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ぱんけーきイズでっど  作者: アラタオワリ
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# キャンペーン

 妃美香はリハーサルを終え楽屋に戻るとすぐにスマホを手に取り、『NSL』アプリを起動させる。最新のアップデートを確認、ダウンロードが終わるまでの間に、バッグからVRのヘッドセットも取り出し装着した。

妃美香のすることが常に気になるリンが直ぐに聞いてくる。

「あれ、あれ、パンケーキを食べるんじゃないの」

「食べるよ。準備してるのさ」

「ゲームの準備でしょ、思いっきり」

「まあそうだけど。パンケーキを食べてポーションを作成するんだ」

「ここでするの?

何をどうするの? 」

「昨日、話そうとしたけどナポリタンにガツついているやからに邪魔されたからだ」

「『世界のスイーツ教えてね』っていうキャンペーンでしょう」

妃美香はリンの頭をなでて褒めた。

「なんだよ、ちゃんと聞いていたんじゃないか。

いい子いい子」

当たり前だよと片目を細めると唇をゆがめ、イキったポーズをしようとしたものの、演技プランもないまま迷走した挙句に困って勝手に怒る。

「子供扱いすんな、もう。ヒミちゃんはリンの単推しなんだ!

ヒミちゃんの言うことは一言一句頭に入れています。馬鹿にすんな。それに、疑問はちゃんと自分で調べるっちゅうねん。今、スイーツキャンペーンで、チャレンジ期間中なんでしょ」

妃美香は嬉しくなってギュッとヲタクを抱き寄せる。

「えへへへ、そうなんだよ。味方を見失わないようにね」

身を軽くゆだねられてリンは上機嫌であった。

「ありがとうな。それならば話は早い。レシピとかスイーツ店の情報とかいろいろ獲得能力値ポイントよりも、ヘッドセットを使ったポーションの方が高ポイントが取りやすいんだ」

― くぅーうーんんっ ―

「恥ずかしい、ヒミちゃん。おなか鳴っちゃったよ」

「悪りぃ、スイッチが入ってしまった。リンも食べよう」

「うん、じゃあレンジでチンしてきてあげる」

「頼む。あ、そのレンジのワット数は? 600wあるかな。秒の刻み単位とかは? 」

リンはムササビの如くバッと反対側の壁の棚へと飛び移り答える。

「700wか500wで5秒単位で指定できるよ」

「それならば500wで25秒、1枚ずつチンして」

「分かった、じゃあ先にヒミちゃん用にチンするね。その後、食べてていい? 」

「当然です。その代わり、ネットワークと繋がったら集中する為にそっとしておいてくれ」

そういいながら、袋からパンケーキを取り出しだ。麻衣が潰れないように丁寧に一枚ごとタッパーに入れてあり、4段重ねとなっている。このこだわりに、妃美香は思わず唸った。

「27秒とか言ってたけど仕方ないかな。フフフ、あの子はウチと同じ匂いのするサイコちゃんだ。仲良くなれるな。昔からこういう奴としか分かり合えなかったからな」

ふっと苦笑いをしながらリンに再度ミッションを確認する。

「25秒だよ」

「ラジャー」

妃美香は周りの人にも、「5分でいいから声をかけないように」とお願いをするとヘッドセットとスマホのコネクトサインを確認して、深呼吸をしながら時を待った。

「来た」

匂いが神の存在を証明してくれた。

リンは僅かなストレスも与えることなく。パンケーキをヒミが味わえるように最上級の導線で仕事を成し遂げる。

「召し上がれ」

芳醇な香ばしい匂いが妃美香にとって大切ないつかの時間とのすれ違いを、引き戻させてくれるかのように思えた。そして、舌の上に乗るしっとりとした存在の重さと甘みの蒸気が口に放たれると、闇の底に光が滲むその先に生まれるのを感じた。その瞬間、ポーション作成可能域のアクアマリンの色がスマホ画面に満ちた。

同時に妃美香の意識はフワッと飛翔して意識が白く潰れて、

ひっそりと、

やがてはっきりとした音、

更に声が歌になって聞こえて来る。


「ハッピーバースデートゥユウ

ハッピー・バースデー・トゥ・ディア・カノ・・・・」

男の子と女の子が見えた。

「フウ、カノ、

なんだよ、久しぶりじゃんか・・・・」


ヘッドセット内で「ポポーン」と通知音が鳴り「ポーション作成完了、転送します」とガイダンスが流れた。妃美香は我に返って、口に残っている残りのパンケーキを飲み込むと、ゆっくりヘッドセットを外した。

「この味の世界は、鈴野菓乃のスイーツ屋さんのパンケーキでしかないよ。

菓乃の誕生日会で三人が食べたパンケーキそのもの・・・・

やっぱり、菓乃だ。佐藤麻衣じゃない。

え? 」

慌ててスマホを確認した妃美香の目に『NSL』の文字が飛び込んできた。速攻で通知を開いた。

『ヒミさんのポーションはKZの最重要補完にノミネートされています』

「うぉっおおお」

妃美香は思わずスマホを落とすかに思えたが危機一髪で液晶割れの悪夢を何とか回避した。


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