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ぱんけーきイズでっど  作者: アラタオワリ
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# 出会い (2)

 数日後、零香が研究室に入ると教授は馴れ馴れしいボディーランゲージで抱きしめでもする勢いで駆け寄って来たのであった。

「すごいな。これも私の教えをしっかり学んだ成果だな。誇らしいよ。」

ザッカリー・カレッジから身元照会があり、サリンジャー博士から名指しで留学許可を認めてもらいたいという連絡があったようだ。零香は豹変した態度の教授に腹も立たなかった。学校の思惑もあって留学はスムーズに話が進むと考えたから。

それよりも、問題は母親であった。

案の定、一美は猛反対をして話を一切聞かない状況になってしまった。いよいよ困っていると、相変わらず元気いっぱいな祖母の久子から連絡が来て。

「一美のことは心配すんな。いやあ、久しぶりに喧嘩するのも楽しいから、後は気にしないであなたは行きなさい。

イケイケ、ウハハハハ」

あっという間にアメリカ人の友人と連絡を取って準備をしてくれた祖母には感謝しかなかった。

「ねえ、ばあちゃん、かっこいいよ」

今まで母の目を気にして言えなかった思いを伝えると。

「そりゃそうだよ、ウハハハハ。嬉しいね、

あんた初めてそんなこと言ってくれたね、ヒヒヒハハハハハハ」

零香は祖母のバックアップに助けられ、翌月にはアメリカにわたりザッカリー・カレッジの近くでホームステイをしながら新たな生活を始めた。

サリンジャー博士も直々に自らホームステイ先にまで出向き、快適な生活が出来るように気をかけてくれた。零香はただただ恐縮してしまったが、そのお返しとして祖母の現状を丁寧に話したりした。

零香は少し怖くなって聞いたこともあった。

「昔のガールフレンドの孫でしかない私にここまでしてもらって、申し訳なくて」

少し冷徹な瞳の気配を浮かべながらも柔和な口調で答えた。

「彼女に僕は閃きをいくつももらった。今の研究の道はそこからなんだ。

そして、また久子に受けたような雷鳴に打たれたんだ。君の論文の中からね」

フットまた優しい、少しいたずらな青年の瞳で微笑していた。

「そういうことだよ。

単なるノスタルジーのお人好しでお世話はしないよ。気負わず学んでいきなさい」

サリンジャー博士は零香を仲間に加えるにあたり、研究チームに加わっていた日本人を世話役に付けてくれた。それが、蜂谷源蔵であった。

出会った当初の源蔵は大人しくあまり独自のアイデアや主張をすることもなく、少し無関心な態度を見せつつも、壁にぶち当たった時など愚痴話を肯定して、励ましてくれる優しい頼りになる人に思えた。

この人と研究を進めていけば時間も最短で、成果は何倍にもなって実現すると考えるようになっていった。教授の助手でもあり、少なくとも部外者の自分にとっては頼りとすることも多かったから。

ある時零香は意を決して、かねてから秘めていたアイデアを源蔵に打ち明けた。脳内の働きがサイバーの世界とオンラインで繋がり、違和感なくどちらとでも生きていけるためのプラットフォーム構築の夢を医療に携わっている人間にする話ではないと怯えていたが、

「君は天才だよ。うらやましいよ」

そう褒めてくれた。後になって思えば、うらやましいと言ったあの負け犬の厭らしいニヤつきを警戒すべきであったかもしれない。その後はあれよあれよと、源蔵の言われるままに結婚まで進んでしまっていた。

結婚式では彼の幼なじみでもある投資家の海上太郎を紹介された。彼は零香の研究に興味を持ち、いつの間にか勝手に資金提供され、欲ばかりが有ってもビジネス感覚が無い源蔵も乗り気になって上手く取り込まれてしまったのだ。

そのころから、秘めていた妻への劣等感が増幅したのか粗暴な態度が目に付くようになる。

まだ研究が順調な時は良かったが、海上から求められる結果が出せず零香に八つ当たりをするのが常態化していく。

風の友達の誕生日会の日もまさにそのような状況であった。

既存の脳インプラントシステムをより進化させ、他の競合との差別化を図るための新製品開発へのプレッシャーがあった。

脳からの指示だけでなくそれ以外の些細な周波数の微電波もサイバーに直結させるも、シナプスのプログラムプラットフォームが中々安定しなかった。

優しく捉えて劣化させずにネットワークへ送りサイバーの世界で受け止める受容体の構造プログラムもハードタイプでのCODEしか見つけられない。

「魂がサイバー世界と共有出来るなんてまだ夢のまた夢だわ。そう、私の夢の世界はリモートの価値観から抜け出せないようなあいつらには明かしてあげないけどね。説明しても鼻で笑うんだから。

絶対に言わない、意地でもね」

その当時の零香は己が実現したい世界はまだ程遠くて情けない気もしたが、夢の新世界の尻尾には触れている確信があったので横暴な夫の振る舞いも受け流せていたのかもしれなかった。


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