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カチコミ聖女が最前線  作者: 入谷慶
一部一章 災害大国アロホルブ
1/3

1.青天の霹靂

よくわかる解説

三小田鞠みこだまり……主人公

角南顕孝すなみあきたか……鞠の護衛

利光晴翔としみつはると……鞠の護衛

三小田龍一みこだりゅういち……暴力団組織・三小田組の会長

 夜も更けて人通りのない道を一人の少女が息を切らしながら走っていた。

 彼女の大きく黒目がちな目はあどけない印象を与え、丸みのある短い黒髪は涼しげな雰囲気を醸し出している。

 少女の脳裏では父・三小田龍一から告げられた言葉が繰り返し思い起こされていた。


「俺と親子の縁を切って真っ当に生きなさい」


 衝動のまま父親に食ってかかるも、聞き分けのない子供に言い聞かせるように軽くあしらわれてしまった鞠は、たまらず家を飛び出した。自分がどこへ向かっているかもわからずに、ただ走り続ける彼女を二人の男が追いかける。


「待ってください、お嬢!」


 鞠の護衛を務める角南顕孝が叫んだが、彼女の足は止まらない。


 夜道に鞠達の足音が響く中、ふと、周囲の空気が変わった。街灯の光が不自然に揺らぎ、足元には複雑な模様が浮かび上がる。驚いた鞠が咄嗟に立ち止まり、異変に気づいた顕孝ともう一人の護衛・利光晴翔は彼女を守るようにそばに立った。


「お嬢、俺らの間に……」


 晴翔が言い終わる前に強い光が三人を包み込む。同時に、彼らの姿は夜の街から消えていた。


 視界が歪み、時間と空間がねじれるような感覚に襲われた鞠達は、いつの間にか暗闇の中に立っていた。周囲には巨大な木々と生き物の気配しかない。自分達が見知らぬ土地にいる事を認識して、鞠は思わず呟いた。


「ここはどこ、私はだれ」

「お嬢。落ち着いてください」


 顕孝は彼女を安心させようと穏やかな口調で語りかけるが、その声には緊張が滲んでいた。


 彼は黒髪を短く刈り上げ、頭頂部から自然に流された前髪を片側に寄せスタイリッシュにまとめていた。眉間の皺や額から頬にかけて一直線に走る傷は、彼のただでさえ強面な顔立ちをさらに強調している。

 顕孝は黒いシャツの上に、光沢のある虹色のジッパージャケットを着ていたが、このジャケットは鞠と晴翔が彼へ送ったもので、彼ら三人がただのビジネスライクな関係ではなく、友人のように親しんでいることの証だった。

  

 晴翔が周囲を見回し、声を潜めて話し出す。


「実際問題、ここはどこなんすかね」

「見りゃわかんだろうが。森だよ」

「それはそうっすけど」


 晴翔はカラフルな柄シャツ、オレンジとイエローのグラデーションサングラスを身につけており、少しクセのある短髪は鮮やかな金色に染められている。ふわっと自然に分かれた前髪は彼の朗らかで自由な気質を感じさせ、整った顔立ちと合わせて洗練された印象を与えていた。


 一行は月明かりも届かないほど深い森の中を互いの存在を確認するために声をかけ合いながら移動する。


「暗すぎて何が何だか……」

「明かりになる物があればいいんですけど、ライターとかスマホ失くしたみたいなんすよね」

「私も」

「俺は多少目が慣れてきたんでお嬢は後ろにいてください」


 早くも闇に順応し始めた顕孝が鞠へ注意を促す。晴翔はそれに応えるように鞠の後ろへ移動し、まだ見ぬ脅威に対する警戒を強めた。

 

 不意に、暗闇の中に小さな光が生じる。それはまるで意志を持っているかのように三人へ近付くと、ふわふわと漂いながら鞠の周囲を旋回し、一直線にどこかへ向かっていく。鞠は直感的にその光が自分達に道を示してくれていることを感じ、その後を追うことにした。

 

