魔力が多いせいで王子の婚約者になりましたが、魔術が使えないと婚約破棄されました。ありがとうございます。私の人生薔薇色になりました。
「今日、呼んだのはほかでもない。 婚約者としての勤めも果たさず、魔力があっても使えないお前の様な者は私の婚約者に相応しくない! この場で婚約を破棄する」
あまり顔を合わせた事のない第一王子殿下に王家主催の集まりで壇上から名指しされ、近づいた所で高らかに宣言された。
何も言えないので受け入れる意思表示にカーテシーをより丁寧に行う。
腰をおったままの私に構わず、彼はそのまま続ける。
「私の婚約者はここに居るアンザス侯爵家のディアナ嬢とする。皆も大いに祝ってくれ。」
王子は後ろに控える様に立っていたディアナの手をとり、一歩前へと進ませ、自分の隣に立たせる。 2人は幸せそうに顔を見合わせ、
「私の婚約者には美しいディアナが相応しい。」
王子はが囁く様に言うと、
「私、幸せですわ。」
そう、ディアナが答えた。
私は淑女の礼の姿勢のまま震えた。
私の名が呼ばれた事で一緒に王族席に寄った両親が息を呑んだのが伝わった。
倒れかける母を、父が慌てて支える。
兄は私を庇う様に私の前に体を動かした。
会場はざわついている。
当たり前だ。
まだ、夜会の開会が宣言されていない。
開会宣言をする王と王妃、他の王族も揃っていない状況だ。
それでもここは公の場である。
王子が発した言葉は。宣言は。
国を支える貴族達に決定事項として受け止められた。
それでも、このやり方では拍手喝采とはならない。
王はご存じなのか?
アンザス侯爵家は王のご不興を買っていたのでは?
小さい声で、近くにいる身内にだけに耳打ちでヒソヒソ話している。
私は顔の表情を変えない様引き締めていたけれど、すぐに限界を超えた。
込み上げる想いに顔が歪む。
ついに声が漏れた。
「ふふ。」
両親が再度息を飲み、兄が振り返る。
きっと驚愕の表情を浮かべているだろう。
私は更に顔を歪めた。
嬉しさで。
私、伯爵家のレイラ=ヴィンセントは初等魔術学校入学前の検査で魔力量があり得ない程多い事が判明。
そのまま王家の婚約者になった。
婚約者である第一王子は当時15歳。同じタイミングで高等魔術学校に入学し、私達に接点はなかった。
婚約式も顔を合わせた様な、合わせなかった様な慌ただしいもので、会話らしい会話もなかった。
何せ入学と卒業真っ只中に急に婚約が押し込まれれば誰だって気が乗らない。
ましてや歳の差があり、王家と伯爵家の身分差があり、互いに会ったこともなかった。
ただただ国の為の政略結婚である。
私は婚約後すぐの10歳から初等魔術学校に通い、魔力を活かしてよく学んだ。
初等教育の終わりに15歳で誓約魔法を習う。
願い、希望、約束を誓約という形で互いを縛る術。
婚約や結婚などで使用される事はあるけど、効力が高いので軽い気持ちででは使用しないよう言われる。
過去には奴隷扱いの為に誓約魔法が横行していたらしい。
今では刑法が定められ、犯罪となる内容などを学ぶ。
自分に不利な誓約をしない為に。
早くから婚約して結婚する場合が多いので、高等魔術学校に行かない女性が多い。
その為、初等教育の最後に習う。
知っておくべき且つ、分別がついてからしか習得すべからざる魔術なのだ。
入学時から何かと張り合ってくる侯爵家のディアナ。
邪魔されたくない時も多かったけれど、
「1番仲良しの方と試したいわ!せっかく習ったのだから。」と。
「お互いの幸せを願うなら誓約の影響も起こらない!」
と言われ、らしくもなく絆されてしまった。
誓書に2人で詠唱して術を構築し、順番に願いを口にする。
「ディアナが幸せでありますように」
私は祈りを込めて呟く。
「レイラが婚約破棄するまで地味な姿になって口も聞けなくなる」
相手が口にした言葉に驚いた隙に、針で刺して滲ませて誓書の上にスタンバイしておいた指を押し付けられた。
誓約魔法のかかった誓約書が完成してしまった。
すぐに術が効果を発揮する。
誓約魔法は相手のあることなので、誓約にまつわる事柄は筆記ですら伝えられない。
家に着く頃には金髪が濃い茶髪に。
青い瞳が濃いグレーに。
溌剌としたピンクの頬は青白く、目の下にくまが出来ていた。
医者が来ても病気ではないと診断された。
