに?」


「いや、何でもない。今度また勉強見よっかって思って」


「……うん」


 それだけだった。

 拍子抜けするくらい、普通の話題。


 なのに、胸の奥が少しだけ痛む。


 昨日、逃げたこと。

 今、隣にいること。


 どちらも本当で、どちらも自分だ。


 その事実を、まだうまく飲み込めないまま、俺は沙耶と並んで教室へ向かった。



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