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世界のつくりを説明する試み  作者: もりを
宇宙編
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14・科学実在論って

14・科学実在論って


「コペンハーゲン解釈」を、この話のずいぶんはじめの頃に出したんだけど、厳密にこの解釈を説明すると、「素粒子が位置と運動量を同時に捉えさせないのは、観測時に他から受ける相互作用の影響の問題なのであり」「実験が不可能な事象を説明しようとする作業は無意味だ」という立場から、観測収縮という量子的現象の存在を否定するということのようだ。


論理実証主義というわけだが、どうも腑に落ちないではないか。


なのに、これを言い出したボーアさんとハイゼンベルクさんの権威はとてつもなく、アインシュタインさんあたりが強烈に抵抗したにもかかわらず、科学界の多くはそちらになびいてしまったのだった。


そこで立ち上がったのが、科学哲学者たちだ。


科学は最高度に洗練されると、実験と観測から、数学と哲学の問題へと移っていくのだ。


事実、原子の構造など視覚では捉えようがなく(「確率の波」である波動関数状態なので)、数学的な確実性を積み上げ、抽象的な模型(視覚的には具象の形で)を立ち上げて概念化するしかない。


例えば、最新鋭理論である「ちょうひもりろん」なんて、11次元の空間にチョロひげのようなヒモが輪をつくったりそよいだりしてるトポロジー世界だが、感覚や経験から完全に独立したそんな理論が立ち上がり、物質の振る舞いを正確に(というよりも近似的に)描写できるようになってる(らしい)。


そんなわけで、実験物理は理論物理の予測を確認するセクションになっていく運命なのだった。


話は戻るが、こうした経緯から科学哲学方面がカウンター的に沸き立ち(つか、物理学会に抵抗しはじめ)、「科学実在論」すなわち、観測できないものもまた実在するという、当たり前に思えるムーブメントが開始された。


つづく

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