魔術師が来てから、魔術。それも誓約魔法だと発覚したが、何も伝える事はできなかった。
両親や兄は私以上に心配し、気落ちし、今の状況に怒ってくれた。
誓約魔法ならば必ず相手がいるのだから。
互いの同意があったとしても、声を奪ったのなら犯罪だ。
私希望の誓約内容だとしても、相手が止めるべき事象に入る。
まあ、現状はどちらの発案事項かさえ本人たち以外は分からないのだけれど。
魔術は詠唱によって術を構築していくので、声が出せないと使用出来ない。
詠唱が出来ないため高等魔術学校に入学出来なくなり、自宅で独学する日々。
魔術の教師を家に呼ぶ事は出来るけれど、魔術の基本が詠唱な為に実践するしか学ぶ意味がないと思われている。
初等教育で基礎や歴史、道具についても学んでいる為、高等教育は高位魔術の実践が主らしい。
親兄弟も誓約内容が分からないので、術を解くことは出来ない。
貴族は初等魔術学校を卒業すれば、一人前として扱われ、夜会への参加や昼間の社交がスタートする。
王子と私も夜会や妃教育が始まって顔を合わせる機会が増えるはずだった。
ところが同じタイミングで誓約してしまったので、初回の夜会は容姿を取り沙汰してエスコート放棄。
次からは私に招待状すら送ってこない徹底ぶり。
他家からの招待も受けない様厳命され、完全に私の社交はストップ状態となる。
王太子妃教育も始まる予定だったけれど、有耶無耶になったまま。
今は16歳になったけれど、しゃべれないし、地味で王子の隣にはふさわしくない。と、社交場には呼ばれない。
まだ婚約者なのが不思議なくらいだ。
対外的に婚約者として扱われた事は一度としてないし、内々ですから手紙や贈り物を頂いたことさえない。
口から音を出すことすら出来ない状態なので、お父様から王家へ婚約破棄の打診はしてもらった。
それでも王家は誓約魔法が完了して誓約が解除された時を考え、破棄の承認は下りなかった。
一家総出でストレス溜まりまくりな所に王子の立太子を祝う祝賀の招待状が届いた。
婚約者として、さすがに名指しされた招待を断れずに参加。
嫌々来たけれど。
なんという僥倖!!
自分の「ふふ。」が聴こえた時の感動!
兄たちの動きから、空耳や勘違いではないはず。
ニヤけるまま顔を上げる。
すぐ前にいる兄の戸惑い顔が弾けた様な笑顔に変わった。
確信得たり!と優雅に微笑んでみせる。
振り返って両親に向き直ろうとした所で王子の唖然とした顔が目に入る。
驚きを通り越して顔面蒼白だわ。
再度、余裕の笑みを浮かべながら淑女の礼をとる。
顔を上げてディアナに向かって会釈をする。
視線はディアナの顔から逸らす事はない。
ディアナは目に見えて身体中を震わせている。
あれは怒りに戦慄いているのか、恐怖に打ち震えているのか。
残念ながら前者でしょうけど。
クルッと踵を返して両親と向かい合う。
2人の目には涙が浮かんでいた。
「お父様。お母様。」
しっかりとした声で呼ぶ。
お母様の方が声にならないらしい。
ハンカチーフで涙を拭いながら私に向かってもう片方の手を伸ばす。
私は軽快に2歩進み、お母様の伸ばされた手を両手で包む様に握りしめた。
お父様も感極まった様子で、片手はお母様を支えたまま、もう一方の手を伸ばして私の肩に乗せる。
静かに涙するお母様から、お父様へ視線を移す。
うれしそうに「良かった。」と何度も呟くお父様の青い瞳に映る私は茶色い髪では無かった。
会場は静まり返り、王子と私たち一家に注目が注がれている。
灯りが煌々と灯された会場内で私の髪色の変化は皆の眼を楽しませたことだろう。
静かに喜び合う私と壇上との間にポンっと音がして振り返る。
全ての人が注目する中、誓約書が現れ、その途端に火がついて燃え尽きた。
灰が静かに絨毯に落ちる。
私たちを苦しめた誓約魔法が完了した証だ。
皆が立会人である。
問題は誰と結んだ物か。今となっては口にする事は簡単だった。
けれど、証明は難しい。
問題は誓約書が燃えて無くなる為、確認が出来ない為だ。
ディアナが認めるとも思えない。
私としては、婚約が破棄され、声が出る様になり、家族が苦しみから解放された喜びが大きい。
詠唱が出来るなら試してみたい魔術が脳内で列をなしている。
王太子妃教育もないわけだし、早く帰って色々試したい。
ディアナには2度と関わりたくない!!
