# パティシエ失踪事件(2)
紗耶は先に娘の分を準備してあげようとアウターを脱ぎエプロンを付けている時、ふっと嬉しさに笑みがこぼれた。新学期までの二週間程度、喫茶店でアルバイトをしたいと言われた時、これまでの努力が水の泡になることを恐れ、ちょっとした口論になったが、何事もなく最終日を終えた。何より、初バイトをやり遂げた立派に育ってくれた娘を思い、ぐっと胸に来るものがあった。
「いけない、冷めてしまうわ」
紗耶が商店街の人気のから揚げを皿に並べ終えていると、リビングからテレビの音が聞こえてきた。
「おや、珍しい。おかずを買ってきた時には、キッチンに顔を出しておかずを一口つまんでからリビングに行くのに」
何気にふと足元に視線を落とすと、収納スペースの扉からレジ袋の端が見えた。
「ちゃんとしまいなさいよ・・・・」
そこには、ちょっとなお菓子を作るには収まらない量の粉や、「あの時」のパンケーキのレシピに合わせた材料が押し込まれていた。気が付いた時は叫びながらリビングへと向かっていた。
「麻衣!
あなた、どうしたのこの材料は?
何人分作る気なの? 」
びくっとした娘の背中が目に入った。
「麻衣、あの材料はパンケーキ・・・・」
背中の向こうに見えたテレビからニュース番組のナレーションが流れてきた。
『また、パティシエ失踪事件が発生しました』
紗耶の脳裏に数年間の平穏を壊す最悪のシナリオが首をもたげ始める。
『ここ数年は年に一度あるかないかであったものが、今年に入ってからすでに30件というハイペースです。個人のスイーツ店だけではなく大手お菓子メーカーなどでも警戒は広がっております。なお、この事件の特徴としては、新規の事件の数日後に、行方不明であったパティシエの方々が以前の記憶に障害を負った形ではありますが、発見されるということが続いております。中には事故に巻き込まれお亡くなりになられる方も出ております。
もし、皆様の近くで気になることなどがございましたら最寄りの警察署や・・・・』
紗耶はテーブルまで走り、リモコンを掴むと乱暴に操作して電源を切った。
「ねえ、あれは、店で出すとかじゃないわよね。
麻衣!
あなた、お母さんとの約束破ってないわよね」
感情的に問い詰めてしまっていた。
「友達に作ろうとしただけ。心配しないで、バイトは今日で終わりだから、店にもいかない」
いつになく、激しい姿にビックリしたが、次第に落ち着いたところで、ふと疑問に思ったことを母に聞いた。
「ニュースの最後の天気予報見ないの? なんで消しちゃうの。この時間だけはお母さん、必ず見るでしょ」
「今日は見ない。ネットで見るわ。ごめん。
謝るから。
悪いけど、準備出来たおかず運んで」
そういってキッチンに戻って行った。
「ごめんね、お母さん」
正直に話そうかどうか考えながら後を追っていく時に、テレビが消される寸前の言葉が蘇ってきた。
「スイーツ店オーナーシェフの鈴野圭吾さん誘拐事件から早6年、解決はされず連続失踪事件として今もなお発生しています。・・・・」
その瞬間、静かな感情のまま涙が流れる。
「え、また? 」
紗耶は涙を流している娘を見ると駆け寄って抱きしめた。
「ごめん、お母さんが悪かった。感情的になって怖かったんだね」
麻衣はふっと自分が見えなくなった。
そして、推しのヒミの声がよみがえった。
「待って・・・・
菓乃
菓乃
菓乃・・・・」
そのまま気を失ってしまった。




