影を生きる暗殺者は太陽の巫女に癒やされる。
朝、目が覚めて思い付いた設定を文章にしただけの短編です。気が向けば続きも・・・?
お楽しみいただければ幸いです。
太陽が頂点へ登る頃、その男は王都の大通りに立ち並ぶ店を物色しつつも人の流れに逆らわず歩いていた。
特に印象に残らない見た目は、王都の平民に多い茶色い髪、茶色い瞳。顔立ちも可もなく不可もなくといった様相で、周囲に溶け込むその男は、ふとつぶやいた。
「終わっちまった、か。」
残念そうな声色は低めに響いたが王都の喧騒の中へ。男の声が誰かに届くことはなかった。なぜなら周囲の人間にはそれを気にする余裕などなかったから。
現在、王都の中心街から少し外れた貴族街では昼間だというのにさらに明るく煌々と周囲が照らされていた。というのも、前代未聞なほどの大火事が起こっていたからだ。
その火元はある伯爵家の屋敷で、広大な敷地内にある建造物や植物がもれなく全て燃えている。立地的にして幸いにもそれ以上に広がることはなさそうだ。
平民の生活圏まで火が届かなかったのは、領民から搾り取った税金で周囲の土地まで買い上げた伯爵家のおかげで屋敷周辺がくるりと空白地帯となって広がっていたからなのは、皮肉な話である。
さて、話を男に戻そう。というのも、この火事の原因、それこそがこの男なのである。
男は暗殺者であった。
伯爵家に怨みある人間からの依頼により、伯爵家の人間を暗殺するため、使用人として伯爵家に潜り込んで3ヶ月、執事見習いとして伯爵及び伯爵夫人、さらに嫡男の3人のことを徹底的に調べ上げ、使用人の中にも伯爵たちに追従して依頼に関係するものを絞り込んだ男は、今日、暗殺を実行することにした。
領主でありながら領地には赴かず、家族揃って王都で暮らす伯爵一家は、年がら年中屋敷内にいるため、特に苦労することなく始末できた。自室にいるところを背後から忍び寄り昏倒させ、ベッドやソファなどによく燃える魔物素材で作られた紐で縛り付け、屋敷に火をつけた。それだけだ。
「そろそろ良いか。」
男は周囲の注意が自身に向いていないことを確認してからそう言うと、すぐそばにある路地へとスッと入り、そこでスキルを発動する。
「【影移動】」
発動キーを男が口にすると男の姿が足元の影にとぷんと消える。そして、路地には誰もいなくなった。残ったのは大通りとは打って変わった静けさだけである。
★★★★★
大通りから遠く離れた別の裏路地。建物の影の中に先程の男が浮き上がる。影の中から出た男はふぅと一つ息を吐くと別のスキルを解除した。
すると男の姿は一瞬、ザザッとブレたあと、全く別の姿になる。
先程までの十人並みの見た目とは裏腹に、王都で、いや、王国でも珍しい黒髪、よく見ると緑掛かった黒い瞳の青年はぐぐぐっと伸びをする。服だけが一般的で若干の違和感があった。
「だぁ〜、つっかれたぁ!仕事だからしょうがねぇけど、伯爵家毎日毎日贅沢三昧、下らねぇ用を申し付けちゃあ癇癪起こしやがって!」
それは先程完了した依頼の愚痴であった。男は溜め込まないタイプなのである。
ここは王都の外れ、外壁に沿った平民街のさらに奥。通称、貧民街。貧しいものだけでなく後ろ暗い者が住み着く魔境である。ここには教会関係者や王侯貴族であってもほとんど手出しをしない。足を運ぶことはない場所である。
ーーーーはずだった。
「わぁ、かっこいい。」
男は声に反射的に反応し飛び退く。そして、そこで目にしたのは、薄暗い路地には似つかわしくない、眩しく光り輝く少女だった。
「おにいさんはここにすんでいるひとかな?」
天真爛漫にそう尋ねる少女はキラキラとした目を男に向ける。小さな少女のそんな視線に慣れていない男はしどろもどろになりながら誤魔化そうと答えたのだった。
「あ、あぁ。そこが俺の家だ。」
自分でそう言って男は驚く。なぜなら、正直に話してしまったからだ。│暗殺者《職業柄》、無防備になってしまう自分の寝床を他人に漏らすことはありえない。それをこの少女には喋ってしまった。これは一体どういうことだろうか。
男の思考は普段の仕事の時よりも高速で回転し、事態の収拾を図る。混乱しつつも対応しようとするあたり、男もプロであった。
「それで、お嬢ちゃんはどうしてこんなところにいるのかな?ここは危ないよ?」
「う〜ん、わかんない!神さまの言うとおりに歩いていたらここに着いたの!」
男はその返答に天を仰ぐ。最悪だ。少女の言葉にはどこか神聖な空気を感じた。