こちらはそう思っているのに、ディアナは違った様だ。
一際声が通る様に設計された壇上から王子へ進言している。
「まあ。こんなに場を騒がせる騒動を起こすなんて!
王太子殿下の晴れの日を台無しにするつもりですわ!
衛兵に捕えさせましょう。」
さあ、命令をどうぞ!と言わんばかりに王子の袖を引っ張っている。
普通に退室したいのに、衛兵に捕らえられるなんて冗談じゃないわ。
ふつふつ怒りが湧いてくる。
軽率に、勝手に信じて、誓約を行った自分が愚かだと分かっている。
罠に嵌まる私よりも罠に嵌めたディアナが上手だった。
貴族社会では往々に起こり得ると分かっていながら、私事としては思いもよらなかった。
だからこそ、王族の妃など勤めたくもないけれど、務まらない。とも確信した。
私たち一家だけでなく、会場内が王子の発声を待つ形になり、ようやく王子が口を開いた。
「あれは地味で可愛くない。私には自分が相応しいと言ったのは嘘だったのか?」
かろうじて前方に立つ私たちに聞こえる程度の声はディアナに向けられた。
ディアナは私たちにも聞こえない小声で何やら言っている。
とにかく、早く解放してくれないかしら。
どうせなら婚約破棄の手続きもしてしまいたいわ。
また王城へ来るなんて真平だし。
固唾を飲んで出方を伺う。と言う雰囲気から、会場内が白けた空気になっていくのを肌で感じる。
近くにいる方たちからの同情する様な眼差しが居心地悪い。
いまだに壇上で揉める様子を見せるお二人にすっかり飽き飽きしてしまい、お父様に
「帰りませんこと?皆にも心配をかけてしまっているから早く安心して欲しいわ。」
と耳打ちする。
お父様はお兄様とお母様に目配せを送り、皆頷く。
この茶番もしくは寸劇の様相を醸し出すお二人にいつまでも付き合う義理は既にないのだし。
お父様がお母様を。
お兄様が私をエスコートする格好で出口へ4人揃って一歩踏み出したまさにその時、ラッパの音が鳴った。
王様、他出席なさる王族方のご入場合図である。
皆が礼を取って出迎える。
私たち一家も仕方なく例に倣う。
王族は私たちが使用する扉とは別の、壇上に設置された入り口から静々と威厳を保ってそれぞれの席の前へ移動する。
皆様の移動が終わると王様から声がかかる。
「皆の者、面を上げよ。」
会場中の人々が一斉に直る。
第一王子はまだ移動が完了しておらず、更にディアナを持て余している様に見えた。
婚約者ならば一緒に席へ向かい、立太子と共に婚約発表すれば良い。
壇上の微妙な位置に立ち尽くしているのがまた、なんとも。情けなさが漂う。
きっと、顔を上げた会場中の皆様が疑問に思っているはず。
王太子、何でそんなとこに立ちんぼしてるの?
目立つため?
