# ライブが終わって(day.1)
「君ら遅っそ。一口だけ戴いているからよろしく。でも、自分を見失ってしまいそうな程に旨すぎて、ううう、抑えきれず無くなったらスマン」
妃美香はパンケーキを頬ばりながら意地悪に笑っている。
「ヒミちゃんが着替えるの早すぎ。ってなんで、もうパンケーキ食べてるの? ちょうだい」
リンは着替え途中、ジャケットを片腕に入れた状態でもがき、何とか反対の手をヒミの口元に伸ばす。妃美香がスッとかわしてニヤリと笑ったその瞬間、衣装のままでうろつくアマネにがぶりと歯形部分もすべて食べ去られていった。
「あ、こら、盗人野郎。許さん」
「いいじゃん。リハーサル前に自分の分は食べたんでしょ。それ、本来はアマネの分でしょ」
アマネはパタリと動かなくなった。
「なにこれ。旨い。ヤバすぎる」
「「アマネ、何やってるの。食べるのは着替えてからにして。
もう、ヒミちゃんも急いでる時に渡さないで」
マリアが怒り出した。
「奪われたんだ」
「そうだよ。ヒミちゃんが持っているパンケーキにそのままかぶりついたんだよ。リンが目撃者です」
リンの援護射撃のお礼に妃美香は同志の肩を抱いた。
「リン、優勝です。お礼にマリアの分は君に」
「だ、ダメだって。リーダーは食べ物にだけは欲が強くて怖いんだから」
マリアはアマネの髪の毛を引っ張りながら言う。
「リンちゃん、もう一回言ってみなさい」
「え、噓、噓」
「もう、二人は先に行ってなさい。
すぐに、この子は連れて行くから」
「ハーイ」
リンはいい返事を残して妃美香と楽屋を後にした。
「麻衣ちゃん、明日も来るのかな」
「ああ、来るってよ」
「やったー。また、パンケーキの差し入れしてくれるかな」
「ウチの分だけみたい」
「え、ずるーい」
「なんか、大掛かりになると、お母さんとかの目があるみたいなんだ」
リンはすぐに申し訳なさそうに目を細めて
「そりゃそうだよね。いかん、図々しい人間に堕落してもうした」
「半分あげるよ」
「本当に⁈
やった。嬉しいな」
妃美香は先にバンに乗り込んだが、リンは後からくっ付くようにして座る前から、興味にせかされるように質問をしてくるのであった。
「え、でも、幼なじみではなかったの?
昨日、ヒミちゃん知り合いだって言ってなかった? 」
「うん、そうなんだよ。嘘言ってる感じではなかったんだけど。それに、その名前を出すと当人の意識なく涙が流れてくるんだよな。
だから、あまり強く聞けんよ」
「そりゃ、ダメですね」
「でも、彼女は絶対に菓乃だと思うんだけど。記憶喪失とかかな」
「え?
なんかショックな事とか有ったんかねえ。地雷かな」
妃美香は自身の過去と重ね併せながら記憶を手繰り寄せていく。
「マジか。まあ、どっちにせよ、あの時のいろんな感情が傷痕になって生活してきたんだろうから、ありうるよな」
ちらっと横を見るとリンはシートベルトを付け、寂しそうに遅れてくる二人を待ってジッと外を見ていた。
ここで、ヒミは初めて自分は何もしゃべっていなかったことに気付いて。
「あ、リン、ごめんごめん。心の中でずっと説明してたわ」
急に寂しそうな顔が笑顔になった。
「もう、なんだよ。無視されたかと思っちゃった」
「すまん。まあ、また明日来るっていうから、今のところ現在進行形だからさ。いずれ話すよ」
「うん、いいよ。あ、来たよ」
妃美香もシートベルトを装着しようと金具の方を受け手に押し込む。
カチッ
この金具の音になぜか体が反応してビクッとなった。
「この音・・・・」
一瞬にしてあの時の喧騒風景に戻っていくのであった。