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第一話

 からりと晴れた日よりはなんとはなしに心をうきうきさせる。お天道様に誘われる者は多いようで、通りは人であふれかえっていた。

 中でも表通りに面した小野屋は、今日も女の客を中心に華やかににぎわっているはずだ。

 部屋つぶしの三男坊だった先代が思いつきのように始めた小物売りが、まさか本家を上回る盛況ぶりをみせるとは誰が考えただろうか。

 きっと本人は、最初からそのつもりだったのだろう。

 老いた今でも青年のように笑う祖父を見て、お滝は確信していた。そして、かつては唯一の下男、今は使用人の筆頭として祖父のかたわらで微笑む弥助だけが、祖父の目論見を理解していたことも。

 とにもかくにも、今の自分がいるのは紛れもなく二人のおかげなわけだ。お滝はちょいと扇のようなまつげを伏せて、金糸の細かな刺繍がほどこされた自分の着物の袖を見た。隣を歩くお千佳も、同じことを思ったらしい。

「きれいねェ。さすが小野屋さんだわ」

「ありがとう。でも、少しばかり……いえ、かなり派手じゃないかしら」

 何かの稽古の帰り道なのか、若い娘が並んで歩く姿は目にも華やかだ。しかもそれが評判の小町娘ときたら、いやでも視線が集まってしまう。

「いいじゃない、とっても似合うんだから。いいなァ、お滝ちゃんは」

 華やかな着物を簡単に作れてしまう小野屋の娘でうらやましい。着物に負けないお滝自身の美しさがうらやましい。そういう意味でお滝をうらやましがる者は多いが、同じく大店の娘であるお千佳がそう言う理由は他にある。

「お滝ちゃん、今日もお店を見て行っていい?」

「ええ、いいけど。でも、向こうの辰田屋さんに新しい荷が届いたばかりだって……」

「もう、お滝ちゃんのいじわる」

 頬を染めてむくれる姿は愛らしく、下心があって自分と並んで歩いていることもつい許してしまう。

「はいはい、冗談よ。いるかはわからないけどね」

「いいのよ、それでも」

 お千佳は途端ににっこりと笑い、さらに頬を赤くした。

 

 小野屋が近づくにつれ、お千佳はあからさまに落ち着きをなくした。意味もなく髪を触ったり、着物のすそを整えたりしている。

「そんなに緊張しなくてもいいでしょう」

「だって……」

 藍染に白抜きの小野屋の屋号が見えてくると、店の前で掃き掃除をしていた青年もこちらに気づいたようだった。遠めからでも背の高いすらりとした体つきであるのがわかる。

 途端、お千佳はお滝の裾をぎゅっと握る。

「お嬢さん、お帰りなさいまし」

 青年はすっと頭を下げると、切れ長の目を優しく細め、形の良い唇の端をきゅっと持ち上げた。普段は石のように固い表情をしているが、そのときばかりは鶴の子のように優しく甘い。それだけで、通りすがりの女たちは顔を赤くしてため息をつく。

「お千佳さんもいっしょなの。新しい櫛でもない?」

「はい、どうぞこちらへ」

 弥一はのれんをすっとめくり、自然なしぐさで二人を迎え入れた。ダメ押しのようにニコッと微笑むことも忘れない。そのために、お滝はのぼせあがったお千佳を後ろから支えなくてはならなかった。

 いつか、あの笑顔を自分だけに向けて欲しいとお千佳は言った。

 自分だけに向けられる笑顔。

 お滝はすっと頭をよぎった弥一の顔に背筋を震わせた。アレを見たら、お千佳はいったいどう思うのだろうか。



全六話予定です。

早めに続きを投稿していくので、ぜひお付き合いください。


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