 不思議な光の登場で心に余裕が生じた鞠は、喧嘩別れとなってしまった父の事を思い出す。


「ねえ、どうしよう。私無断外泊とか初めてなんだけど」

「外泊じゃなくて遭難っすよ」

「じゃあ無断遭難」

「遭難に無断も何もなくないすか?」

「たしかに」

 

 他愛のない会話をしながら進む彼らは、光の導きによって無事、視界の開けた場所へとたどり着いた。夜空には闇を彩るように星々が輝いている。


「謎の光ありがとー」


 鞠が謝意を伝えると、光はそれに応じるように明滅し、どこかへ消えていった。

 

 森を抜けた鞠たちは、身の安全を確保するべく前方に見える街へ向かうことにした。先ほどよりいくらか明るい夜道を歩いていると、突然、茂みから魔物が現れた。魔物はナメクジのような姿をしており、頭部の触角を揺らしながらじりじりと地を這って近付いてくる。魔物が通った後には、溶かされて変色した草が煙を立てているのが見えた。


「相手すんのは無理だ! 逃げるぞ!」


 地面の様子を認めた顕孝が叫び、三人はすぐさま駆け出す。

 速度は決して脅威的ではものの、周囲から続々と現れる巨大なナメクジの魔物に三人は次第に追い詰められていく。


「囲まれてるっす……!」


 晴翔の焦った声が響いた次の瞬間、闇を切り裂くように剣の閃光が走り、魔物の群れが一掃される。剣を振るっているのは金髪の屈強な男性で、彼の剣が放つ光は月明かりを反射し、幻想的に輝いていた。

 

「ルディク! 茂みの方は任せた!」


 剣士が声を上げると、複数の矢が隠れていた魔物を倒していく。矢が飛んできた方向には、ルディクと思しき細身の男性が弓を構えて立っていた。彼の黒髪が夜風に揺れ、その目は鋭く標的を見つめている。

 男の整った顔立ちと切れ長の目元は冷静で知的な雰囲気を醸し出していた。彼は少し伸びた前髪を中央で分けており、短い後ろ髪はきれいに整えられている。


「全員無事か?」


 魔物の群れを倒し切ると、剣を持った男が鞠たちへ話しかけてきた。近付いてきた男の彫りの深さやまっすぐな鼻筋は彫刻のような印象を与え、吊り上がった目尻と太い眉は意志の強さを感じさせる。短く整えて後ろに流した髪型や角張った顎のラインはいかにも男らしく、戦士といった風貌だった。

 彼は戦闘直後にも関わらず少しも息を乱しておらず、表情にも余裕が見て取れる。


「ありがとうございます、助かりました!」


 鞠が感謝の言葉を口にすると、男は軽く笑った。


「いいってことよ。ちょうどこの辺りを巡回してたんだが間に合って何よりだ。」


 男はそう言うと、剣を鞘に戻し周囲を見回す。魔物たちの残骸から立ち上る蒸気のような何かが、冷たい夜気の中で白く舞っていた。

 

「巡回ってことはアンタ達は街の警備兵か何かか」


 顕孝が問いかけると、男が首を振って答える。


「いや、俺達は冒険者だ。今は向こうに見える街に滞在してるんだが、決まった数を倒さにゃならん討伐任務より夜廻りの方が気が楽なんでな。最近はもっぱらこういう仕事ばっか受けてんだ」