眩しさ、嘘がつけない、神様、神聖。これだけの要素があれば、男には少女の正体がおおよそ推測出来てしまう。
「神が俺の出現ポイントに誘ったなんて、なんつー冗談だ。笑えやしねぇ。
しっかし、教会お抱えの巫女がこんなところにいるなんて知られたら何が起こるかなんざ、火を見るよりも明らかだぜ。
悪いことは言わねぇ。お嬢ちゃん、とっととここから立ち去りなぁ。」
男は少女に親切心で忠告するも、少女はそのことはスルーして別のことに感心する。
「おにいさん、わたしが巫女ってとうしてわかったの?」
「そいつぁなぁ、っとやっぱりもう遅かったかぁ。」
男は少女の純粋な疑問に答えようとしたところで、周囲に気配が複数近づいてきたことに気がつく。囲まれた。
「?どうしたの?」
「お嬢ちゃ、いや、巫女サマよぉ。あまりお供もつけずに出歩くのは、今後控えた方がいい。」
「えぇ〜。だって、いっぱいなんだもん。」
少女が不貞腐れて頬を膨らませる様は、愛らしく癒やされるものであるが、今はそんなときではない。頬が緩みそうになるのを必死に抑えながら、男は気持ちを切り替えて、周囲の気配に問いかける。
「てめぇら!どういうつもりかしらねぇが、それ以上隠れて近づいてみろ?命の保証はしねぇぞ?」
男は両の手にスキルを発動待機状態で留め、いつでも攻撃できるように構える。用意したのは、広範囲の敵を薙ぎ払う切断属性の魔法だ。
男の脅しが効いたのか、それとも相手方の余裕か、指定した範囲のすぐ外側で止まった気配が姿をあらわす。それは全身を黒い装束に包み、片手に短い刃物を持った男であった。顔も黒い布で覆われて確認できない。
「こちらはあなたと争う気はないんですよ。そちらのお嬢さんの身柄をいただきたいだけです。おとなしくお渡しください。」
黒装束の男は口を開くなり少女を要求した。
「わたくし共は其方のお嬢様の捜索を教会より命じられた者にございます。けしてお嬢様を傷つけることはありません。」
黒装束の男の言葉を受けて少女をちらりと確認する。その顔には薄っすらとだが緊張の色が濃く出ていた。
男には黒装束の男の言葉が真実なのか分からない。それを確かめるには、この少女の協力が必要だった。少女にとっても自身の安全がかかっている訳だから協力してくれるだろうと考えて目配せする。
少女は一瞬考える素振りを見せたが、即座に決断して頷いた。
「あの!」
少女は緊張しているのか、声が上ずってしまったが、黒装束の男の注意を引くことはできた。
黒装束の男が少女に視線を向けたのがわかった男は状況を見守る。その手にある必殺の力は握りしめたままだ。
「あなたたちはわたしをむかえにきたひとですか?!」
少女の質問はあまりにも普通だった。しかし、男の意図を完全に理解した質問だった。
黒装束の男は特に考えることなく、口を開く。対話をしようと出てきただけあって、質問には答えてくれるようであった。
「いいえ。我々は貴女を亡き者にするために遣わされた者です。ーーっ!?しまった!」
男は答えてから口を塞ぐ。しかし、もはやそれに意味はない。なぜなら、事態は動いていたからだ。
「それだけ聞ければ十分だ。さて、後はお前だけだ仲良く逝きな。【影斬撃】」
男がスキルを発動させると次の瞬間には黒装束の男は自身の影の中から放たれた影の剣に斬られ倒れる。同様に周囲を囲んでいた黒装束の仲間も倒れた。そこかしこから似た格好の者たちがバタバタと現れる。
「あれ?なにもみえな〜い!」
男は少女の目を塞いでいた。この光り輝く少女に人の死に様を見せるのは忍びない。穢れ無き魂は守られるべきというのが、男の信条の一つだった。
「見なくていいさ。さて、巫女サマよぉ、とりあえず教会に行くか?」
「う〜ん、まずはおいしいパフェがたべたい!」
男は少女の言葉に頷いた。教会に返すのは決定事項としても、少しくらい束の間の自由を満喫させてあげてもいいだろう。
(それに・・・。)
男は少女の近くにいるだけで、どこか心が癒やされているような感覚を覚えたのだ。
日々、仕事に追われる毎日。すり減る心を少しばかり癒やすくらいいいじゃないか。
「それじゃおててつないでいきましょ?」
少女にハイっと手を差し出された男はその手を取った。手を繋いでパフェの店を探し始める。
これが、影の中で生き続けていた一人の暗殺者と教会に所属する巫女の中でも最高位に座する太陽の巫女との出会い。
彼らの出会いが今後、何を起こすかは分からない。ただ彼らは友達になっただけなのだから。