流された刃
「知らないわよ、そんなの」
久内みうはそっぽを向いて足を組んだ。
取調室は何とも気だるげな空気に満ちている。気を抜けばまだこの作業に慣れない立花は欠伸が出てしまいそうだった。
……ああ、もう帰りてえ。
そんな気持ちが表情に出ないよう努めながら、日下部刑事はもう一度目の前の女を見据えた。
だが女は目を合わせることもなく、指先を見つめていた。もうこれで3度目だろうか。
そして、写真の中の遺体を思い返す。頸動脈を荒々しく切られた無残な遺体を。
「あなたが殺された竹田のりこさんと金銭トラブルがあったことは調べがついています。それと事件直前まであなたが被害者と事件直前まで一緒にいたことも防犯カメラの映像で確認しています」
「だから何?あたしが切り殺した証拠でもあるの?」
「…………」
確かにそうだ。これらは決定的な証拠ではない。なんなら肝心の凶器が見つかってない。犯行現場となったホテルの部屋にはまるでそれを強調するかのように刃物は置かれていないし、彼女の持ち物からも自宅からも、犯行に使ったと思われる刃物は見つかってない。
それに……これはただの勘だが、見つからない気がする。これは彼女の表情を見てからそう判断しただけだが、頭の片隅で小さな確信めいたものがあった。
さて、これはどういうことだろうな。何故こんなわざわざ自信満々に振る舞うのだろうか。
イライラしているのか、もしくは不安からか、久内みうは右の拳を包みこんでいる左手に力を込めていた。
……さっさと吐けば楽になるんだけどな。
机の隅に置かれた写真に目をやると、被害者と容疑者が笑顔で写っていた。
この切り取られた瞬間のような打ち解けた時間が彼女らの間にあったという何よりの証拠。だからこそ気になる……何がこの現状を生んだのか。てか、このギャル時代、爪長えな……ああ、そうか。そういうことか。
「あなた、事件の当日に竹田さんと撮った写真ではだいぶ爪が長かったようですが、いつ爪を切られたんですか?」
「え?それは……えっと……」
「あなたはあらかじめ爪をヤスリで鋭く削っておいて、それで彼女の頸動脈を切った。違いますか?」
「何よ、それ!証拠はあんの!?」
「確かに切った爪は今頃排水管を旅してるでしょうね。では今からあなたの手荷物の爪切りを鑑定に出してみましょうか。それですべてわかるはずです」
「…………」
黙った彼女は両手で顔を覆った。それですべて明らかだった。
部屋の中の淀んだ空気が、また一段と湿っぽくなった。