 そう言いながら、男は遠くに見える街の灯りを指差す。暗闇の中に見える街の明かりは一筋の希望のように感じられた。


「夜遅くまで大変そう」

「そうでもねえよ。戻った後はいつまで寝てようが誰も文句言わねえしな」


 鞠がぽつりと感想を漏らすのが聞こえた男は少し冗談めかして答える。彼の落ち着いた低い声は鞠に安心感を抱かせた。


「ヤノシュ」


 先程ルディクと呼ばれていた弓を持つ男が苛立ちを隠さず剣士へ呼びかけた。


「なんだ?」


 眉を上げるヤノシュに対してルディクは言葉を続ける。


「なんだもクソもない。いつまでここにいるつもりだ。」


 ルディクはその端正な顔をしかめ刺々しい口調でそう言うが、ヤノシュはものともせずに軽く笑う。


「悪い悪い。ま、こんなことで立ち話もなんだし街まで一緒に来るか?」

「なんだか悪い気もするけど、お願いしたいです」


 鞠がそう言いながら小さく頭を下げる。


「いいのか? 何かあっても足手まといにしかならねえが」


 彼女の後に続いて顕孝が念押しをすると、ヤノシュは手を振り、鷹揚に応じた。


「気にすんなって。助けておいてこのまま放り出す方がおかしいだろ」

「かなりありがたいっす」

「おう。……ところで、念のための確認なんだがお嬢ちゃんはこの二人に連れ去られたとかじゃねえよな?」


 ヤノシュは晴翔に短かく返事をすると、鞠をじっと見つめて疑念を口にした。


「違います! 二人とも知り合いです!」


 鞠が慌て否定すると、ヤノシュは続けて問いかける。


「そんならいいが。そっちの二人はともかくあんたは冒険者に見えねえな。どういう集まりなんだ?」

「お嬢の父親が上司なんすよ。んで俺ら二人はお嬢の護衛を任されてるっす」


 ヤノシュは胸を張って答える晴翔をおかしそうに見ながら、感心したように二度三度と頷いた。


「護衛が二人も付いてるなんて、あんたよっぽど良いとこのお嬢さんなんだな」

「たぶんそう、部分的にそう」

「なんだそりゃ」


 ヤノシュは訝しんだ。


「考えようによっては悪いとこのお嬢さんかも」


 鞠が首を傾げながら曖昧に答えると、ヤノシュは一瞬目を丸くしたが、すぐに豪快な笑い声を上げた。


「愉快な嬢ちゃんだな。……俺はヤノシュだ。さっきも言った通り冒険者をやってる。そっちは?」


 ヤノシュが笑顔で手を差し出しながら名を名乗る。


「鞠です。こちらは顕孝と晴翔」

「俺はルディクだ。ヤノシュと一緒に冒険者をやってる」


 鞠が握手をしつつ自分達について紹介すると、それに続けて弓を持つ男がそう名乗った。


「さて、そんじゃさっそく街へ向かおうか。そろそろ人の気配に誘われて魔物が寄ってくるからな」 


 ヤノシュの言葉に鞠達が頷き、五人は歩き始めた。

 先頭にヤノシュが立ち、ルディクが後ろを固めるようにして、鞠達三人を守るように移動する。森のざわめきが遠ざかり、街の灯りが近づいてくるのを感じながら、街の方へと進んでいった。

 

 道中、鞠は自分達が家を飛び出して着の身着のまま遭難したことや、なんとか森を無傷で脱したことなどを話した。ヤノシュは彼女の身の上話を面白がって時折笑い、ルディクは静かにそれを聞いていた。


「そんなわけで俺ら住所不定の無職なんすけど、街に行ったらなんとかなりますかね」


 晴翔が今後についての不安を述べると、沈黙を守っていたルディクが口を開いた。


「あの街はアロホルブの中でも荒くれ者や訳ありの冒険者が多く集まる場所だ。あんた達みたいな存在は珍しくない」

「大丈夫だから安心しろってよ」

「そんなことは言ってない」

「いいか、マリ。ルディクはこう見えて親切な男なんだ。森の方から人の声がすることに気付いたのもルディクだしな。だから街で困ったことがあればなんでも相談するんだぞ」

「はーい」

「おい、いい加減な事を言うな。あんたも間に受けるな」


 ヤノシュと鞠のやりとりを聞いたルディクは顔をしかめて即座に否定するが、ヤノシュは揶揄うように続ける。


「素直じゃないねえ」

「ねー」

「意気投合するのは結構だが俺で遊ぶのはやめろ」


 顔を見合わせて楽しげに話すヤノシュと鞠の様子に、ルディクは深い溜息を吐いた。

ヤノシュ……陽気な冒険者。剣で戦う

ルディク……寡黙な冒険者。弓で戦う

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