いや。それはただの悪目立ち。
そしてみんな残念に思っているハズ。
王様は第一王子には眼もくれず、言葉を続けた。
「本日は我が国の為に尽くしてくれる皆に王太子の決定を報告する為に集まってもらった。
今から発表する者を王太子とし、続けて立太子の儀を執り行う。」
お決まりの台詞にお決まりの人物指名を前にしても、会場の雰囲気は厳かで引き締まった雰囲気になっている。
立太子した王太子が健康面等で問題なければ次は王位継承が行われる。
今の王様はお若く40少しくらいのお歳なので、王位継承はかなりの年数を経て行われると言うのが大方の見方だ。
それはそうだ。
現王は賢王。
次期王は不安だらけ。
賢王の在位が長ければ長いほど良いというものだ。
仕方ない。
明らかにそわそわしている第一王子。
寄り添う様に立つディアナ。
ディアナに浮かぶのは引き締めようとしながらも緩んでしまうといった表情。
優越感を滲ませた口の端をそのままにチラッとこちらに視線を向けた。
いや。
羨ましくも悔しくも何ともないから。
そんな顔されても、心の底からお祝い出来るし。
言え!と言われればお礼を言っても良いくらい。
私も感謝を込めて微笑んでみせる。
途端にディアナの表情が引き攣る。
会場内を見渡した王様は漸く次の言葉を発した。
「次期王太子には第二王子 サリム=アランフォードを任命する」
皆が息を呑み、第一王子は皆に背を向けたまま口をパクパクさせていた。
隣では先程までと違い顔を曇らせたディアナ。
2人の横顔がバッチリ見える端の端にいたので、特等席とも言えた。
少しの間、潮が引いた様な静寂が訪れる。
王様は第一王子を一瞥し、続ける。
「第一王子は今回の騒動の責を取り廃嫡。
処遇については追って沙汰を待つ様に。
また、」
そこで今度は私たちへ体を向け、
「第一王子の婚約者であったレイラ=ヴィンセント嬢については瑕疵無きものの婚約自体を白紙とする。
希望があれば王家が責任を持って縁談を準備致そう。
・・・・・
長い間、苦労を掛けてすまなかった。」
王様が頭を下げる事は出来ない。
それでも謝罪の気持ちは伝わって来た。
自然と、ヴィンセント家の者は静かに礼で応えた。
「書類上のやりとりもある故、後ほど時間をもらいたい。」
王様からの言葉に
「畏まりました。」とお父様が落ち着いた声で答えた。
これで収まるはずはない。
第一王子が声を上げる。
「父上!何故ですか?何故こんな事に!?」
王様に近づこうとして衛兵に止められる。
「レイラ嬢との結婚が必要なら問題ありません。レイラと結婚します!」
余りの酷さに、流石に場内が騒めき始める。
本当にディアナには感謝だわ。
自分勝手で人を尊重する気持ちのない人と結婚せずに済んだのだ。
後は、ディアナが叫んだり、ディアナの両親が頭を抱えたり、頭の沸いた第一王子が取りすがって来たりと混乱し、魔術師団の方が灰から誓約書を復元し、サインからディアナの蛮行が明らかになった途端に魂が抜けた様に崩れ落ちたりでなかなか喧騒な幕開けとなってしまった。
本日は立太子を祝う会。
落ち着いた頃合に立太子の儀が滞りなく行われ、第二王子の凛々しくも若者らしい清々しい振る舞いに皆が安心感を抱いた。
その後は会場内で楽師が音楽を奏で、踊る者や談笑する者達で華やかな会となった。
ヴィンセント一家はホール近くの部屋で王様より再度謝罪され、王家有責として婚約破棄の上優遇措置が取られることとなり、私は高等魔術学園に通える事になった。
学園では通常の生徒が立ち入れない古書の閲覧も約束され、すでにウッキウキのレイラ。
第二王子婚約者に。との打診を断り、ようやくヴィンセント家へ帰宅。
屋敷の皆に涙を流して喜んでもらい、幸せな夜が明けていった。
次の日から、求婚の手紙や贈り物で執事見習いが悲鳴を上げるのはまた別のお話。
第一王子は王弟である辺境伯領で鍛え直す事になり、上手くいけば一代公爵になるかもしれないそうだ。
皆は10年以上かかると噂しているらしい。
ディアナの家はディアナを王妃にする為に画策し、密輸や脱税がバレて爵位を侯爵から男爵まで降爵されたらしい。
ディアナは第一王子についていくと言う選択肢があったものの、あっさりと断り、男爵令嬢として婚活すると宣言して強さを示した。
結局、ディアナの誓約魔法で悪は暴かれ、適材適所に配置換えがなされたことは国に取って良い結果になったことは間違いないのであった。