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ぱんけーきイズでっど  作者: アラタオワリ
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# 出会い (1)

 零香は日本の大学に進学、医療工学を専攻していた。彼女はAIと脳神経医学とのクロスオーバーに対して学ぶなかで、ありもしない境界の善悪の先へとブレイクスルーしたい初期衝動に囚われていることに気付く。抑えきれずに零香は神経医学への転学部を願い出た。受け身で生きていくことに慣れていた彼女が、共感的な自己の謀反に身をゆだねていた。

しかし、彼女の描く未来は教授にニヤつき笑われながらたしなめられた。

「刺激的なアイデアだけれどSFの世界を現実化することは簡単ではない。

まず、気持ち悪いよ。混ぜちゃいかん。

倫理的にも。社会構造を揺さぶっては誰も徳はしないよ。この国では新しいことをやろうとしたら、今いい思いをしている人達は死活問題だから大騒ぎして、君が人を殺した犯罪者の如く扱うだろうな。耐えられるか。親御さんにも迷惑かけるよ。先ず相談した方がいいな」

零香のシナリオは悪い方の筋に流れて行きそうであった。出来れば、教授の太鼓判をもらって、母親と争うことなく承諾へと持っていきたかったのに。

「母には・・・・無理です。嗚呼、同調圧力渦巻き既得権益を守ることに力が働くこの国の社会的土壌なんかクソくらえ、もううんざり」

無意識に言い返していた。ビックリした顔の教授に我に返り、「失礼します」とだけ言って足早に廊下へ走り出た。彼女の決意は崩れ去ることはなかった。

「この衝動に従う私の覚悟こそが、お母さんの束縛から逃れる最後のチャンスなのよ」

これまでの彼女は母親、一美の感情的支配の下で自我を封印する如く生きて来た。幼少期から、人と違うことをするとぴしゃりと叩かれた太股のひりつく感覚を宿して暮らしている。

キッっと睨まれながら正される日々。

この大学に進学を決めたことを話した時もそうであった。

「世間は大人しい顔をしながら裏では侮蔑するのです。私のような思いをさせたくないのよ。あなたのおばあちゃん、久子が典型で、個性なんて無様な踊りを自己満足でニヤニヤ振りまいていただけ。私はあの社会人失格の親のせいでどれだけ明るい未来を邪魔されたか。良識あると驕っている普通の人は私の前ではハイエナになるような呪文をベタベタ張り付けたの。

久子の母親もあの時代に駆け落ちしてアメリカに行ったし。

本当にこのようなふざけたこんな女系は断ち切らなくてはいけないのです。私で最後、社会から舌打ちされるような差別を受けるのは。

あなたの為だし子孫に対しての使命よ。

公務員になって、犯罪など起こさない旦那と波風立たない孫たちの姿を見させてよ」

何も言い返せず泣いている零香を祖母の久子は走って来て守ってくれた。

「あんたはつまらないね。行くよ。

腹を痛めた我が子が孫の才能を見極められない弱虫なヘタレで残念でしかない。

ウチの女系は当たり前を倣うしかできない人々の惰性を暴いて、今では当たり前になった自由を差し出して生き抜いたってのに。

さあ行くよ。

一美ったら、感情的な正義に逃げやがった。

あなたにもわたくしの血が流れている。否、隔世遺伝だからより強固なDNAが引き継がれているの。だから、閃きを信じて生きなさいよ」

「生きるって? 」

「早いうちに一美から離れなさい。ごちゃごちゃ、うるさかったら、この国を出てしまいなさい。その時の為に役立つかもしれない。私とおばあちゃんが繋いだ手帳を渡しておくわ。私だけじゃなく、ひいばあちゃんの名前も頼りにしたなら、より多くの人達があなたを助けてくれるから。無視したら久子に言ってやるって言えば文句を言う奴はいないよ」

ギュウと意地悪なユーモアがにじむ表情でグイグイ、親指と人差し指を目いっぱい広げてつかめる程に厚い手帳というより紙の塊をみぞおち辺りに押し込む。

「私はあなたの専攻している分野はよく分からないけど、一つの国だけの為の技能とかではないんだから、人類のために最高の結果へ進むには世界一の環境で努力するべきよ。

道が見えたら、今の大学を辞めたっていいから留学でもしなさい。この、手帳を生かしてくれたら、私たち三代の成果よ。ほら、持っていきなさい」

「おばあちゃんと、お母さんと私? 」

「あ? 違うわ。あなたの、ひいおばあちゃんと私と、一美を除いてあなたよ」

「え?」

「私のおばあちゃんの生きた証や哲学もこの束には詰まっている。暇な時に読んでおきなさい。下手な自己啓発本より意味があるから。

これで、私は悔いなく死ねる」

「やめて、縁起でもないんだから」

「最強のお守りになるから、餞別代りよ。

まだ死なんから形見じゃねえわい。ヒヒヒアハハハハハハ!

まあ、話を戻すと。零香の興味ある学問関係に助けになりそうな人もいる。サリンジャー君、いい人だったな。いずれ、この人にあなたの夢を話してみな」

久子がグリグリした重い圧迫感の記憶が教授のニヤついた顔を吹き飛ばしてくれた。

「そういうことね」

零香は突然の初期衝動が隔世遺伝の目覚めだったとのだと悟った。

「そうよ、あの手帳はどこ?

そうだ、大事にこっちまで持ってきて秘密の宝箱にしまってある」

零香はアパートに戻ると押し入れの奥から宝箱を引きずり出した。

「本当に手帳の体を成していない紙のおにぎりね」

乱雑な大きな束に思えたがよく見ると、ばあちゃん、ひいばあちゃん、ごとの帯紐の括りがまずあり、それを解くと色のついた絹糸で括られ種別ごとになっているようだ。

仕事の進捗状況などの括り、感情の吐露の括り、そして、友人との交流記録の括りなどがあった。久子の言っていた人脈の黄金の架け橋を先ず見つけたかった。先ず、挟まっていた久子宛ての何枚かのエアメールにある差出人について調べることから始めた。

検索エンジンに名前を入れると脳神経学において世界的な博士でザッカリー・カレッジ名誉教授であるG・サリンジャー博士についての記事が表示された。

「マジ?

それにしても、ばあちゃん、何者なんだ。なんで私が興味もつ先が分かったん?

占い師なの?

スゴっ」

零香はその日の内に徹夜で論文を書き上げると、大学のメールフォームに送った。

久子の名前も併記して。


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