14・生命前駆体、って
14・生命前駆体、って
深海底の熱水噴出孔にそそり立つチムニー内の小さな小さな穴っぽこの中で、彼は満を辞してそれを開始した。
元素を合成し、アミノ酸を発明し、タンパク質に編み上げ、ヌクレオチドにまで高めて、そいつをさらにRNAの形に組み立てた。
エネルギーをつくり出す材料はその中におおむね含まれてるので、今度はそれを収めるパーソナルスペースづくりだ。
脂質をかき集め、「自分の世界」を覆って外膜とし、閉じた系を実現した。
膜の内外に陽子勾配をつくり出し、脂質のすき間にチャンネルを設けて水素イオンをくぐらせることで、エネルギーを得る術を覚えた。
こうして、チムニーの半導体を満たす電流から独立した、オリジナルなエネルギー機関を持つ生命前駆体が完成したのだ。
・・・と、ここまでは、実は彼が意図してやったことじゃない。
自然の偶然が積み重なった結果、操作なしで稼働する完全に自動的・自律式な機構が組み上がったんだ。
その中に、いよいよ彼が目覚めることになった。
自覚というものが、この瞬間に確立された。
彼は、まずどうしようとしたか。
目的などというものは、なにもない。
生きるという概念が、まずない。
体内に据えられたエネルギー機関が生み出すエネルギーは、エネルギー機関そのものを動かすためにのみ使われるという、ただただ純粋なエネルギー循環体だ。
しかし、そこに宿る彼は本能から・・・生命として必ず駆り立てられるべき性質から、こう直観したはずだ。
「動くぞう」「動きつづけるぞう」、そして「とまるもんか」、と。
彼は、生きよう、などと考えられるほど成熟してはいない。
ただし、「死んではならない」ということだけは、完全に知っていた。
ここに、彼は誕生した。
つづく




