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ぱんけーきイズでっど  作者: アラタオワリ
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第3章    DAY:LOVE PLUS  # プレゼント

 エレベーターへ先に乗り込んだ石倉マネージャーは【開】のボタンを押しながら、なかなかやって来ないメンバーたちに呼びかける。

「おーい、急げよ。リハ開始の時間を過ぎてるんだから」

マリアが走ってやって来た。

「すみません。みんな気持ちが盛り上がってしまって。SNSに上げる写真も撮りたいので時間を少しだけください」

石倉は半身をエレベーターから出す。入口の上に設置された大型ビジョンに映し出されているツアーPVと【MAPLE BEADSメイプル・ビーズ】の名がはめ込まれたレトロな劇場看板を背に、ワイワイと絶賛自撮り中のメンバー達の姿がそこにあった。アイドル・フェスのフードコートの一角からスタートし、なんとかワンマンでライブが出来るようになった。それも今回は、名のあるロックバンドも出演する大きなキャパの名門ライブハウス【BitterEnds】なのだ。興奮してもおかしくない。

「そりゃ嬉しいわな。OK、サクッと決めて早めに来いよ。先に行ってるから」

彼は嬉しそうにワチャついているリンとアマネの様子をちらっと見て微笑んだ。【開】のボタンから指を放すと直ぐにドアは閉じた。

「アマネちゃん、自撮りはそのへんにしてさ、みんなで撮ろうよ」

「なんだと。こっちは神アングルを年少に譲っていたんだぞ」

「こっちこそ、気を使ってワンショットで決めたのに。そっちは何度も撮り直して盛れない写真垂れ流すしか出来ないだけじゃん。自分が悪いだけじゃん」

「なんだと、じゃあ集合写真で盛れるテクニック見せてもらおうかね」

「もう、ふたりとも時間がないんだから。あれ、ヒミちゃんは」

マリアは少し離れたところで、周囲をキョロキョロと見まわしている妃美香を見つけ呼んだ。

「何してるの? 一緒に入って」

「あ、うん」

心は此処に在らずで、なんとなく加わった妃美香を確認してリンは声を上げる。

「行くよ、ハイチーズ。OK、完璧。

あ、いい笑顔だけどヒミちゃんの視線が反れてる。もう一回撮ろうよ。・・・・って、ねえヒミちゃん、何処へ行くのさ」

声を無視して妃美香は焦がれた待ち人に向かって走って行ってしまった。

「待ってたんだ。早めに来て欲しいなんて言ってゴメンよ」

麻衣は息を荒くしてやって来てくれる推しに、紙袋を差し出しながら早口で既に喋り出していた。

「こちらこそごめんなさい4時ぐらいには入るって教えてもらったんですけどちょっと遅れてしまいましたすみません走らせてしまい死にます」

「死なないで、アハハ。大丈夫、ちょうど着いたところヨ」

「大切な写真を撮っている最中にこんな袋は邪魔ですよねごめんなさい邪魔してますよね持って帰りますかそうですか」

ヒミは軽く麻衣のオデコを人差し指で突いて

「ねえぇ、こっちが無理言って頼んだんだから」

「え、あ、う、嬉しいです。ただ、いろいろあってメンバー分のギリギリくらいしか出来なくて」

袋を開いて覗き込み

「十分だよ、こんなにありがとうね」

満面の笑顔が直ぐにまじめな表情になって、深刻な口調で聞いた。

「いつ、食べるんですか」

「え? ああ、これから、リハーサルして1時間後くらいに食べられるかな」

スマホを取り出し何やら打ちこみ真剣な眼差しで懇願するかのように伝えるのであった。

「この袋は保温機能がありますから、一時間ですと冷め切ることはありませんが、レンジで500ワットなら27秒、刻めなければ30秒、600ワットなら22秒で。設定出来なければ近い単位でいいでしょう。妥協をしたくはないですが」

「シビア」

「当たり前です。作り立てが最高ですけどそれが出来ないのであれば、可能な限りに最善の状態に戻して食べさせたいと思って、それも考えたうえで配合や焼き加減も調整してきたので」

妃美香が思わず抱きしめてきたので、麻衣は慌ててパンケーキがつぶされないように袋を天に向かって突き上げると、慌てたのは手ぶらの左手も上げて、結果、万歳をしてしまっていた。

無理な体勢にさせたことに気付いた妃美香は謝りながら袋を麻衣から受け取る。

「ごめんごめん、疲れたでしょう。嬉しすぎて」

「こっちこそです」

そんな二人に写真を撮り終えて満足したメンバーが近づいて来た。

「あ、第九のおねえさん、来てくれたんですね」

「お、マリア、差し入れだって。可愛すぎだろ」

マリアは麻衣の手を握って感謝を伝えた。

「ありがとう。本当に来てもらえて嬉しいです。しかも、開場まで時間があるのにこんなにも早く来てもらってごめんなさい。ヒミちゃん強引なところあるから」

「いえ、私こそ感謝なんです」

ようやく自分の気持ちが伝えられるほどに落ち着いた様子で。

「人の為にパンケーキを作る事がこれまで出来なかったから、今日は本当にすごく幸せな時間をプレゼントしてもらえて。それも大好きな推しに。

なので最高です」

「いい子。大好き」

マリアが素直に感動している横でアマネがぼそっと言った。

「この娘、屈折しとるな、きっと美味しいなそのパン」

「お前が言うな、それにパンじゃない」

妃美香は尻を蹴る

「ギャー、私らのセンターがパワハラします。

マネージャー、怖いですー。

ハハハハ」

アマネは楽しそうに走り始めると、残りのメンバーも麻衣に手を振って挨拶をしながら後を追っていく。

妃美香も直ぐに追いかけようとしたが、いったん止まって、もらった袋を掲げて言った。

「ありがとうね。言われた通りに食べるからね。最後までいるでしょ? 」

「はい、物販まで残ります。チェキ撮りたいです」

「待ってるね」

麻衣は会場の通用口奥のエレベーターに乗り込むのを見送った後も、路上に徘徊しているスカウトに声をかけられるまで時間を忘れて立っていた。


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