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ぱんけーきイズでっど  作者: アラタオワリ
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# 再出発の記憶

 パティシエ失踪事件は鈴野圭吾の発見により、いくつか疑問を残しながらも幕引きとなった。しかし、痴情のもつれではないかなど興味本位な煽情的報道によって、小さな町を飲み込んだ下衆の微熱はそう簡単に引くことはなかった。蜂谷家と鈴野家の尊厳回復は望み薄といってよかった。

鈴野紗那は記憶喪失となった夫の療養入院を口実にすぐに町を出て行った。妃美香はお誕生日会後、菓乃とは会えないまま別れてしまった。また、騒動から1ヵ月ほど過ぎたころに蜂谷家も街を出て行ったが、妃美香は母に引越し日を聞きだしてもらい会いに行くことが出来た。

その日、妃美香は少しでも長く風と居たかったので、聞いていた時間よりも早く蜂谷家に向かった。しかし、人の気配がすでに無く静まり返っていた。

「え? もういない。行っちゃったのかな」

泣きそうになりながら、とりあえず家の周りを歩き始める。その時、少し離れた空き地にタクシーが1台停車しているのが見えた。

「ヒミちゃん」

風の母親が手を挙げて近づいてきた。

「何? どうしたのさ。学校は? 」

「お母さんに手伝いに行くことを口実に休ませてもらったから大丈夫です」

「フッ、相変わらずね。ありがとう」

「おばさん、荷物とかは運び終わったんですか」

「いや、なんもねえんだよね。遠くへ行くからほとんど捨てちゃった」

妃美香は零香の口調もそうであるが、以前とは違ったカラッとした気持ちの良い印象を受けた。

「遠くですか? 」

「そう。あ、フウはもうタクシーに車に乗っているよ。私はもう一度家を確認してくるから、それまで少し話しをしてあげて」

少女はなんとなく、かわされた気がしたが、軽く頭を下げて離れようとすると。

「ヒミちゃん!

今までありがとうね。ウチの子はちっこくて、大人しいから虐められがちだったけど、あなたが体張って守ってくれたおかげで学校に行けたことがどれだけあったか」

「へっちゃらです。でも、最後は守ってあげられなかった。

フウちゃんも菓乃ちゃんも・・・・」

「気にすんな、フフフ。菓乃ちゃんのとこも私と風にだって、下衆な噂になるようなやましいことはないからね。大丈夫、アハハハハ」

妃美香は少し笑顔になって、急に主立ったように思い出したように空き地へと駆け出した。

運転手とチラッと目が合った次の瞬間、後部座席側のドアが開いた。

丸っこい顔の風がひょっこり顔を出した。彼は妃美香を認識すると軽く手をあげながら嬉しさをダダ洩れさせて車から降りて来た。

妃美香は走ってきた事実を誤魔化すみたいに余裕をもった歩き方にシフトチェンジする。

「来たんだね」

妃美香は急に素直になれず望みと真逆のことを匂わせてしまう。

「ああ、どうせ、もう、死ぬまであえんし。

まあ、ちょっとく・・・・」

いつもなら彼女がしゃべり終わるのを待つ筈の風が珍しく遮るように。

「僕はいつかまた三人でパンケーキを一緒に食べたいんだよね。菓乃にはあれ以来会えなかったから・・・・

仲直りできるか分からないけど

やりっぱなしで迷子になった

このドキドキが消えないまま会えなくなるなんて・・・・」

自分が本当は言いたかったことを素直にぶつけられた妃美香は動揺して口走った。

「え? 何かしたの? 見たの? 」

そう尋ねた時に零香がやって来た。

「お待たせ、ちゃんと話せたかな。じゃあ行くかな。先に私が乗るよ」

黙って頷いた風は最後にもう一度丁寧に妃美香の瞳を見据えて。

「ヒミ、ありがとう。また会おうね」

そう言うと車にサッと乗り込み、扉が閉まる前にシートベルトをした。

― カチッ ―

シートベルトの金具の音にビクッとした妃美香の前で扉が閉まるのが更に切なくなって泣いてしまった。

「素直に・・・・くそ・・・・」

その後、ひとり街に残された彼女は今まで気にしなかった大人の世界の未熟さを目の当たりにすることも多かった。

「あ、あれ、例のところの子供? 」

「違うわよ。みっともない人間たちは何処かに引っ越したわよ。

あの子は何でもない家の子よ」

彼女はそう呼ばれた。

その頃から妃美香は以前のような活発な印象を与えることもなくなり、あまり目立った行動をしなくなっていた。それは、この町で身を守る所作のように感じ、その呪縛に臨んで囚われていくことの方が楽に思えていたのだ。

ただし、この町を出るチャンスがあるのならば、「何でもない子」を派手にぶち破りたい感情は日に日に増していた。

その願いは神様に届く。中学校の入学式の帰りに、母親とショッピング中に芸能のスカウトをされた。何者でもない自分から逃れるきっかけを求めていた彼女には渡りに船であった。

初めは地下アイドルと呼ばれながらも、雑誌や短いスポットもテレビで流れるまでになって、僅かながらも自分が誰かの癒しになっていく。

そんな自己肯定感が安定する思いをする反面、肉体の疲労やネットから溢れる名誉棄損上等、有象無象の生霊の怨念が、大手を振っていたぶって興奮してべろべろしてくる世界に精神が軋んで千切れそうにもなる日常ではあった。

実際は一万粒の善意の中に紛れた一粒のごみであっても死にたくもなる。

臭い物は目立つ。

撃ちまくって木端微塵にしたい思いが積もっていく。

「どいつもこいつもきっしょいウンチたれ野郎、キルしてやるうあアアア」

そんな彼女に襲い掛かって来る呪詛をオンラインのバトルロワイアル・シューティング・ゲームが木っ端みじんに吹き飛ばしてくれることを知った。今日をリセットして未知の明日を迎え入れて生きていける。

「今日もウチがキルリーダーを頂くから。後に続きな。

よし連射で三タテ食らわしイイイ!

さあ、淀み切った世界におさらばを喰らわせようか。

さようなら

すべて 」


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